挿話 ミーシャ ベルニエ
レティシアの友人、ミーシャのお話です。
……これは、『心配し過ぎ』位にしか思っていないわね。
心の中でため息を吐きながらベルニエ侯爵令嬢ミーシャは友人レティシアを見た。
確かに卒業パーティーでパートナーのいない参加者は毎年それなりにいる。……しかし、今年は何やら不穏なのだ。おそらくこのパーティーでは特に婚約者の居ない女生徒には保護者は付いてくるだろう。
それは、フランドル公爵令嬢の『予言』に巻き込まれない為。
今まで公爵令嬢の『予言』は恐ろしい程の的中率を誇っていた。
しかし、あれほど『予言』を的中させてきたのに、彼女の最大の『予言』である『浮気者の王太子殿下』には今のところ全くその兆候は無い。そのような浮気相手は現れていないのだ。……その為に、その『予言』に当てはまりそうな条件の家の者は特に警戒をしている。
彼女の『予言』のせいで、リオネル王太子は幼い頃から周囲の者達から言われなき中傷を受けてきた。リオネルとの婚約が決まってから急に周囲にその『予言』を語り出したというフランドル公爵令嬢。
それがまことしやかな噂となり、他の『予言』を的中させてきた公爵令嬢の『予言』を信じてリオネルを中傷したり王太子に相応しくないのではと言い出す者達も現れ出した。
次第に大きくなる噂に王家はフランドル公爵を呼び出し、場合によっては婚約の解消をと問い質した。
――しかし、フランドル公爵は『それはただの噂で、娘が言ったという証拠もない。何の瑕疵も無い娘との婚約を解消するとはどういう事か』と言って一切受け入れなかった。
『フランドル公爵令嬢の予言』として話はかなりの貴族達に広まっているというのに、公爵令嬢の表立った所での発言では無い為に責任を取らせる事が出来なかったのだ。
それからもその噂が消える事は無く、事あるごとに王家からの『婚約の解消』の話がなされたが、公爵家はそれを躱し続けたのである。
ミーシャの父ベルニエ侯爵はこの国の大臣であり王家派でもある事から、ミーシャはその辺りの事情をよく聞いていた。
……どうして未来を予知して『浮気者の王太子』に『冤罪をかけられる』と分かっていながら、婚約を解消なさらないのかしら。王家側からは何度も解消の話をされているというのに?
そして学園での公爵令嬢は王太子殿下とそれほど仲は良くないように見える。王太子が好きだから、とはどうしても思えない。
どちらかと言うと、王太子殿下の一つ年下の第二王子アベル殿下との方が仲が良いように見える。第二王子には婚約者がいないのだからそちらと婚約なさればいいのに。
……第二王子は王太子ではないから? 今のまま婚約を解消すればフランドル公爵令嬢は王妃にはなれない。だから、あの『予言』の通りになる必要があるのでは――。
それはリオネル王太子殿下を推す者達の最も恐れていること。リオネル王太子は勉強も良く出来て騎士団でもよく鍛えられている。そして人望もあり良き王となられるだろうと言われている。
――ただ一つの不安要素が、婚約者がありながら浮気をし人望を失う行動をするだろうと言われるあの『予言』だけ。
学園でリオネルがレティシアと出会ったあの時期、彼女に嫌がらせをしたのは勿論公爵令嬢を『聖女』と崇める一派もいただろうが、リオネルを次代の国王にする為に動く第一王子派の者達も多かったと思う。あの『予言』通りにさせない為に。
ミーシャは嫌がらせには参加しなかったが、彼らの焦る気持ちもよく分かった。だって、あの時のリオネル王太子はレティシアに他の者には見せない程の柔らかい笑顔を向けていたから。おそらく、あの時リオネル王太子はレティシアのことを……。
そして、あれから2年。
リオネル王太子がレティシアから離れ何の動きもないままもうすぐ卒業を迎えようとしている。おそらくはフランドル公爵側は何も起こりそうにない事に焦りを覚えているだろう。
……そうしてひょっとすると思い出すのではないか。2年前にリオネル王太子が唯一心を動かされた様子の少女がいた事を。もしかしたら、これから彼らには何か動きがあるかもしれない。
ミーシャは一度は王太子と関わりのあったこの少女に興味があり、たまたま同じ学科だった事もあり声をかけた。すると、いつの間にやらミイラ取りがミイラになっていた。ミーシャもすっかりこの少女の愛らしさの虜になってしまったのだ。
淡い金の髪に愛らしい笑顔、何事にも真っ直ぐなその心。そしてその印象的な紫の瞳。この国には珍しい美しい深い紫。……自分の兄に婚約者がいなければ紹介して姉妹になりたかったくらいだ。
今でも時々『ッ! 可愛すぎるんですけど!』と密かに悶絶している。
だから卒業後レティシアが我が侯爵家の研究所に来てくれたら、我が侯爵家かミーシャの婚約者の公爵家に連なる良い男性を紹介しずっと近くに居てほしいと考えている。
……卒業パーティーには、我が侯爵家の誰かにレティシアの側に居てもらった方が良いわね……。
ミーシャはレティシアの横顔を見ながらそう考えた。
お読みいただきありがとうございます!
侯爵令嬢ミーシャから見た、王家とフランドル公爵家の戦いとレティシアでした。
実は可愛いものが大好きなミーシャはある意味レティシアにベタ惚れです(友人として)。ちなみにミーシャには別の公爵家の婚約者がいます。