帝城への呼び出し 1
「リオネル様……」
レティシアの婚約者であるランゴーニュ王国王太子リオネルが、ヴォール帝国での短い滞在期間を終え帰ってしまった。
皆に見守られる中、リオネルとレティシアは別れの挨拶をした。大泣きしそうだったけれど、周りに父や弟、屋敷の使用人達がいたのでなんとか堪えた。
リオネルは目に涙を溜めるレティシアをそっとハンカチで拭いてくれた。そして、王国で待っているから、との言葉を残して去って行った。
レティシアは部屋に戻った後号泣したが、……実はリオネルも馬車の中で深くため息をついた後黙り込んだ。側近イヴァンも同乗していたが、とてもではないが声をかけられなかった。
――そして翌日。
「お姉様。……もう準備は出来た?」
今日はレティシアは皇帝より帝城へ呼び出されている。初めて伯父と姪が2人で会うのだ。
伯父である皇帝は本当はもっと早くにレティシアと2人で話をして妹ヴァイオレットの暮らしぶりなどを聞きたかったのだが、久々に会う恋人達に遠慮していたのだ。
「ええ……」
ステファンは姉の力ない返事を聞いて、やはりまだリオネルが行ってしまった事で元気がないのだと思った。
そして寂しそうな姉レティシアの様子を見て、ちょっと2人の邪魔をし過ぎたかなとステファンは反省した。
……いやでも父上からも、結婚前の男女を2人きりにしてはならないと言われていたし、執事やハンナ達も2人が会う時はワザと庭や人の目につきやすい場所に案内していた。
……僕だけが邪魔をした訳ではないんだけど……。お姉様がこんなに悲しそうなのは……イヤだな。僕が、お姉様を元気にしないと!
そうして、自分の可愛さを知っている弟はあざと可愛いく姉に迫っていくのだった。
――そしてレティシアは。
……リオネル様が行ってしまって、なんだか世界から色が抜けたみたい。
……ずっと片思いで、でも身分が違い過ぎて好きだなんて口にも出せなくて。それが思いがけず両思いになれたのに離れてしまって……。やっと会えたと思ったら、またすぐ離れなければならないなんて。……私たち、もしかするとずっとこんな風にすれ違いになっちゃうのかな……。
そんなはずはない、あと半年経ったら一緒にいられる、とは何度も思うけれど、それでも頭の中でグルグルとこんな風に思ってしまう。
……はぁ。ため息を吐いたところで、横から声がかかる。
「……お姉様? せっかく僕といるのだからちゃんと僕のことを考えて欲しいな。リオネル義兄様にヤキモチ妬いちゃうよ?」
その美貌を惜しげもなく使いレティシアを上目遣いで子犬のように見てくるステファンだった。
……レティシアとリオネルの間に何度もはいってきただけあって、ステファンはリオネルとも仲良くなっていた。
……うっ……可愛い。ステファンとその周りだけが色付きでキラキラと輝いて見えるわ。
「ごめんなさいね、ステファン。なんだかボーッとしちゃって……。ステファンを見てたら目が覚めたわ。すごくキラキラで可愛いから」
レティシアはふわりと笑って言った。
「……ッ! ……お姉様ったら、どっちがキラキラなんだか……」
レティシアが笑うと更にその深い紫の瞳が煌めいた。
……お姉様は、無自覚に人誑しかもね。僕は狙ってやってるけれど。と、ステファンは内心ため息を吐く。
「……ステファン?」
「……ううん。今日は僕も一緒に帝城に行くからね。アルフォンス殿下に呼ばれてるんだ」
……アルフォンス皇太子に?
「そうなの? ステファンと殿下は5つ年が離れてるけれど仲が良かったの?」
そして皇太子はレティシアより一つ歳下。そうは信じれない程しっかりなさっていたけれど。……皇帝陛下に良く似たイケメンだった。
「そりゃあ、皇太子と筆頭公爵家の嫡男の関係だから。……本当はシュナイダー公爵家の嫡男の方が仲が良いんだろうけどね。殿下は次代にまでこのギスギスした関係が続く事を良しとはされてなかった。だから今の皇帝になられてから何度もお話相手として呼ばれてるよ」
レティシアは広い視野を持っているらしいアルフォンスを見直した。
関係性の悪い親世代の事を関係なしに付き合っていこうなんて、なかなか出来る事ではない。
「そうなの……。アルフォンス殿下はとてもご立派な方なのね。私はあのお茶会の時に子供の事を言われたイメージしかなくて……」
初めての会話が、まだ存在しない子供の縁組の話だったのだ。正直言うと、余り印象は良くなかった。
「……ああ、あれ。でも本当は貴族達からはお姉様と殿下の結婚を望む声が大きかったんだよ? なんと言ってもお姉様は我が国の皇族のみが持つと言われる『ヴォールのアメジスト』の持ち主なんだからね? しかも皇族皆が持ってる訳じゃない。初代皇帝や、最近でマリアンヌ陛下、ヴァイオレット様、そしてお姉様くらいだから」
「えっ! ……そうなの? でも以前知り合いの方にヴォール帝国の皇族は紫の瞳だって聞いたけれど」
「……僕もお祖母様がマリアンヌ陛下の妹だから薄紫、でしょ? 普通の皇族はだいたいこんな薄紫なんだよ。お姉様達が特別なんだ。だから貴族達はお姉様がアルフォンス殿下と結婚する事を望んだ。……けど」
「……? けど??」
……お父様や皇帝陛下がレティシアとリオネルの味方をしてくれたという以外に、何かあるのかしら?
「アルフォンス殿下がその話を断った。殿下には、既に婚約者がいたんだよ。そりゃあのお年で皇太子なんだから当たり前なんだけれど」
……婚約者! それではここでも危うく『婚約破棄』騒動が起きるところだったのかしら?
「……ッ! そう、それはそのはずなのよね……。リオネル様だって10歳の頃に婚約が決まったと仰っていたもの。……リオネル様と私の子供は、産まれる前から決まってしまった訳だけど」
最後、ポソリと言ったレティシアの言葉にステファンは吹き出す。
「ぶはっ……。お姉様、相当それ困ってるんだね……。まあ無理もないけど」
ステファンはそう言ってひとしきり笑ったあと言った。
「……アルフォンス殿下はお姉様と婚約する訳にはいかなかったんだ。貴族達はお姉様を正妃に、今の婚約者を第ニ妃にって言ってきてたみたいなんだけど。……アルフォンス殿下は婚約者にベタ惚れだから」
「ッ! ……まあ! そうなのね! ……それはなんだかご迷惑をおかけしてしまって申し訳なかったわ」
そうか、それであんなに婚約話をスルーしていたのか。レティシアは大いに納得した。そして意図せずとはいえ2人の仲をかき乱してしまったであろう事を申し訳なく思った。
そして、妻を2人持つような人はこちらもイヤだ。勿論、相手がリオネルでない事でもうイヤなのだけれど。
「それはお姉様が気にする事では無いよ。周囲の貴族達が勝手に騒いでいただけだから。そして多分その事を陛下も良くご存知だから、お姉様とリオネル義兄様との結婚をすんなり認めたっていうのもあるんじゃないかな。
……まあ父上はそんな事がなくてもお姉様のやりたいようにさせてくれた気もするけど」
……お父様は確かに王国にいる時からリオネル様との婚約を認めてくれていた。帝国に来てからも用意周到に準備をし話を進めてくれた。
お父様の、あの美しく優しい笑顔で実は実行力があり過ぎる容赦ないところを思い出す。
「んー……。それは確かにそんな気はするわ」
「……ね? そうでしょう?」
2人が笑い合っていると……。
「……おや。楽しそうだね。何の話をしているのだい?」
そこには屋敷での仕事を一つ済ませた父エドモンド クライスラー公爵が居た。
「……父上」
「お父様の、お話をしていたのです。いつも私たちの事を思ってくれている、と」
父の噂話をしているときに当の本人が現れ、少しドキリとしたステファンだったが、そこは姉の方が強かった。
「私の話? ……いったいどんな話だい?」
「うふふ……。それは秘密です! 姉弟で話す父親の事など、愛ある悪口に決まっているじゃないですか! 教えられないわ」
「ぶはっ! ……お姉様!?」
父子の関係性は良くなったとはいえ、なんてこと言うんだと少し慌てるステファン。そして最初は驚いた顔をしたものの可愛い娘の言葉に目くじらをたてるほどエドモンドも狭量ではない。
いやむしろ、『愛ある』と言われて少し照れ気味に微笑んだ。……が。
「……そうか。レティシアとステファンはこの父の話を。それは帝城までの馬車の中で話し合わなければならないな」
息子よりも姉よりもやり手の、百戦錬磨の父エドモンド クライスラーに勝てるはずがない。ステファンは逃げられないと観念した。……まあ本当に悪口を言っていた訳ではないから良いけれど。
レティシアは帝城に到着し3人で馬車から降りた時、『アレ? おかしいわ。秘密と言ったのにお父様にいつの間にやら全部お話ししていたわ。お父様って聞き上手ねぇ』……などと呑気に考えていたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
クライスラー公爵に上手く誘導され、その前に2人でしていた話を洗いざらい話させられた? レティシア達でした。
ステファンは『お父様はやっぱりコワイ…』と思いました。




