帝国での恋人達 2
リオネルが滞在した帝国での日々はあっという間に過ぎていった。
……まず、帝城にて皇帝陛下主催の身内だけの茶会が開かれそこにリオネルも招かれた。
レティシアは、まるで前世の圧迫面接のようになるのではないかとかなり心配していたのだが、意外にも茶会は和やかに始まった。
茶会には皇帝ジークベルトと皇妃、皇太子アルフォンス、クライスラー公爵とレティシアとステファン、そしてランゴーニュ王国王太子リオネル。
レティシアはこの帝国の皇帝の姪という存在がどういう立ち位置になるかと思ったが、『皇帝の姪』という存在自体はそれ程珍しいものではない。現在前皇帝の7歳の娘は離宮で暮らしているし、それこそランゴーニュ王国の王太后も『皇帝の姪』という立場だった。
であるから、レティシアが何がなんでも国内の有力貴族や国益になる所へ嫁がなければならないというものではなかったらしい。
今まで何の関わりもなかったのに、『姪』だと分かった途端にそんな事だけ要求されても困るが。
そして父であるクライスラー公爵もきちんと皇帝に話を通してくれていたので、リオネルとの婚約話はかなりスムーズに進んだ。
……が、皇帝としては大切な妹の忘れ形見であるレティシアがいい加減な扱いを受けるような事があってはならないと考えていたようだった。
「――それでリオネル殿はその元婚約者には最初から嫌われていたようだったと。それは本当に君がその元婚約者に何か酷いことをしたとかそういう事ではないと、そう断言できるのだね?」
……アレ? やっぱりこれは圧迫面接かしら……。
初め和やかに始まった茶会だったが、皇帝のリオネルへの質問が始まってから何やら雲行きが怪しくなって来た。レティシアはその2人の様子をヒヤヒヤしながら見ていた。
「……はい。私も当時は10歳でしたので、全くなんの粗相もなかったかと言われると分かりませんが……。
少なくとも同じように貴族の子弟達と関わってきた中ではそのような事はありませんでしたので。……その元婚約者は私の顔を見た途端、様子がおかしくなったのです」
皇帝は、同じようにレティシアが傷付けられる事がないかとそれを心配しているようだった。
リオネルはそれらの質問に丁寧に説明した。
公爵令嬢とは国王の定めた政略の婚約であったが、彼女には最初から拒否され続け更に将来リオネルが婚約破棄をするという『予言』も出してきた。その為王家より『婚約の解消』を打診しても受け入れられず、長い間膠着状態が続いていたのだと。
王立学園でレティシアと出逢い心惹かれながらも、当時婚約者のある身だったリオネルはレティシアと距離をおいたという事も。……それから卒業パーティーでの話までを。
「……そうか。そこでクライスラー公爵がレティシアに声を掛けたので、思わずその場でプロポーズをしたということか。
リオネル殿はそれがなければレティシアとはどうなるつもりだったのだ? タイミングが合わなければ諦めるつもりだったのか?」
皇帝はそう冷たく聞いてきた。そしてリオネルを見定めるようにジッと見た。
それにリオネルは臆さないようグッとお腹に力を込めて見返す。
「……いいえ。私は父である国王より、あの婚約を速やかに解消できたなら本当に愛する者と一緒になっても良い、と許可をいただいておりました。あのパーティーでの婚約破棄が落ち着いた頃合いを見て、レティシア嬢の父上であるコベール子爵に許可を得て婚約を申し込むつもりでありました」
「……そうか。私としては今回の流れがあった事でレティシアがクライスラー公爵の目に留まり、こうして私の前に現れてくれた事はとても嬉しい事であった。物事というものは、何が幸いするか分からぬものよの」
皇帝はそう言って長く息を吐く。……そして、もう一度リオネルをしっかりと見る。
「……リオネル殿。貴方は我が姪であるレティシアを本気で想ってくれているようだ。……そして、レティシアも。
リオネル殿が生涯我が姪レティシアを大切にすると、愛し抜くと誓うのなら2人の結婚をこのヴォール帝国皇帝の立場からも認めよう。そしてこの両国が素晴らしい関係となりお互いの国益に沿った同盟関係でいることを目指そうではないか」
……それは、ヴォール帝国とランゴーニュ王国との絆としてレティシアとリオネルとの結婚を認めるとの事。
リオネルは感動で打ち震えた。
勿論レティシアとは国益など関係なくとも一緒になりたい。しかしそれに更に大国ヴォール帝国との明るい未来も築けるのならこれほど有り難いことはないし、王国でのレティシアの立場も万全だろう。
ヴァイオレット皇女がランゴーニュ王国内で亡くなった事でヴォール帝国の怒りを買うのではと、戦々恐々としながら待っている国王夫妻や国の重鎮達が聞けば心から安心する事だろう。
「……ッ! ……ありがとうございます! 必ずやレティシア様を幸せにするとお誓いいたします」
リオネルは泣きたいほどに嬉しい気持ちで皇帝に礼を言った。
「……陛下。ありがとうございます」
そしてレティシアもお礼を言った。レティシアも母の兄である皇帝が自分の事をとても気にかけてくれている事を感じて感動していた。今の話もレティシアの為にこの帝国自体が後ろ盾になると言っているようなものだ。
そして母と兄である皇帝は、とても仲の良い兄妹だったのだと分かってレティシアは嬉しかった。
嬉しそうに微笑むレティシアを見て、皇帝も少し照れくさそうに微笑む。
「……父上。臣下の者より、レティシア嬢と私の婚約の話を聞いた時には驚きましたが、ほんにようございました。
リオネル殿。我がいとこレティシア嬢を宜しくお願いいたします。……そして将来的にお2人のお子様が生まれましたら、我が帝国と縁を結ぶ事をお約束いただきたい」
初めて皇太子アルフォンスが会話に入る。
皇太子はレティシアと結婚したいとは思っていないらしい。それには一安心だが、まだ居ない子供の未来に言及された事にレティシアもリオネルも少し困惑した。
「……子供とは授かりもの。しかも本人の意思もあります。こればかりはお約束までは……」
「それこそそれはお約束していただかなければ。なんと言ってもレティシア嬢は我が帝国の皇族に伝わる『ヴォールのアメジスト』を受け継がれた方。彼女を外に出すその条件はその子を我が帝国に返していただく事としなければ」
リオネルは言葉を濁したが、それに被せるようにアルフォンス皇太子が言い放った。
――将来的に2人の間の子供を帝国に縁付かせる事、それが結婚の条件――?
思わぬ話の展開に、レティシアとリオネルは顔を見合わす。
そしてチラと皇帝を見ると、渋い顔ながらも頷かれていた。
……やはりそれが『結婚の条件』らしい。
「……一つの国の王族ともなれば、政略結婚など当たり前だという事はリオネル殿下もよくご存知でしょう? 大切なのは、その決められた相手を如何に大切にしお互いを尊重し合って一つの国を良くしていくか。
……王族や貴族で今の2人のように運命の相手だと思うような相手と出会える事自体が奇跡なのですよ」
横からクライスラー公爵が口添えをした。
それもそうだがと思いつつ悩む2人に皇帝も言った。
「……何も無理矢理という訳ではない。リオネル殿の元婚約者のように決定的に合わぬ相手ならばまたその時に考えよう。とりあえず幼い頃からお互いの国で国交の為の使者として交流を持たせると良い。子供達をその責任者として任せれば、自ずとお互いに同志として良き関係となるだろう」
……この時アルフォンス皇太子は父皇帝のその言葉に、帝国でも『予言』の事で悪評の高かったリオネルの元婚約者のような例はそうはないだろうと思った。……という事は考え直す事はそうある事では無い、と内心苦笑しながら聞いていた。しかしこの話はランゴーニュ王国にとっては悪い話ではないはずなのだ。
そしてリオネルとレティシアは。
……幼い頃から同志として……。
それは想像するだけで楽しそうだ、と2人は思った。同じ目的を持って試行錯誤をし、共に色んな経験をしていく子どもたち。
「……とても、楽しそうですね……。すごく、仲良しになれそうです」
「そうですね。それに子どもたちが両国の未来も明るいものとしてくれそうです」
好感触な2人の様子を見て、更に皇帝も言った。
「……さすればその次の世代、更に次の世代までお互いの国は交流を持ち続ける事だろう」
……そうすれば、ランゴーニュ王国は大国であるヴォール帝国と友好な関係を続けていける。ランゴーニュ王国の王家の人間にとってヴォール帝国との関係の構築は生まれた時から聞かされる最重要課題である。それが解消される希望がもてるとあっては、むしろこちらから頭を下げて願わねばならない程の話であった。
リオネルは皇帝に感謝して言った。
「皇帝陛下。素晴らしきご提案を感謝いたします。将来子供達がそのような未来を築いていければとても喜ばしき事かと思います。……あくまでも本人達の拒否がなければ、という事ではありますが」
「……それはそうだ。しかし、突然の『婚約破棄』も困るであろう?」
それは勿論そうだ。しかもこの話はおそらくはリオネルとレティシアの間に生まれる『王女』をアルフォンス皇太子の未来の子である『皇子』に、という話だ。その皇子に娘が酷い『婚約破棄』などされてはかなわない。などと、まだ存在してもいない娘の事を2人は心配した。
「……であればこその『互いの信頼の構築』だ。様々な物事は全て話し合いの上で進めるべきとする。……大丈夫だ。常識ある者なら普通は『婚約破棄』などせぬ。それに、おかしな『予言』などもせぬであろうよ」
最後『婚約破棄経験者』であるリオネルに少しチクリと言った皇帝は、この話はこれで決まりだと締めくくり、この後はやっと和やかな茶会となったのである。
お読みいただきありがとうございます!
最後にチクリと言われつつ、とりあえずリオネルとレティシアの仲は認められ更に今後の両国間の国交も約束されました。
リオネルは大手を振って王国へ帰れます。




