皇帝との邂逅 5
「レティシア。其方は間違いなく我が妹ヴァイオレット皇女の娘。……私は其方を歓迎する。正式にヴォール帝国皇帝の『姪』としての立場を与えよう。
そしてこの後は其方を見出し守ってくれたクライスラー公爵にこのまま後見を頼む事とする。
……私の大切な姪を、頼まれてくれるか? ……エドモンド」
ジークベルト皇帝のその言葉に、呼びかけられた自分の名前にクライスラー公爵は驚いた。……20年前のあの時から、2人はそう呼び合う事はなくなった。親しく語り合う事すら無くなって久しい2人の関係が、少し動き出した瞬間だった。
「御意にございます。……ジークベルト皇帝陛下」
2人は目で語り合い、そして小さく微笑んだ。
20年ぶりに凍りついていた心が溶け出したのだった。
「……お待ちを! ヴァイオレット皇女殿下の娘ならば、是非我らシュナイダー公爵家に連なる一族にお任せください! なんと言ってもレティシア様は我らが従兄弟であるヴァイオレット皇女殿下の娘なのですから!」
その時、我こそはと名乗りを挙げたゼーベック侯爵。
その兄であるシュナイダー公爵も言った。
「……陛下。ここは我がシュナイダー一族が後見をするのが筋というものでしょう。いくら閣下がレティシア様を見出してくださったとはいっても、我らは縁戚になるのですから」
そこでクライスラー公爵は何かを言おうとしたが、その前にジークベルト皇帝がスッパリと言い切った。
「お前達の言うことにも一理あるが、今回は我が姪はクライスラー公爵家に任せる。
既に全ての手続きは済んでおるし、今更居場所を変えられてもレティシアも不安であろう。……兄弟、親子仲も良さそうな事であるしな」
今レティシアはクライスラー公爵と弟ステファンに守られるように囲まれて立っていた。そして先程ゼーベック侯爵がクライスラー公爵に怒鳴り立てていた時も、2人は自然にレティシアを後ろに庇っていた。
途中何度か3人で目で会話をするなど、この親子の関係性が良好である事を窺わせた。
皇帝にアッサリ断られたシュナイダー公爵とゼーベック侯爵は、不服そうながらもそれに従った。
それを見たクライスラー公爵は、チラと後ろを確認してからまた前に出て発言した。
「レティシア様を、私にお任せくださりありがとうございます。……それでは、ここでレティシア様の婚約者であるランゴーニュ王国の王太子リオネル殿下をご紹介いたしましょう」
クライスラー公爵は後ろに控えていた自身の妹の夫であるロンメル侯爵に合図をすると、その後ろから金髪に青い瞳の青年リオネルが姿を現した。
「リオネル様……!」
レティシアはここにいるはずがない、まだ暫くは会う事が出来ないと思っていた愛しい人の姿に目を輝かせた。
そのレティシアの花開くような喜びの表情を、クライスラー公爵は、そして……ジークベルト皇帝は見ていた。
そしてついそちらに向かおうと動き出したレティシアを、横にいた弟ステファンが「お姉様」と小さく声を掛けて止めた。
レティシアは我に返り、恥ずかしそうに頬を染める。
その姿はとても可憐で愛らしく、周囲の人々は彼女が王国の王太子をとても好きなのだ、と感じ微笑ましく思った。
リオネルもそんなレティシアの様子に微笑み、そして少し安心した。……レティシアが自身をヴォール帝国の皇女の娘だと知った事で、小さな王国の王太子である自分などどうでもいいと言われるかと少し恐ろしくもあったのだ。
そしてリオネルはクライスラー公爵に招かれるまま前に進み出て、皇帝陛下に挨拶をする。
「輝かしき偉大なるヴォール帝国皇帝陛下にご挨拶を申し上げます。私はランゴーニュ王国王太子リオネルと申します。先日ここにいらっしゃるレティシア様との婚約をさせていただきましてございます。……知らぬ事とはいえ、帝国の皇女殿下の御息女であるレティシア様との婚約をこちらで決めてしまい、誠に申し訳ございません」
そう頭を下げた王国の王太子を、皇帝は暫く見定めるように見つめた。
「……それについては、また後日に茶会などの席を設けよう。我が姪であるレティシアとその親であるクライスラー公爵と共に、忌憚なく話をしようではないか」
「……はっ。有り難き幸せ。是非に参加させていただきます」
リオネルは皇帝にとりあえず2人の婚約を即断られなかった事に安心した。場合によってはこの場で婚約を無かった事にされる可能性も考えていたからだ。
クライスラー公爵の横でレティシアは心配そうにリオネルを見つめていた。
……これって、私が皇帝陛下の姪というある意味公的な立場だって事で場合によってはリオネル様との仲を引き裂かれていた、って事!? ええーっ!?
でもとりあえずは、一旦保留? 今皇帝から直接ダメだって言われた訳じゃないから、これから説得すれば大丈夫なのよね?
そしてチラと父クライスラー公爵を見ると、優しく微笑んで頷かれた。
……あ、良かった。お父様は私たちの味方だわ。
ホッと一安心するレティシアだった。
「……皆の者! 今日は私の誕生の祝いに集まってくれて感謝する。 今年は思いもかけずヴァイオレットの娘の存在が分かり、大変喜ばしき日となった。ヴァイオレット本人が亡くなっていた事は誠に残念な事であったが……。
しかしそのヴァイオレットが残してくれた大切な娘が現れ、我にとって大変嬉しい誕生の祝いとなった!
皆とこの喜びを分かち合い、今日の日を楽しんで欲しい!」
皇帝が開会の挨拶をして、帝国の盛大なパーティーが始まった。
音楽が流れる。ファーストダンスは本来ならば皇帝夫妻が踊るのだろうが、ジークベルト皇帝は20年前からダンスを踊った事がない。皇太子殿下のダンスから始めるのかと思いきや……。
……皇帝は皇太子と少し話をした後、おもむろにその席から立ちレティシアの元へ近付いて来た。
パーティーが開始した事で、リオネルと話をしようとしていたレティシアの所にまさかの皇帝陛下がやって来た。2人はとても驚いた。
「……今は、レティシアとのダンスの相手は伯父である私にしてもらおうか」
そう言ってレティシアの手を取りダンスフロアの真ん中までやって来た。
……えっと? ええ踊れますよ? 勿論これも『帝国の淑女』教育の一環ですからね! けれど、お相手が皇帝だなんてハードル高すぎでしょう!
そうカチコチに固まっているレティシアに皇帝ジークベルトは微笑んだ。
「帝国の教師陣から合格点を貰ったのであろう? その成果を、是非この伯父にも見せてくれ」
そう言って笑うと、2人は踊り出した。
……ええー! やっぱり、緊張するっ……!
そう心の中で焦っていたレティシアに皇帝は話しかけた。
「……レティシア。正直なところ、お前はどう考えている? お前にとってクライスラー公爵は良き父か? そしてあの王国の王太子の事は……?」
レティシアは少し驚いて皇帝を見た。
……皇帝陛下は……伯父様は、私の本意を聞くためにこうして機会を作って下さったのね。
そう感じたレティシアは真剣に答えた。
「……私は父クライスラー公爵をご尊敬申し上げております。私の母を深く愛してくださりそしてその娘の私にも本当の娘のように良くしてくださいました。……私は、本当の父を幼い頃に亡くし顔も知りません。ですから、私はクライスラー公爵を本当の父と思い尽くしていきたいと考えております」
「……そうか」
ジークベルトは少し悲しげに頷いた。
「そして私はランゴーニュ王国の王太子リオネル殿下を……愛しております……! 好きだと言っていただいたのはつい最近ですが、私もずっとお慕いしていたのです。ですから、あの時とても嬉しくて……。身分違いな事は分かっておりましたが、彼の求婚を受けてしまったのです。ですから公爵である今の父からの申し出には感謝しかなく、もう頑張るしかない、と……」
「……そうであったか……」
ジークベルト皇帝は、頬を染めながらそう話すレティシアを眩しそうに見た。
それから好きなものは何かなどのたわいも無い話を少しして、皇帝とレティシアのダンスは終わった。
初めて伯父である皇帝と話をしたレティシアは、緊張しつつもやはりどこか母に似たその雰囲気に、何やら心が温かくなるのだった。
そうして久々の皇帝のダンスに人々は大きな拍手を贈った。
ヴォール帝国皇帝の誕生祝いのパーティーは、最初こそ不穏な空気が流れたものの皇女の娘が現れた事で更にお祝いムードになり、盛大に締め括られたのだった。
◇ ◇ ◇
「……クライスラー公爵閣下! ……少し、宜しいでしょうか?」
パーティーがほぼ終了した。だがまだ歓談している者、今晩は王宮に泊まる者、帰途に着く為に馬車乗り場に向かう者がいる中、公爵は不意に呼び止められた。
クライスラー公爵がチラとレティシアを見ると、久々に会えたリオネル王太子と話が弾んでいるようだ。隣にいるステファンと目が合うと、彼は姉は任せておいてと頷いてくれた。
「ええ、構いませんよ。シュナイダー公爵。……どうやら真剣なお話のご様子。場所を変えますか?」
了承されたシュナイダー公爵は固い表情のまま、「お気遣い感謝いたします」と伝え、2人はクライスラー公爵の指示により帝城のある一室に入り人払いをした。
お読みいただき、ありがとうございます!
思いがけずリオネルと会えてとても嬉しいレティシアですが、『皇帝の姪』という事で婚約が危うい可能性があった事にちょっとゾッとしてました。
リオネルはレティシアに喜んでもらえてホッとしました。




