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ヴォールのアメジスト 〜公爵令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜  作者: 本見りん


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弟ステファン 1


「レティシア様? 如何いかがなさいました?」


 少ししんみりとしてしまったレティシアに目ざとく気付き、声をかけてくれるハンナを心配させてはいけないわねとレティシアは笑顔を見せた。そして話題を変える為にも気になっていた事を聞いてみる。



「なんでもないの。先生方から及第点をいただけたようでホッとしただけよ。

それよりずっと気になっていたのだけれど、私はまだ公爵家のご嫡男ステファン様にご挨拶が出来ていなくて……」



 ランゴーニュ王国にいる時から、公爵から『仲良くして』と言われていた弟となるクライスラー公爵家嫡男ステファン様。今年御歳12歳だという。


 レティシアがこのクライスラー公爵家にやって来て早1週間が経つ。それなのに未だに彼の姿を見ていない。初めはこのお屋敷が大きい(巨大?)からかしらと思っていたけれど、エドモンドお父様との食事の時にも居ないのは少しおかしいだろう。



「ステファン様は今はご実家である侯爵家に行ってらっしゃいまして……」


 ハンナは少し困ったようにそう話してくれた。


 ……うん、やっぱりそういう事、なのよね……。



「ステファン様は突然出来た姉に……戸惑ってらっしゃる、という事なのね」



 ……というか、嫌なんだろうな、多分。



 レティシアは自分の母を深く愛しその娘である自分も実の子のように愛してくれるエドモンドが大好きで、その子である新たな弟の存在も楽しみでしかなかった。


 けれどステファンからすれば、クライスラー公爵家の跡継ぎとなる為に幼い頃に実家から離され養子となったようなのに、後継でないとはいえ新な養子を取ると聞けば良い気分はしないのかもしれない。

 

 しかもステファンはまだ12歳。多感な複雑な年頃なのだろう。



「……先日公爵が侯爵家に使いを遣っておりましたので、近々戻られるとは思うのですが」



 ……エドモンドお父様も困ってらっしゃる、という事ね。



「……そうなの……。私はステファン様と仲良くしたいと思っているけれど、無理強いは出来ないわね……。ステファン様が会ってもいいと思ってくれた時に声をかけてもらっていいかしら?」


 レティシアがそう言うと、ハンナは頷いた。


 人の気持ちを無理に動かす事は出来ないものね。彼の気持ちが変わった時にいつでも受け入れられるようにしておこう、と思うレティシアだった。




 ◇ ◇ ◇



「……母上。本気なのですか? 義父上がいらっしゃらない時に公爵家に挨拶に行こうだなどと……」



 黄金の髪に薄紫の瞳。クライスラー公爵家の血を引くと分かる少年が馬車の中で呆れたように言った。



「そうよ。兄上がいてはその女狐の正体を暴けませんからね。だいたい貴方を嫡男として公爵家に正式に養子に入れているというのに今頃若い女を囲おうなどと……!」



 少年の母は怒り心頭な様子だった。



 クライスラー公爵の妹である侯爵夫人。彼女は少女の頃に起こった帝位争いの時、兄の悲恋を目の当たりにした。


 兄にとって初恋であり唯一の存在だった皇女。


 あの政争の最中、不幸な事に皇女は何事かに巻き込まれて行方不明に。兄はその皇女を必死に探し続けてきた。

 そして、兄はどれだけ勧められても他の女性には見向きもしなかった。その内女性嫌いだなどと噂されるようにもなったが、妹である自分には分かっていた。



 ――兄はまだヴァイオレット皇女を愛しているのだと……。



 それが分かっていた妹は、その後侯爵家に嫁ぎ生まれた三男ステファンを幼い頃に公爵家に養子に出した。彼女は勿論どの我が子も愛していたが、周囲に結婚を勧められて苦しむ兄を見ていられなかった。そしてステファンにはくれぐれも兄を支えて欲しいと公爵家後継として相応しくなるようサポートし続けてきた。



「……それなのに今更皇女殿下を忘れて、たかだか小国の子爵家の娘などを娶るなんて!」



「……母上。義父上は子爵家の娘を『娶る』のではなく『養女』とされたのです。このあとはまた王国に王妃として公爵家から嫁がせると聞いています」



 暴走気味の母にステファンはそう言ったのだが、母はそれをちゃんと聞いてはいなかった。その様子を見てステファンは小さくため息をついた。




 ◇ ◇ ◇



「……お客様が来られたようでございます。確認して参りますので暫くここでお待ちください。決して部屋から出られてはいけませんよ」



 今日は午前の授業が早く終わったので早めに休憩に入り、お茶をいただいていた。すると玄関先から何やら少し声が聞こえてきたのだ。



 ハンナは気になったのか、そう言い置くと部屋を出て行った。


 レティシアは紅茶をいただいてから、午後からの授業の予習を始めた。……すると。



 コンコンッ……カチャリ。



 ノックされた後すぐにここに突然入って来たのは、黄金の髪に薄紫の瞳の少年。



 少年はレティシアの姿を認めると近付いて来て……そして間近でレティシアの顔を見ると目を見開いて驚き固まった。

 


 その様子を見てレティシアは思う。


 ……この帝国の方って、結構な確率で人の顔を見て驚くのよね。私の姿は母譲りで帝国人として珍しくない姿だと思うのだけれど……。それに私は顔はアランお父様に似ているのだし、お母様と見間違えてという事もないはずよね?


 そしてこの少年。この年頃でエドモンドお父様によく似たこの姿。……とくれば、彼は……。



「……お初にお目にかかります。レティシア ……クライスラーと申します。……ステファン様ですね。お会い出来るのを楽しみにしておりました」


 レティシアは笑顔でそう言いカーテシーをして微笑んだ。



 しかし、少年……ステファンはレティシアの顔を見て呆然としたまま。

 


 ――と、そこに。



「――私は、我が公爵家の養女となったという娘に会いに来たのです! 私はこの公爵家の娘。その私がこの屋敷を自由に動く事をお前達使用人にとやかく言われる筋合いはないわ! これ以上邪魔をするのなら兄上に申し上げ罰を与えてもらいますわよ!」



 ……なかなかな剣幕の女性の声が廊下の向こうから聞こえて来た。


 そして自分を『公爵家の娘』、エドモンドお父様を『兄』と呼ぶ事から、ここに現れた少年ステファンの母という事だ。



 ステファン少年も『あちゃー』という顔をしていた。



「……その公爵家の我が主人より、我らは強く申しつかっております。公爵の許可のある者しか決して会わせてはならないと。……しかも今の『侯爵夫人』のご様子だけを見ましても、我らはお嬢様に会わすことは決して出来ません」



 執事はきっぱりと侯爵夫人にそう言った。


 その横でなんと無礼な! と言い放つ侯爵夫人の従者らしき者がいるようだったが、おそらくその侯爵家の従者よりも公爵家の執事の方が身分も立場も上だろう。



 迫力の執事に抑えられ、彼らは暫く問答した後そこから渋々立ち去ったようだった。



 レティシアとステファンは暫く部屋の外の様子を耳を澄ませて聞いていたが、彼らが完全に立ち去った後にお互いに目を見合わせた。

 そして、そこで初めてステファンはレティシアに向かって行儀良く挨拶をした。



「お初にお目にかかります。私はクライスラー公爵家嫡男、ステファンと申します。ご挨拶が遅くなり申し訳ございませんでした。……姉上様」



 そう言ってステファンはこちらに微笑んだ。……けれどその笑みはどこかこちらを試しているかのようだった。






お読みいただきありがとうございます!


弟ステファンはクライスラー公爵の妹の子で、伯父エドモンドにもよく似ています。

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