恋人の旅立ち
レティシア出発の日です。
――とうとう訪れたこの日。
私の心は嵐が吹き荒れていたけれど、この日は晴天。
愛しいレティシアの帝国への出発が延期になるなどということもなく、刻々と別れの時が近付いていた。
「……それではリオネル様。暫しの間……お別れです」
彼女はそう言ってその美しい紫の瞳に涙を浮かべ私を見つめた。
「レティシア。……待っているから。くれぐれも身体に気を付けて」
私はそう言って彼女の手を優しく握った。……本当は、この手を離したくはない。しかし……。
レティシアは周りに急かされ帝国からの迎えの豪華な馬車に乗り込み、無情にもそれは出発した。
私は暫くものも言えぬまま、その場に立ち尽くしその車列を眺めていた。
「……リオネル様」
側近のイヴァンとジルが心配そうに呼ぶその声で、私はやっとその場を後にする。
「……済まない。これで10ヶ月会えなくなってしまうかと思うと……」
私がそう言うと、側近2人は痛ましそうな顔をした。
「それはそうでございましょう。お2人はやっと思いが通じ合われたところなのですから……」
「帝国までは片道1週間はかかりますし、心配なさるのも当然ですよ」
リオネルは友人でもある2人に気遣われながら、愛するレティシアの居ない日常が始まった。
◇ ◇ ◇
――レティシアが帝国へ出発して数日後。
今日は離宮で、内密にアベルとローズマリーが対面する事となった。
あれから、ドール王国にはランゴーニュ王国からは穀物などの援助はするものの王子を王配として婿にやる事は出来ない、と正式な返事をした。
アベルは王子としての権利を放棄させ、王立学園卒業後は王宮の一官吏として国の為に生きていくと後日正式に発表される事になる。
そして、それから数年後アベルとローズマリーの気持ちが変わっていなければ時期を見て2人の結婚を認める、というもの。
そして数年後それが認められるまでは、2人は直接会ってはいけない。手紙は許されるがそれは全て検閲されるという、それまでの行いを思えば仕方がないがかなり厳しい取り決めもあった。
今日はそれでも本当にいいのか、2人をあのパーティー前日以来直接会わせての最終確認なのだ。それにリオネルも同席する事になった。
離宮の一室に、アベルとローズマリーとその監視人、リオネルと側近2人、そして警護の衛兵とが集まり少し物々しい状況で行われる。元王子と公爵令嬢だからなどという気遣いはなく、2人がおかしな行動を取らない事に重点が置かれていた。
「……それでは、本当にそれで良いのだな? 状況が整い2人の事が認められるまで早くても数年の間は会う事も叶わない。その間は辛い事もたくさんある事だろう。そして晴れて結婚となってもその身分は平民で一官吏とその妻という位置付け。しかも一生監視されると思ってくれていい。――それでも、本当にいいのか?」
リオネルがそう尋ねると、アベルとローズマリーは答えた。
「勿論です。兄上。ローズマリー嬢との結婚を許していただけるのであれば、私はその条件を喜んでのみます」
「……私も。彼との未来を与えていただけるのであれば、今度こそ誠実に生きて参りたいと思います」
2人から、真摯な答えが返って来た。
リオネルは頷き、2人にそれの正式な書類に署名をさせた。2人は目を合わせふわりととても幸せそうに微笑み合って記入した。
そして、リオネルを見て言った。
「兄上。この度は私達の我儘を叶えてくださりありがとうございました。……特に、兄上のご婚約者レティシア様には心を砕いていただいたそうで感謝の念に耐えません」
アベルはそう言って心からの礼を言った。
「レティシア様は、誰も見向きもしなくなった私達に何の損得もなく手紙をくださいました。……それまではあれ程集まっていた人々が水が引いたかのようにいなくなったというのに……。このような時に声をかけてもらえる事がどれ程嬉しかった事か……」
ローズマリーはそう言って涙を流した。
2人からそう言われた事でリオネルは愛する婚約者を誇らしく思った。
しかし、アベルとローズマリーには今までの生活から考えればこれから暫く辛く厳しい罰が待っている。リオネルは心を鬼にして告げた。
「……私も、彼女の事を誇りに思っている。
……将来的に約束を守ればお前たち2人の結婚は認められる事にはなるが、それまでは時期が来るまでは2人は会う事も許されない。これは両陛下や大臣たちとの協議で話し合われた結果の決定事項だ。
その時が来るまで耐える事が出来、それでも2人の気持ちが変わらないとなって初めて2人は認められるのだ。
……私はお前たちを、2人の絆を信じる。しかし残念ながら今2人きりにする事も出来ない。私達の前にはなるが、その時が来るまでの別れを惜しむがよい」
アベルとローズマリーは頷き、そして互いを見つめ合った。これから数年は顔を見る事も出来ないのだ。数年の我慢とはいえ、愛し合う2人が別れるのはあまりに辛い事だろう。
ここにいる者はそれを理解しながらも、これは罰であるしそれを許せばまた国を乱す事に繋がってしまうかもしれず、ただ彼らを見守るしか出来なかった。
「……フランドル公爵家の領地は王都よりも寒いと聞く。くれぐれも身体を大事にしてくれ」
「卒業後のお仕事も大変でしょうが、どうか御身大切に……。ずっと、愛しております」
2人はそうして心から別れを惜しんだ。
「殿下。……そろそろ……」
侍従がリオネルを呼びに来た。これで彼らは暫くの別れとなる。リオネルが2人に言った。
「アベル、ローズマリー嬢。それでは時間だ。……私はお前たちが数年後幸せになれると信じるよ」
アベルとローズマリーはリオネルに礼をする。
「兄上。……ありがとうございました」
アベルはそう礼を言い、ローズマリーはリオネルに尋ねた。
「……あの、今の私の立場でこんなお願いをするのは図々しい事と承知致しておりますが……。レティシア様に、お会いする事は出来ませんでしょうか……?」
ローズマリーはおそるおそると言った感じでリオネルに尋ねた。彼女はレティシアに直接会ってこれまでの謝罪と今回の感謝を伝えたかったのだ。
「……実はレティシアはもう帝国に向かったのだ。彼女も貴女たちの事をとても気にしていたのだが……」
リオネルの言葉にローズマリーは『?』となった。そしてそのあと合点がいったという風に頷く。
……ローズマリーは、勿論レティシアがヴォール帝国のクライスラー公爵の養女となる事を知ってはいた。……が、『レティシアが帝国へ行った』と聞いて不意に思い出したのは、前世での『攻略本』の記憶。それもあの乙女ゲームでも一度しか出てこないレアな設定。……それを、何故かこの瞬間ローズマリーは思い出してつい口にした。
「……レティシア様は確か皇帝陛下の『姪』でしたものね。伯父様にご挨拶に行かれたという事ですね」
――ローズマリーはそう口にしてから、目の前のリオネルやアベル、その他この部屋にいる者達の空気が凍り付いた事に気が付いた。
ローズマリーは今自分は何を口走ってしまったのかと、つい手を口元へやり周りの様子を見る。
「ローズマリー……? 今、君は何を……。まさか、また『予言』を……!?」
アベルは今まで何度もローズマリーの予言を見て聞いていた。……それはこんな風に何気なく口にする事も多かったのだ。
「――今、ここにいる者たちに、『緘口令』を命じる!! この場で聞いた事は、何一つ外で口外する事を禁じる!!」
そこでリオネルはそう言ってこの部屋にいる者に命じた。……皆、顔色を青くして頷いた。
「……勿論、貴女もだ。ローズマリー嬢。……今のは『予言』? ……それとも、貴女は以前からその事を知っていたのか?」
先程までのまだ和やかだった雰囲気は消え、リオネルは一国の王国の為政者としての顔を見せた。
ローズマリーは初めて見るその顔に怯えつつ答えた。
「……『予言』、にございます。今、不意にそれが降りて来たのです。今までは、存じ上げてはおりませんでした。知っていたのなら、この彼女の立場に今までのような態度はとれませんでした」
ローズマリーは震えながらも、今までは知らなかったと主張した。……本当に今不意に思い出したのだ。深く内容も考えず口にしてしまう程に自然に頭に浮かんだ。
「……そうか。それは確かに一理ある。しかし、これからこの事は一切口外する事を禁じる! そしてまたこのような『予言』が降りてきたのなら、王国の監視者に密かに伝えるように。決してそれを公言してはならぬ。
――今日この場はここまで。それぞれにその立場に戻り心してその日を待つように。
2人を連れて行きなさい」
衛兵にアベルとローズマリーは連れて行かれた。2人は最後の出来事に怯えていたが、ここから自分達に出来ることはおそらくはない。自分達が誠実に実直に生きて行く事しか。その先に2人の未来があるのだから。
そう考え2人はそれぞれの道を歩き出した。
そして、2人はこれからリオネルとレティシアの前に立ちはだかる嵐の予感に、どうか2人が上手くいきますようにと願わずにいられないのだった。
お読みいただきありがとうございます。
レティシアとの暫くの間の別れ、その後リオネルはすべき事をする毎日でしたが……。ローズマリーから、まさかの『予言』が飛び出しました。




