王立学園 1
「やぁ、レティシア。見事なカボチャが出来たね」
リオネル王子と裏庭で出会って早約2ヶ月。
「リオネル様!」
私は裏庭の一部に野菜を作る許可をいただいて、他の野菜も作り始めていた。
私は学園の裏庭でこっそり野菜の栽培をしているところを王子に見つかった。あの時は本当に驚いたし、きっと何か罰を受けるのだろうとヒヤヒヤした。
……王子は何やら怪しい蔓の植物が植えられているのを偶然見つけ、誰が何の為に何を作ろうとしているのかを探ろうとしていたそうだ。
……ただの、カボチャなのだけど。
私は一年程前に、ただの平民だったところを父コベール子爵に引き取られ『貴族』となった。……が、私の亡くなった母は平民でありコベール子爵には正妻である奥様がいらっしゃる。結局私は歓迎されるべき存在ではなかったのだ。
そんな訳で? 父が不在の時などは私の食事がない時があった。学園に通うようになってからは人目を気にする義母は昼食代や衣服や持ち物はきちんと用意してくれるので、まだマシになったのだが……。
私はお腹が空いたら食べたりお小遣い稼ぎにする為に、野菜などを栽培しようと考えている。子爵家の厨房を探って見つけたカボチャのタネを見て、コレだ! と思ったのだ。実は平民時代に近所のおじいさんが自宅の小さな庭で畑を作っていて、私はよく遊びに行き基礎知識は教えてもらっている。
学園の裏庭の隅にほど良い場所を見つけたので勝手に作り始めてしまっていた訳だけど……。あんなに早くに人に見つかるとは思ってなかったのだ。しかも、この国の王子に!
だけどそのお陰で先生方にも話を通しこの裏庭の一角を畑にする正式な許可を得たのだ。
そしてようやく出来た見事なカボチャ。うん、これはお代官様……いえ王子様に先に献上しなければならないわね。
「あの……、リオネル様。よろしければどうぞおひとつお持ちください」
私は収穫した1番良い感じのカボチャをリオネル王子に差し出した。王子はキョトンとした。
「あの、コレが1番形も良く美味しいと思うのです。アレなどは大きいですが少し色が変わってますし、こちらはまだ収穫には早いと思うので」
私はこのカボチャにご満足していただけなかったかと、他の物より良い物であることを説明をする。
王子は暫く黙って聞いていたが、急にふふと笑った。ん? 今の説明にどこか笑うポイントってあったっけ??
「ふふ、……ああ、済まない、レティシア。そうか、コレが1番美味しいのか。僕は畑になるカボチャを見るのが初めてで目利きは得意でないから助かったよ。……ありがとう。だけど君の分の美味しいカボチャはまだあるのかい?」
王子様がニコリと笑ったので、私はホッとして答えた。
「はい、大丈夫です。まだこれから成る実もたくさんありますし。あ、あとひと月程は保管して『追熟』させた方が美味しいと思います。また必要があれば言ってくださいね!」
アレ? でも王子様にカボチャを渡してその後どうなさるかしら? お城の厨房にカボチャを渡されるのかしら? そう頭をよぎったけれど、リオネル様が嬉しそうなのでまぁいいかと笑い返したのだった。
◇ ◇ ◇
「……殿下。どうなさったのですか。その、カボチャは」
リオネルが楽しそうにカボチャを持って歩いていると、同級生であり側近の侯爵令息イヴァンが呆れたように後ろから声を掛けてきた。
リオネルは振り返り嬉しそうに答える。
「ああ。貰ったんだ。良いものだろう? 『追熟』させてから城の厨房に届けて料理してもらおうと思っている」
それまでは、自分の部屋に置いて飾っておこうかと考えてリオネルは自然と笑顔になる。
今まで色んな物をプレゼントされたが、獲れたての野菜をもらったのは初めてだ。明らかに純粋な好意からだと分かるモノ。そしてあの少女レティシアの自分を見つめる美しい紫の瞳。リオネルは思い出すだけでこんなにも心が弾むような気持ちになるのは初めてだった。
「殿下……。王子自ら厨房にカボチャを届けるだなどと……! どうせ、あの元平民の子爵令嬢でしょう? 殿下にそのようなものを渡すなんて、本当に物事というものを分かっていない……」
少し怒り気味に言うイヴァンにリオネルは言う。
「いや、せっかく作った中の1番成りの良い実を分けてくれたのだ。彼女はいい子だよ。今他にも色んなものを栽培している。我が国の農業に貢献してくれる、将来有望な女性だよ」
この王国は農業大国だ。この国の豊かな実りがこの国を、そして周辺国の人々を支えているといっても過言ではない。であるから、この王立学園でも農業系に特化した授業がある。貴族といえど……いや貴族だからこそ、この国の大部分を占める重要な産業である農業の勉強をしなければならないのだ。
笑顔のリオネルにイヴァンは不快感を隠さない。
「殿下! その者は少し前に子爵家に引き取られたばかりの元平民。その義理の母より辛く当たられて、おそらくは食事もキチンと与えられず食べ物に困窮し物作りをしているだけのことなのではと……」
「……それならば、早急に学園より子爵家に親の務めについての質問状を出すべきだろう。年頃の、しかも貴族の子弟が親に食べ物を困窮させられるなど只事ではない」
レティシアへの関心を薄める為の話は、しかし余計にリオネルの関心を高めるものだった。
「……それならば、学園側からその子爵家に働きかけるように上手く伝えておきましょう。……とても良いカボチャですね。それがその子爵令嬢がこの学園で作ったのですか」
すぐ後ろからやって来ていたもう1人の側近、伯爵令息ジルが言った。そしてリオネルの持つカボチャを見て感心したようだった。ジルの伯爵家の領地も農業が盛んなのだ。
「ああ、そうしてやってくれ。……カボチャは多少土地が悪い方が良く育つようだとレティシアが言っていた。
しかし彼女は私に家での辛い話などした事がなかったが。義理とはいえ母を悪く言いふらしたりなどしないのは感心ではないか」
レティシアに対してかなり好印象な様子の王子を見て、側近の2人は目を見合わす。
「……殿下。もしや、彼女はフランドル公爵令嬢の話す『例の話』の娘なのでは……。だとすればこれ以上殿下が近付くのは危険です」
イヴァンが心配そうに口にした。
「ローズマリーの、例の話か……。……彼女がそうであると?」
リオネルの顔からスッと表情が消えた。
ローズマリー フランドル公爵令嬢。リオネルの、幼い頃から定められた婚約者である。
「分かりません。ですが……、公爵令嬢の『例の話』と条件が当てはまります。そして何より……殿下はこのように彼女を気に掛けられているではありませんか」
「そうですね。出会う時期、『子爵家の娘』……。そして、それが殿下の『例の話』のご決断に繋がるのだとしたら……」
イヴァンとジルは真剣な顔でリオネルに詰め寄った。
リオネルはそんな2人の顔を見つめ返し、重いため息を吐いた。
「……彼女はそういう存在ではないよ、心配要らない。……私はローズマリーの言うようになるつもりはない」
「……ならば、良いのです。安堵いたしました。出過ぎた物言いをお許しください」
「……ああ、2人が私のことを心配してくれているのはよく分かっている。いつも済まないな」
王子の言葉に頭を下げる2人だったが、どうにも不安は残るのだった。
お読みいただきありがとうございます。
出会って仲良くなった王子とレティシアでしたが……。