帝国の公爵 2
王宮の入り口に一台の馬車が到着した。
そして馬車の扉が開かれ、その前に待っていたリオネルはにこやかに挨拶をした。
「よくいらしてくださいました。コベール子爵。子爵夫人。……レティシア嬢。こちらからご挨拶に伺うべきところですのにご足労いただきありがとうございます。……さあ、こちらへ」
この国の王太子に出迎えられたコベール子爵夫妻は驚いたが、彼がレティシアと婚約したいという気持ちは本当なのだと納得した。
「こちらこそ、王太子殿下自らのわざわざのお出迎えいたみいります。本日は詳しいお話を伺うべく参上いたしました。宜しくお願いいたします」
「お迎えいただきありがとうございます。殿下。本日は宜しくお願いいたします」
昨日のフランドル公爵家と打って変わっての至極まともな受け応えに、リオネルは笑顔で3人を国王との謁見の間に案内した。
◇ ◇ ◇
「良く来てくれた。コベール子爵、夫人、レティシア嬢」
部屋に入ると国王より歓迎の言葉をかけられ、コベール子爵はかなり恐縮していた。当然ながら、子爵程度の立場では国王と直接話などした事がない。大勢の前で領地の経営についてお褒めの言葉をいただいた事がある位だった。
この小さな謁見室には衛兵はいるが、基本的には若い2人とその両親の6人だけだ。
まずどんな話から入るのかとコベール子爵は身を固くする。
「……此度は、突然の話に驚いた事であろう。まずは子爵に話をする前に勝手にレティシア嬢と我が息子の婚約という話になった事を謝らせて欲しい。子爵の家の方針も何も抜きで話が決まってしまった。しかもその寸前までリオネルには婚約者が居た事は知っての通りだ。幾ら2人が不仲で『予言』でいつかは婚約は無くなるだろうとは言われていたとしても、だ」
国王はそう言ってコベール子爵夫妻に謝罪した。
コベール子爵は国王を畏れる気持ちを抑え、レティシアの父としてそして弟の大切な娘を預かる伯父として自分の意見を述べる事にした。
「……陛下。私達はレティシアが本当に望んだ事ならば反対するつもりなどはございません。
しかし、陛下も昨日レティシアから聞いて下さったかと思いますが、私どもはレティシアの本当の親ではございません。彼女は私の実の弟、アランの大切な娘でございます。その弟から預かった大切な娘である以上、私どもには大きな責任がございます。
生意気を申しますが、どうか陛下、王太子殿下。レティシアを必ず大切にして下さると、そう約束していただけますか」
コベール子爵は真っ直ぐ国王を見て言った。
子爵は決めていた。レティシアは弟の忘れ形見であり自分達の大切な娘。そして、両親の運命に翻弄された哀れな娘でもある。この大切な娘は例え相手が王家であったとしてもそれが軽いいい加減な気持ちならば絶対に渡す訳にはいかないと。
国王は少し驚きつつコベール子爵を見た。
王家の、しかも王太子に望まれた婚約。普通ならば喜んで飛びつくだろう。あのフランドル公爵でさえ最初は喜んでこの話を受けたのだ。
それを、たかが子爵が娘の幸せを願い国王に対してこのように無礼とも言える返答をするなどと――。
しかし、それはそれだけこの子爵が娘を思っているという事だ。
昨日のレティシア嬢の話にもあったではないか。この子爵は自分が噂の的になってでも姪であるレティシアを帝国から守ったのだと。……愛情深い、不器用な男だ。
コベール子爵夫妻もレティシアも、国王が少し黙ってしまった事で不興を買ってしまったかと思った。しかし……。
「……勿論だ。子爵の大切な姪であり娘を、我が息子の妻にいただくのだから。私も力の及ぶ限りレティシア嬢の力になり守ると約束しよう。
そして、コベール子爵よ。子爵の愛情の深さには頭の下がる思いだ。よくぞ不遇であった弟夫妻を見守りその娘を守ってくれた。私はその子爵の思いを受け継ぎレティシア嬢を大切な娘として預かると誓おう」
「勿論、私リオネルもレティシア嬢を愛し守り続けると誓います」
国王は心から思いそう告げた。……そしてリオネルも。
コベール子爵夫妻とレティシアはホッとすると同時に、国王とリオネルのその思いに喜びが溢れる。
「陛下……! リオネル殿下! ありがとうございます。……どうかレティシアを宜しくお願いいたします」
コベール子爵はそう言って頭を下げた。部屋にいる者は皆笑顔に包まれた。
両家の話し合いはその後はスムーズに進み、結果ほぼ朝にクライスラー公爵が国王達に話していた通りとなった。
レティシアは約2週間後にクライスラー公爵の迎えの者達と共にヴォール帝国に行き、そこで正式にクライスラー公爵家の養女となる。そしてそこで帝国の淑女教育をしっかりと受け、10ヶ月後にランゴーニュ王国にリオネルの正式な婚約者として戻り1、2ヶ月後の佳き日に結婚式を行う、というものだ。
レティシアは話を聞きながら……内心冷や汗をかいていた。
……昨日、リオネル殿下から告白されたばかりなのよ? それがもう次の日には結婚のだいたいの日取りまで決まるなんて……! とんとん拍子に話が決まり過ぎではないのかしら……。お父様やお義母様もお話をしてくださっているから、これは本当に現実……なのよね?
しかも2週間後にはヴォール帝国に行ってそこから10ヶ月もの間淑女教育! ……ハード過ぎる!
レティシアは冷や汗をかいていると、正面に座るリオネルと目が合う。2人は苦笑し合った。
そんなリオネルを見ながらレティシアは思う。
……帝国へ行ってしまったら約10ヶ月。リオネル殿下に会えなくなるんだわ……。ヴォール帝国へはちょっと行って公爵のご家族に挨拶する位に思っていたのに……。
確かに、お母様の事を調べたりするにはその位帝国にいる方が好都合なんだけど……。
リオネル様と会えないのは辛過ぎる……。
2年前学園で仲良くしていたとはいえほんの短期間、しかもそれから2年以上も全く関わっていなかったのだ。勿論それはフランドル公爵令嬢の『予言』に巻き込まない為との事情があったという事はもう分かってはいるが、その状態から結婚への流れが早過ぎる。
いきなり結婚して一緒にいたら2人は合わなかった、なんて事になったらどうするのだろうと前世の余計な知識があり過ぎるレティシアは悩んだ。
……だけど、レティシアは2年前会えなくなってからリオネルへの気持ちを自覚し、その後ずっと彼だけを想っていた。他の男性など目に入らなかった。
だから、本当はもっと一緒にたくさん話をしていっぱい同じ時を過ごして……2人の気持ちを確かめ合いたい。そして彼を間近でずっと見ていたい。だって今までは遠く離れた所から眺める事しか出来なかったのだから。
今はこんなに近くからリオネルを見る事が出来る。そして彼は優しく微笑み返してくれる。……それがレティシアは嬉しくてたまらなかった。まだ、少し照れてしまうのだけれど。
それなのに、早速また会えなくなってしまうなんて……。
レティシアは周りに気付かれないようにため息をついた。
お読みいただき、ありがとうございます。
昨日の今頃は、まだパーティーに行く前でベルニエ侯爵家でミーシャ達とパーティーがどうなるかと悩んでいた。それがまさか一日経ってリオネル様との結婚が決まるなんて……。と、眩暈のする思いのレティシアです。




