帝国の公爵 1
長い1日が終わり、やっと卒業パーティーの次の日です。
「おはようございます。良い朝ですね」
卒業パーティーの次の日の朝、天気も良く朝食は庭園の見渡せる『撫子の間』でとることになった。
国王一家が昨日の騒動のあとの謹慎中の第二王子アベルの件で重苦しい雰囲気の中、ヴォール帝国のクライスラー公爵の朝の爽やかな挨拶とその笑顔が光った。
「おはようございます、閣下。昨夜は良くお休みになられたようですな」
その充実した顔付きを見て、国王は思わず羨ましいと言いかけて止める。
「ええ。とてもよく眠れました。やはり可愛い娘が出来るというのは良いものですね。とても癒されます。我が家は男の子1人だけでしたから……。あの子とも仲良くなれると良いのですが」
そう嬉しそうに語るクライスラー公爵にリオネルは「そうですか」と流しかけて、その内容にはっと気付く。
「可愛い……娘? 閣下、どういうことでしょうか? まさか、レティシアと……?」
恐る恐るそう聞くと、よくぞ聞いてくれたとばかりに笑顔でクライスラー公爵は語り出した。
「そうなのです。昨日、早速コベール子爵邸にご挨拶に伺ったのですよ。するとコベール子爵もちょうど屋敷に帰って来たところでして、しっかりとお話をまとめあげて参りました。養女の件、コベール子爵にも快諾していただきましたよ」
「なっ……!!」
これには国王もリオネルも驚いた。……動きが早過ぎる。昨日の今日だぞ?
「閣下。その事なのですが……」
リオネルはそう言ってチラと国王を見る。すると国王は軽く手を上げ合図をし、侍従や侍女たちは部屋から退室した。
「……おや? 何か大切なお話ですか?」
余裕の笑みでその様子を見るクライスラー公爵。
その彼を見ながらリオネルは口を開いた。
「……閣下。不躾な質問をお許しください。閣下は、レティシアの真の味方ですか? これからレティシアをどうしようとお考えなのですか?」
おそらくこの百戦錬磨であろう公爵に、自分程度では駆け引きなど通用しない。ここは単刀直入に問うべきだとリオネルはそう判断した。
「私は、レティシアの1番の味方ですよ。……あぁ、1番はリオネル殿下ですかな? では私は2番という事で。そして私は初めて出来た娘をこれ以上はない程に可愛がりたいとそう思っておりますよ」
クライスラー公爵はまだどこか浮かれたように嬉しそうに言った。
リオネルはその様子に少しムッとする。
「閣下……! 私は真面目に質問しているのです。……閣下もおそらくはお気づきなのでしょうが、レティシアの母は帝国の元貴族のようです。そしてそれは20年前に現皇帝に味方し敗れた元貴族。であるとすれば、前皇帝派であったクライスラー公爵は現皇帝派の貴族の出であるレティシアを、何かに利用しようとお考えなのでは……!」
リオネルのその話を聞き、頷きニコリと笑う公爵。
「……もしそうであったらなんだというのです? 私は帝国での切り札を一つ手に入れ、あなた方も帝国の公爵家の力を持った王妃を手に入れられる。しかもその女性はリオネル殿下の愛する女性。……お互いwin-winの関係だ。何か問題がありますか?」
何一つ悪びれた様子のない公爵のその言動に、リオネルはグッと言葉に詰まった。
「……では、従兄弟殿はレティシア嬢に無理を強いたりこの王国に戻さないなどという事は決してない、というのですな?」
国王の言葉に公爵は機嫌良く頷く。
「それは勿論です。何より可愛い我が娘レティシアに辛い想いなどさせるはずがありません。私は親として生涯レティシアを大切に慈しむつもりですよ」
クライスラー公爵は、それは優しい表情で答えた。
……それは、彼の心からの言葉に聞こえた。
何より、この公爵がこのような柔らかな顔をするのを初めて見た国王は驚いた。幼い子供の頃からこの男は気持ちを表に出さなかった。ましてこのように嬉しそうな所など。
内心そう驚きながら、国王はゆっくりと頷いた。
「……それではレティシア嬢の父親であるコベール子爵に確認したのち、我が息子リオネル王太子の想い人であるレティシア嬢をクライスラー公爵に預けることとする。……くれぐれも、宜しく頼みますぞ」
「勿論です。……素晴らしい淑女にしてお返ししますよ。私も花嫁の父として結婚式に出席できる事を楽しみにしております。
……それから、コベール子爵は今日レティシアと共に登城すると思いますよ。リオネル王太子殿下との婚約の話も寝耳に水でしたでしょうからね。大変驚いていらっしゃいましたよ」
そう楽しげに言い切ったクライスラー公爵。国王夫妻もリオネルもとりあえずはコベール子爵に話を聞いた上で、この話を進めるしかないかと考える。
そしてそのコベール子爵に婚約の話を事後報告で伝えるのもなんとも外聞の悪い話だ。普通は貴族の結婚は家同士の契約のようなもの。しかし今回のように相手が王族でその相手に惚れ込まれてのいきなりの婚約は、まるで無理矢理のような印象も受けるだろう。令嬢の親の承諾なしに決めてしまったのだから。
まあ普通は相手が王族、しかも王太子なのだから泣いて喜ぶところだろうが……。
国王はそうどこか気軽に考えた。
「……そうそう。私は王太后様にご挨拶をしたら明日にでもヴォール帝国に帰ります。ですから出来ればレティシア嬢を一緒に連れて行きたいのですが……」
「ッ!? 明日!?」
国王夫妻とリオネルは驚く。
「……お待ちください、閣下。それはいくらなんでも急過ぎます」
リオネルはすぐさま反応した。するとクライスラー公爵はニコリと笑った。
「……でしょうね。ですから、私がまず帝国に帰りすぐに選りすぐりの兵と侍女を用意しこちらに向かわせます。およそ、2週間後程でしょうか。
そこからレティシア嬢を帝国にお連れし、10ヶ月程みっちり淑女教育をいたします。……まあ、淑女教育という名の私達親子の為の時間と考えていただければ。そこから王国に戻り結婚準備、というスケジュールでいかがでしょうか」
スラスラと今後の自分達の予定を帝国の公爵にたてられいっとき呆然としてしまったリオネルだったが、10ヶ月? そんなに長い間離れなければならないのか?
「お待ちください、閣下。10ヶ月もの長期間帝国に行くことが必要でしょうか? しかも帝国に行くのも2週間後、などと……」
リオネルは帝国へはほんの挨拶程度に行くものと思っていた。まさかそれが10ヶ月だなんて。
「帝国の淑女として仕込むならそれでも短いくらいですよ。それに、どちらにしても一国の王太子の結婚となればその準備に1年程はかかるでしょう。まさか、元婚約者との結婚の準備の品を我が娘に回そうなどとは考えておられないでしょう」
……フランドル公爵令嬢との結婚準備など全く何もしていなかった国王たちは少し居心地悪く苦笑する。
「そしてもっと言わせていただくと、貴方がたはその間にフランドル公爵家やその他のこの王国のゴタゴタを片付けなければならないでしょう。
……私は本当は明日にでもレティシアを連れて帰りたいのですよ? 今彼女がこの王国にいるのは危険なだけですから。ですから我が公爵家の護衛をレティシア嬢にはつけさせていただきます。そして彼女に対するおかしな動きがあれば、我が帝国の法に則り速やかに処理させていただきます」
クライスラー公爵のその言葉に、国王夫妻もリオネルもハッとする。
――公爵の言う通りだ。今は国内の制定が最優先だ。フランドル公爵の動きにアベルのドール王国への婿養子の件……、問題は山積みだ。それに確かにレティシアは公爵派から狙われる可能性がある。
それらが解決したその先にやっと王太子リオネルとレティシアとの結婚があるのだから。
そうなると、やはり結婚までの時間は1年は欲しい。
……ただ、想いが通じ合ってすぐに離れなければならない若い2人が少し不憫ではあるのだが……。そう思った国王はチラリとリオネルを見た。リオネルも真剣な顔で考えているが王太子として大局を見れば答えは一つ。
確かにこの難関も乗り越えられなければ、一国を支える国王夫妻としてやってはいけないだろう。……ここは、2人は障害を乗り越え一緒に生きていけるかを試される時なのだ。
それを感じ取ったリオネルも頷くほかなかった。
「……閣下。レティシアを、くれぐれも宜しくお願いいたします」
リオネルはそう言ってクライスラー公爵に頭を下げた。
クライスラー公爵はニコリと微笑み頷いた。
お読みいただきありがとうございます!
やっと両想いになったのに、しばらく離れる事になってしまいました……。




