挿話 ローズマリー2
ローズマリーの転生後です。
「……おお。なんと愛らしい。君の燃えるような赤い髪に私の青い瞳を受け継いだ可愛い娘」
「……まぁ、貴方ったら。ほら。この子の口元はあなた似でしてよ」
……なにやら、とても仲の良さそうな男女の声。
私は、いったいどうしたのだろう? 確か、あの三者面談の後に親にひどく叱られた。そして次の朝、叱られ疲れて痛む頭で登校すら途中で……事故に遭った。……私は、死んだって事??
「……そうだ。この娘は『ローズマリー』と名付けよう。この娘が幸せであるように。薔薇のように美しい娘となるように」
……あれ? なんだかこの場面聞いたことあるような……
そして私は成長し気付く事になる。ここが、私が日本で生前受験そっちのけでやっていた乙女ゲーム『公爵令嬢の憂い〜真実の愛を求めて〜』の世界だって事を! ……そして私は思った。
……ほら、私があの乙女ゲームをしていたのは間違いじゃなかった!
だって私はこの世界のことが全て分かるのよ! この先起こることも、自分がどうするべきなのかも……。
だって、ここは私が『攻略本』を全てマスターした乙女ゲームの世界。私はこの世界の主人公、ローズマリー フランドル公爵令嬢なのだから!
そして実際に私は攻略本を全て読み込んで覚えていた事から、私の身の回りで起こる様々な事が分かった。……前世でその分勉強していたら受験なんて余裕だったでしょうね。
そしてそれを周りに話していると、いつの間にか未来の予見が出来る『聖女』ではないかと言われるようになっていた。
あのゲームではローズマリーにそんな呼び名は無かったハズだけど、今更周りの『予言』への期待に応えない訳にはいかなかったし、何より皆に凄いと言われる事は嬉しかった。それにあの攻略本で知っている事を少しだけ話しているだけだしね。
人々は私を崇め、そして特別扱いをする様になっていた。
元々フランドル公爵家はこのランゴーニュ王国の筆頭公爵家。王家の次に力を持っていた。その為かこの国中で『才色兼備の聖女のような令嬢』と言われ、乙女ゲームの通り王家からこの国の第一王子との縁談が持ち込まれた。
両親は王子との縁談をとても喜んだ。……私も、とうとうゲーム通りの展開がやってきた事にワクワクした。
だけど――。
実際のリオネル王子との初顔合わせの日。
私はゲームでの事をよく思い出してこのイベントに臨んだ。……だけどリオネル王子の顔を見た瞬間、私はゲームでのバッドエンドを思い出して震えが止まらなくなった。
リオネル王子は自分を見て震え出した婚約者に驚いていた。そして心配する素振りを見せたけれど……。私は彼が怖くて逃げ出した。
顔合わせは中断となり、私は屋敷へ帰った。両親はとても心配し、どうしたのかと尋ねてきた。
その時私は恐怖の余り、『浮気者の王太子』『王太子に冤罪をかけられて処刑される』と話してしまった。
両親は驚いたが、それがいつもの『予言』であると気付くと慌ててその事を詳しく聞いてきた。私は、ローズマリーは婚約者であるリオネル王太子に卒業パーティーで冤罪をかけられ婚約破棄される事、そしてそれは証拠集めや皆の協力……何より第二王子アベル殿下と恋に落ちる事でその難局を回避できると伝えた。
その後公爵家ではこの『予言』を元に対策を練った。今までローズマリーの予言は全て当たってきた為にフランドル公爵は勝負に打って出る事にした。自分達の前に現れた、ある意味この王国の覇権を取る事が出来る大きなチャンスに。
今のままでも『王妃の実家で未来の国王の祖父』となる事は出来るはずだった。しかしもしも予言通りに王太子が浮気をし我が娘に『婚約破棄』騒ぎを起こし失脚するのなら。王家の有責で婚約破棄をしリオネル王子を失脚させ、次に王太子となるアベル王子と婚約させる。そうすれば、こちらが立場的に有利な状況で王家に物申す事が出来るのだ。
――フランドル公爵はそこまで考えてゾクリとする。
そうなれば、フランドル公爵家は名実共にこの王国の覇権を握る。国王という傀儡を操り思い通りにこの王国を動かせるのだ、と――
ローズマリーはそんなフランドル公爵の思惑に気付きつつも、前世の自分の1番の『推し』だったアベル王子との出会いを待っていた。
自分の1番好きだったアベル王子との恋が叶うなら、父である公爵の思い通りになるのも悪くない。実際、自分の望むゲームの展開はその通りでその後フランドル公爵はこの王国の覇権を握る事になるのだから。
そうして、フランドル公爵家の方針は決まった。
そして、ゲームの展開通りに話は進んでいく。
ゲームと違いまだ幼いリオネル王子が『浮気者の王太子』と皆に責められているのは、少しは可哀想な気もしたけれど。
だけど、リオネル王子にはこちらはこれから酷い目にあわされるのだ。特にあの『卒業パーティーでの婚約破棄と断罪』では、傲慢で自分勝手な浮気者のリオネルが余りにも酷くて、ゲームでも何度も辛い気持ちになったのだ。……絶対に許せないし容赦してはならないのだと自分に言い聞かせた。
しかし何より嬉しかったのは、想像通りにアベル王子が素敵だった事! 公爵家の薔薇園での出逢いを演出してもらい、アベル王子とローズマリーは恋に落ちた。アベル王子もローズマリーと結婚したいと言ってくれた。
その内アベル王子もローズマリーの『予言』に心酔し、自分を可愛がる王太后も紹介してくれた。ゲームで出てきた『王太后の探し物』というイベント、その探していた物を見事ローズマリーが見つけたら王太后にも可愛がられるようになった。……攻略成功ね!
だから、王太后の出身である帝国の皇帝がもうすぐ病気で亡くなるという情報を教えてあげた。驚いていたけれど、結果それが本当になった事で王太后も自分に心酔するようになった。
それ以来、帝国の王太后の実家からまた何か『予言』があれば教えてほしいと何度か言われたけれど、帝国関連の話はバッドエンドの時に良く出てきたのよね。だから余り好きじゃなくて……。確か裏設定まで踏み込んだルートで、リオネル王子の浮気相手が帝国の関係者だって出てきた気はするんだけど……。ダメだ。あれは最悪のルートだったからすぐに終わらせて深く追求しなかったのよね。
とにかく、私は周りから『聖女』ともてはやされながらも上手く話を進めていった。……学園に入学するまでは。
王立学園に入学したら、ちゃんとメンバーが揃っていて安心した。例の子爵令嬢もちゃんと平民から貴族になって入学していたしね。そして無事にリオネル王子と出逢い恋を育みつつあるようだった。
――けれど。
まだ2人が出会って間もない頃から、子爵令嬢は周りから嫌がらせを受け始めていた。それは、公爵家派や王家派からも。ゲームでは相当時間が経ってからそういう展開になったはずなんだけれど、おかしいわね?
どうやら『予言』があったせいでどちらの派閥も過敏に反応しているらしい。特に王家派はリオネル王子の進退に関わるからかかなり酷い嫌がらせをしていたようだった。
すると、それに気付き事態を重く見たリオネル王子は子爵令嬢から距離をおくようになった。
そうして彼らは2年以上そのまま近付くことはなかった。
卒業近くになり、私は流石に焦っていた。あれからリオネル王子と子爵令嬢が恋人関係どころか会うことさえしていないようだったからだ。いつかはゲーム通りになると静観していたけれど、もう卒業まであと僅かだ。
けれど例の子爵令嬢の様子を見ていると、彼女は密かにリオネル王子を熱い視線で見つめていた。ほら、やっぱりそうなんじゃない!
そうして私は彼らの恋の『お膳立て』をしてあげることにしたのだ。
彼らの周りの生徒に、『先生からの伝言』として同じ場所同じ時間に呼び出させたのだ。……無事に、2人は会う事が出来たようだった。ふう。感謝してよね?
それからの私は乙女ゲームの展開通りに、『子爵令嬢の持ち物を壊す』『密かな嫌がらせ』『子爵令嬢を呼び出して注意をする』――というイベントをこなしていった。
私はやっとゲームの展開通りになってきた事に満足していた。
あぁそれに、時間が余りないけれどやっぱりアレもしておかないとね? そう考えた私は卒業パーティー直前に『子爵令嬢を階段から突き落とす』という事までやってのけた。
……これで完璧よ! ……そう、思ったのに。
パーティーが始まってみれば、まずリオネル王子が子爵令嬢をエスコートしていない。そして婚約者である私をエスコートしていない理由を王家派の貴族にバラされてしまう。
それにパーティー開始前にリオネル王子は断罪を始めるはずなのに全くその様子はなく、断罪の途中からやって来てそれを諌める予定の国王が先に入場してしまう……。
――何より、愛するアベル王子が来ていない。
これは、どういうこと? 『予言』が違ってきている? ……まさか!
私は目の前のリオネル王子をキツく睨んだ。
そして、リオネル王子はローズマリーとの婚約の『解消』を申し出たのだ――。
……婚約の『解消』!? それに、どうして? なんだかゲームと全然違うじゃない!
焦る私やお父様が必死に『予言』通りにさせようとした。途中例の子爵令嬢がやけに理路整然と反論してきたけど、そこで王太后様が私達の味方をしてくれた。
……やった! これで勝てたわ!
そう思ったのに。
何故か王太后様は錯乱状態になり、その後出てきた帝国の公爵とやらに全てを台無しにされた。
私はショックを受けながらも、愛しいアベル王子を探した。
けれど最後まで彼はこのパーティーに現れる事はなかった――。
フランドル公爵邸に帰ったが、何故か公爵家派の他の貴族達は現れなかった。話し合う私達家族の前に唯一現れた父の末の弟である叔父。王宮の官吏として働く叔父から告げられた様々な事実。
私達は……私は、いったい何を間違えたというの?
私は、本当はただアベル王子と一緒にいたかっただけなのに。
「アベル王子は昨晩から陛下より謹慎させられている。そして王子には縁談があがっているらしい。……もはやローズマリーとの縁談は絶対に認められないだろう」
……その言葉に。私は意識を失った。
お読みいただき、ありがとうございます。
ゲームの通りになる事を望みながら、『予言』を出す事で自分で運命を悪い方に変えてしまったローズマリーでした。




