コベール子爵邸 3
「お父様、お義母様。本当に……ありがとうございます。こんな難しい立場のただの『姪』に、こんなに良くしてくださって……。
私は一生この御恩は忘れません。そして、今リオネル殿下との道を選ぶ以上は私は母の生きた帝国の力をも利用するつもりでいきますわ。母は本当に帝国の貴族によって命を落としたのか、しっかり見極めて参ります」
このコベール子爵家に迷惑をかけない為にも、私は帝国で母が追われた理由を突き止め解決しなければ。
こんな時、前世での記憶が役に立てばいいのだけれど……。
「レティシア。気持ちは分かるが、決して無理をしてはいけない。君はこれからある意味敵地に飛び込む事になるのだから。だが、ヴォール帝国の筆頭公爵家であるクライスラー公爵の養女となったレティシアにはそう簡単に手は出せないとは思ってはいるのだけれどね」
「筆頭……公爵家……。……もしかして、クライスラー公爵はヴォール帝国で1番偉い貴族なのですか?」
急に無表情で尋ねてきたレティシアに、不思議に思いながら子爵は頷いた。
「……? そうだよ。帝国には公爵家は3家あるそうだが、クライスラー公爵家はその筆頭。確か今の公爵の祖母は皇女であったはず。あの有名な女帝マリアンヌ陛下の妹にあたる方だ。だから、現在の皇帝陛下と公爵とは『またいとこ』になる訳だね」
レティシアは頭を抱えた。
……筆頭公爵家。そして皇帝のまたいとこ。
一気に、ヴォール帝国の中枢に行っちゃうんですけどーー!
「……すごい、お家でしたのね。さぞかし皇帝陛下にも信頼されていらっしゃるんでしょうね」
レティシアがなんとか落ち着きを取り戻しため息混じりにそう言うと、コベール子爵は少し複雑そうな顔をした。
「クライスラー公爵家の前公爵は、20年前の兄弟の帝位争いの時は前皇帝側についた。……前皇帝と今の皇帝は母が違う。今の皇帝陛下の母はクライスラー公爵家と敵対関係にある公爵家出身の娘だった。それで自分達の派閥の侯爵家の母を持つ前皇帝に味方したのだ。クライスラー公爵家は前皇帝の時はそれは権勢を誇っていたそうだが……。前皇帝が急な病で亡くなりその反対勢力の現皇帝がその座に就かれてからはな……」
子爵は最後そう言葉を濁した。
レティシアはその話を聞いて、クライスラー公爵の行動が腑に落ちた気がした。
……20年前の帝位争いで勝った前皇帝は、反対勢力の貴族達の粛清を行った。それはコベール子爵から聞いたようにとても酷いものだったのだろう。母を始めとしたたくさんの貴族達がその地位を追われる事になった。
そして皮肉な事に、5年前にその前皇帝が亡くなった事で今度は現皇帝側が反撃をした、とそう考えていいのでしょうね。
それは勿論クライスラー公爵家もその対象で。
流石に『筆頭公爵家』で皇族の血を引くクライスラー公爵家をどうこうは出来なかったのだろうけれど、全盛期と比べたらそれは苦しい立場に追いやられているはずだわ。
ヴォール帝国の筆頭公爵が幾ら叔母とはいえわざわざ自らこの王国にまで会いに来るというのも、ヒマとは言わないまでもある程度の閑職に追いやられているのかも。
……そうだわ、『隣国の王太后の身内』というのもある意味公爵家には大事な切り札なのかもしれない。そうなるとフランドル公爵家がこの王国の覇権を握るのはクライスラー公爵から見れば都合が悪かったという事かしら。
――それならば、クライスラー公爵がリオネル殿下の味方をした理由が理解できる。
そしてそこに更に『次代の王妃の実家』という美味しいエサが目の前にぶら下がったのだから、とりあえずとっとくわよね。
「成る程……。納得いたしました」
レティシアは一つため息をついてからそう呟くように言った。
がっかりしたというよりも、公爵の行動の理由が分かって内心ホッと安心した。何故か分からないのに親切にされ過ぎるのは何か裏があるのでは? と勘繰り過ぎてしまって怖かったからだ。
「レティシア……。しかしクライスラー公爵はレティシアの事を……とても大切に思ってくれている。……そう私は感じた。おそらく、レティシアが今納得した内容の意味もあったろうが、彼の心の大部分は君への親としての愛情に溢れているよ」
何故かクライスラー公爵の援護をした伯父をレティシアは少し不思議に思いながらじっと見た。
「私も、帝国に追われるヴィオレ達を見てきたから、帝国を憎む気持ちも恐れる気持ちもある。……しかし今クライスラー公爵は、色んな思惑もおありだろうがレティシアの事を真摯に考え慈しんでいこうとしている。……だから私はあの方にレティシア、お前を託すのだ。クライスラー公爵がいてくだされば、この先レティシアは正しく自分の道を切り開く事が出来るだろう」
それは、コベール子爵の切なる想い。大切な弟とその妻、そして2人の愛する娘レティシア。この3人が辿った苦難の道をレティシアは自分の選んだ未来の為に打ち破る必要がある。クライスラー公爵ならばその協力者として充分に力を貸してくれることだろう。
実の伯父である自分に力が無い事を悔やみながらも、自分に出来る精一杯のサポートはしたいと思っている。そしてもしもレティシアが泣いて帰ってきたのなら、黙って彼女を受け入れる準備もしておこうと考えている。
「ッ……! ありがとうございます……。
公爵のお力を借りつつ、そのお力にもなれるように努めたいと思います。そして……、お父様お義母様のお心も決して忘れません」
レティシアの前世の両親も、子である自分を信じ苦しかったら帰っておいでと見守ってくれる人たちだった。
……前世も今も、私は両親に恵まれているわね。本当に幸せだわ……。そして私もこの大切な人たちを守っていけたら……!
そう思いを新たにするレティシアだった。
そんな娘を見てコベール子爵夫妻も涙ぐんだ。
そんな中、コベール子爵は先程クライスラー公爵とした約束……、レティシアの母ヴィオレつまりヴォール帝国のヴァイオレット皇女の事を、今王国にいる間はレティシアに話さないという事がレティシア本人にとって本当に良いことなのか、それだけが気がかりだった。
お読みいただきありがとうございます。
クライスラー公爵の行動原理が分かった気がしたレティシアでしたが……。
コベール子爵はほぼ全面的に公爵を信頼する事にしたようです。




