それぞれの事情 3
国王との話を終えたリオネル王子とレティシアは王の執務室から退室し、馬車乗り場に向かい2人で回廊を歩いていた。
「……リオネル様。私はこのままクライスラー公爵の養女となっても良いのでしょうか……」
帝国の公爵の養女となったならば、確かにこのランゴーニュ王国で誰に侮られることはないだろう。
しかし、レティシアの母は元帝国貴族で追われる身だった。コベール子爵夫妻も帝国とは関わってほしくは無さそうだった。
それに、クライスラー公爵は本当に『厚意』で私達の恋を応援する為だけにこの申し出をしてくれたのだろうか?
リオネルは悩むレティシアの手を取った。レティシアがリオネルの方を見るとリオネルは微笑み手をポンポンと優しく叩く。
「クライスラー公爵閣下は、昨日は彼の叔母でもある王太后をそして暴走気味だった弟アベルも諌めてくださった。私には『想いは言葉にしなければ伝わらない』と、そう諭してもくれた。そして……今日はおそらく私に思いを伝えさせる為にレティシアに声をかけた」
……そういえば。クライスラー公爵のまるでやる気のない本気度の感じないあのプロポーズは、そういうことだったのね。だからあの時リオネル王子が私達の間に割って入った時にどこか嬉しそうに微笑んでおられたのね。
「そういうことでしたら……」
レティシアはまだ少し不安ながらも微笑んだ。
「……本当は、レティシアの養女先は国内の貴族であって欲しかったけれどね。クライスラー公爵家は確かにこれ以上はない申し分のない家なんだけど、レティシアと離れ離れになるかもしれない期間があるのは……本当は耐えられない。この2年、ずっと会えなかったんだ。本当はずっと一緒に居たいと……そう思っている」
リオネル王子はそう言って、握ったままだったレティシアの手に優しくキスをした。
レティシアはリオネル王子がキスをした手も顔も真っ赤になった。
……リオネル様ったら、ついさっき両思いになったばかりなのにスキンシップが凄くないですか!? それに、ずっと一緒に居たいって……!!
赤くなったまま固まってしまったレティシアを見てリオネルは楽しげに微笑んだ。
「今日はまだ片付けなければならない事があって屋敷まで送れなくてごめん。またコベール子爵が王都に戻られたら挨拶に伺わせてもらうよ」
真っ赤な顔のレティシアをエスコートし王家の馬車に乗せ、リオネルは名残惜しそうに彼女を見送った。……本当は、もっとずっと一緒に居たい。やっと想いが通じ合い一緒にいる事を許されたのだから。けれど、今日のパーティーの事や今後の事についてやらなければならない事が山積みなのも事実。
……明日レティシアが登城してきたらずっと一緒に居られるように、今はするべき事をしてしまわないとね。
そう考えながら、レティシアを乗せた馬車が見えなくなった後リオネルはすぐ仕事に向かった。
リオネルに見送られた馬車に乗ったレティシアは、1人身悶えていた。
……リオネル様ったら! あんなに優しくて甘い笑顔で見詰めてくるなんて……! 何これ最高過ぎるんですけど!
……レティシアはまだ顔の火照りが治まらなかった。いや、思い出すともっと熱くなる。
元々前世の乙女ゲームでもリオネル王子がドンピシャの好みだった。ただゲームの時のリオネル王子は余りにも傲慢で自分勝手で残念だなーとは思っていた。
……それが! 現実では苦労されたせいか性格も良く努力家で、それでいて外見もドストライクとくればもう好きになってしまうしかない。しかもあんなに甘く見詰めて自分の事を好きだなんて言われたら……!
ついさっきのパーティーが始まるまで、『貴族の微笑みには気を付けるべし』と思っていた事をすっかり忘れてハマってしまっているレティシアなのだった。
――ランゴーニュ王国の王宮の門の側。一台の落ち着いた品のある馬車が止まっていた。
……その馬車は、王宮から出てきた王家の馬車が通り過ぎると、静かにその跡を追うように動き出した。
◇ ◇ ◇
「ただいま戻りました……。ッ! お父様!?」
王家の馬車で王宮の卒業パーティーから帰ったレティシアは、そこに今屋敷にいるはずのない人の姿を見て驚く。
そこには、慌てて領地から戻ったとすぐに分かるコベール子爵の姿があった。
子爵はレティシアに駆け寄った。
「レティシア……! 話は聞いた。大丈夫だったのか!? 公爵令嬢の『予言』はいったいどうなって……」
子爵はそこまで言いかけて、その後すぐに子爵家にもう一台の馬車が到着した事に気付く。
「……? 誰だ、こんな時に……」
少し不愉快に思いながらも様子を窺っていると、執事がそのあとすぐにノックされた客人に対応する。
すると、すぐに子爵を呼びに来た執事は明らかに慌てた様子だった。普段は感情を露わにしない執事には珍しい事だと、子爵は思っていたが……。
「……旦那様! 客人が……、ヴォール帝国の公爵閣下がお見えになっておりますッ!」
子爵は目を剥いて驚いた。そしてその横にいたレティシアも。
……いったい、どういうこと? まだお父様……子爵には聞かなければいけない事があるし、今日の事も何も話せていない。そもそも、子爵はきっと私の為にわざわざ領地から帰ってきてくれたのに、まだお礼も言えていない。
それに、クライスラー公爵はもしかしてもう我が家に私を養女にする為の挨拶をしに来てくださったという事よね? どうしてそんなにこの話に前のめりに関わってくださるのかしら……?
一方、コベール子爵も焦っていた。
――ヴォール帝国の公爵……!!
今『フランドル公爵令嬢の予言』に巻き込まれた事をひたすら心配しそればかりを考えていたコベール子爵は、急遽頭から冷水を浴びせられたかの様な気持ちになっていた。
ヴォール帝国……。まさか、まさか今この時に!? 今回の我が王国での予言騒ぎにレティシアが巻き込まれたというのは罠だったのか!?
……いやもしや、これはヴィオレの事で!? レティシアがヴォール帝国の元貴族であるヴィオレの娘だとバレてしまったのか……!?
「……お父様……! 今は詳しくは話せませんが、クライスラー公爵は今日公爵令嬢の『予言』が絡むパーティーで私の言い分を支持してくださいました。そのお陰で王家はフランドル公爵家に勝ったのです。そして……、あの、色々あって、クライスラー公爵は私を……」
焦る子爵は応接間に案内されたクライスラー公爵の元へ向かおうとする自分にレティシアが一緒に来ようとしていることに気付き、慌てて彼女をとめる。
「……レティシア。……弟の……父親の話を聞いたのだね。私からも話したいことはたくさんあるのだが……。お前の父親は事故で死んだが、母親は……ヴィオレは、事故ではなかったかも知れない。おそらくそれは、ヴォール帝国が関わる事だ。今はそれだけは覚えておいて欲しい。
そしてお前はこれ以上帝国に関わってはならない。部屋で隠れて待っているように」
「お母様が事故ではない……? ……いえ、お父様……!」
驚き尚も何か言いかける娘を侍女に安全な部屋に連れていかせ、子爵は執事に合図をしクライスラー公爵の待つ応接間に入って行った。
お読みいただきありがとうございます。
レティシアとリオネルが想いを通じ合わす中、
ヴォール帝国クライスラー公爵、動き出しました。




