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ヴォールのアメジスト 〜公爵令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜  作者: 本見りん


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28/88

それぞれの事情 1

お読みいただきありがとうございます。



 30代後半にはとても見えない若々しく美しい帝国の公爵のその笑顔に、会場中の女性達はうっとりとため息を吐いた。



 しかし、国王はそれを見て冷や汗をかいていた。


 ……なんだ? この笑顔は! この従兄弟のこんな顔は見たことがないぞ? 彼は『氷の公爵』と呼ばれて久しいが、その笑顔は普段を知っている者には末恐ろしいものだ……。

 ……王太后ももうお歳だ。クライスラー公爵はそれだけこれからも『ランゴーニュ王国の王妃の実家』でい続ける事にこだわりがあるということなのか、それとも……?


 気になるのは、先ほどの王太后の様子。王太后は我が息子リオネルの想い人であるレティシア コベールを見てからなにやら様子おかしくなった。しかし国王自身はこの場で見ていて、このレティシア嬢が何かをしたということはなかったと思う。


 それに、もう一つ……。『ヴォールのアメジスト』


 先ほどの王太后が言った言葉。


 国王も勿論聞いた事があった。


 

 ……それは、美しく気高いヴォール帝国の華。今の皇帝の祖母、31歳で帝位を継ぎ、その後約30年以上その座に就いていた2代前の女帝マリアンナ。確か彼女の二つ名が『ヴォールのアメジスト』。その、美しい深い紫の瞳からそう呼ばれていたそうだ。

 

 王太后がヴォール帝国の公爵令嬢であった時代は、『ヴォールのアメジスト』マリアンナ女帝の時代だった。マリアンナ女帝の父皇帝は戦争に勝利し絶大な力を持つ大帝国に仕立て上げ、その娘であるマリアンナはその広大になった帝国の地を更に強固に固めていった、絶大な力と手腕を誇った女帝。


 ……まさかそのマリアンナ女帝と、このレティシア嬢を見間違えた、だと?



 国王は改めてレティシア嬢を見る。

 


 リオネルと一緒にいるその少女は確かに愛らしく美しいが、まあ普通の少女だ。先程の発言の時は何やら『圧』を感じたが……。


 そして確かに外見は帝国の貴族の特徴でもある柔らかな金髪に細身の身体。そしてその瞳は……。ここからはよく見えないが、王太后の言っていた通りならば『深く濃い紫』なのだろうか。

 ヴォール帝国の皇族に近い方々の瞳は皆『高貴な紫』だと聞くが、女帝マリアンナは特に濃い紫だったと聞く。


 ……王太后は帝国の公爵令嬢だった時、自分が帝国の皇太子の妻になれると思い込んでいたという。

 しかしその人間性からか皇太子の婚約者に選ばれる事はなく、女帝マリアンナにこの王国へ嫁がされた。しかしその傲慢さから前国王との仲も不仲で……。


 ……ああ。嫌な事を思い出してしまった。私も幼い頃からあの傲慢な母の事は苦手であったからな。


 

 とにかく、非常に不服ではあるがこの帝国の公爵の提案には乗らざるを得ない。この従兄弟には何か考えがあるのだろうが、とりあえずこの若い2人が一緒になるのならその後ろ盾としてはこれ以上願ってもいない話ではある。それにわざわざ自国の皇帝と争うような愚かな事をこの冷静沈着な従兄弟がするはずもない。



 そして国王は前でにこやかにこちらに微笑みながらも密かに圧をかけてくる従兄弟に対し、


「…………よしなに頼む」


 と言わざるをえなかったのである……。



 ◇ ◇ ◇



 国王の、その返事にリオネル王子は頭を抱えた。……レティシアを、クライスラー公爵の養女にする事を認めてしまうとは。


 いや、国王がそう答えるしかなかったのは分かっている。帝国の公爵にあれ程『圧』をかけられてはああ答えるしかないだろう事は。



 ――そして今回の件。このクライスラー公爵には色んな場面で感謝するしかないのは確かだ。王太后までもがフランドル公爵家に加勢したあの時、彼のあの証言がなければ最後にはフランドル公爵家に言いくるめられていたかもしれないのだから。


 昨日からクライスラー公爵は、王太后とアベルを諌め最終的にパーティーでもこちらの味方についてくださった。先程も証言の他にもレティシアに対し自分の気持ちを言えないでいた私の後押しをしてくださった。レティシアを養女にというのもおそらくは我ら2人の為だろう。


 けれど……、クライスラー公爵の養女になるならば、レティシアは一度は帝国に行かねばならないだろう。やっと思いが通じ合ったところで離れ離れになるのは正直辛い。ヴォール帝国の帝都までは急いでも片道1週間はかかるのだから。



 リオネルはチラと横に立つ愛するレティシアを見る。


 ……彼女を守ると思っていたのに、結局は守られたのはこちらだった。レティシアがあの時声を上げてくれなかったらあのまま押し切られていたかもしれない。


 それにいつも『証拠』『証拠』と口癖のように言ってくるあのローズマリーに、『していない証拠を出せ』と言うとは思わなかった。……アレは痛快だった。


 

 そんな彼女と、やっと心が通じ合えたと思ったのに。


 先程ローズマリーは『2人は身分が違う』と言ったが、王家や貴族の間では養女に入る事でその身分を合わす、なんて事は大っぴらには言わないだけでずっと昔からあった事。だからこの後に密かに相応しい貴族家にレティシアを養女にと頼むつもりだった。


 ……それが、帝国の公爵家とは。


 その手続き等の為にレティシアは暫くは帝国に行く事になりまた2人は離れ離れになってしまう。……この2年間を取り戻すべく一緒にいたいと思ったのに。


 

 リオネル王太子は非常に複雑な面持ちでクライスラー公爵を見た。



 ◇ ◇ ◇



 ランゴーニュ国王に息子の婚約者の実家となる事を承諾されたクライスラー公爵は、和やかに答えた。



「お任せください、国王陛下。クライスラー公爵家の名にかけてレティシア嬢をこの国の王妃となるに相応しい令嬢に育て上げるとお約束いたしましょう。

……そもそも彼女は帝国の御血筋のようですから」



 ……最後の一言は小さな声だったので、周りの人々にはよく聞こえなかった。国王も眉を顰める。


「……なんですと?」


 それに全く動ぜず、クライスラー公爵は楽しげだった。



 ……()()王太后があれ程反応するくらい、かの方に似た者がこの王国でこのような扱いを受けていることすら嘆かわしいこと。

 公爵はそう思いながら、ランゴーニュ国王に宣誓した。


「……ご心配なさらず。私はこれからこの我が娘――レティシア嬢を何に変えても守るとお誓いいたします」




 そしてその後は卒業パーティーは何事も無く進んだ。


 ……が、フランドル公爵家とその主要な公爵家側の貴族たちはある程度パーティーに参加した後はバツが悪そうに早々に帰っていった。

 ローズマリーは帰るその瞬間までずっと誰かを探していたようだったが、フランドル公爵達に促され悔しそうに帰っていった。




 レティシアは友人達に祝われながらも、今まで考えていた『王立農業研究所』への就職の道は閉ざされ、思いもよらない道へ踏み込もうとしている事に大いなる不安を抱いていたのだった。





 ◇ ◇ ◇



 そしてパーティーも終盤になった頃、レティシアはリオネル王太子と共に国王陛下から呼び出された。



 不安げなレティシアにリオネル王太子は「心配要らない」とレティシアの手を優しく握る。レティシアは頬を染めながらもふうと一つ息を吐いた。


「今更ですけれど……。私はとんでもない未知の世界に入り込もうとしているんですね……。そもそも『王子の婚約者』なんて、ただ殿下が好きというだけで私がなってしまって良いものなのかしら……」



 さっきはリオネル王太子と想いが通じ合えた喜びで彼の手を取ってしまったけれど。……本当に、良かったのかしら? 今から国王陛下からお叱りを受けるのかしら? 

 ッ! ……もしかして、私はコレから密かに消されてしまうのかしら? あの乙女ゲーム、こんな怖い話だった?



 どんどん悪い方に考えてしまい青褪めるレティシアにリオネル王子は言った。


「……フランドル公爵令嬢と婚約して色々とあったからか、父からは今回の件が無事済んだなら私が本当に想う人と一緒になっても良いと、そう許しを得ている。今まであの『予言』をどうにも出来なかった罪滅ぼしだと……。

でも私はレティシアの気持ちも分からなかったし、本当は君を巻き込まずに何とか穏便に事が済むようにしたかった。しかし……この2年レティシアと全く関わらなかったというのに、何故か公爵令嬢は君に狙いを定め巻き込んでしまった」



 ……ええ。公爵令嬢は『レティシア コベール子爵令嬢』が王子の浮気相手だという事を乙女ゲームから知っていたでしょうから。


 ただ、何もせずとも勝手にくっつくと思っていた私達が、卒業近くになっても全くそんな素振りがない事から慌てて自分達からお膳立てをし始めたのでしょうね。

 そしてその短期間で一通り『持ち物を壊す』『子爵令嬢を呼び出して責める』『階段から落とす』などというゲームのイベントを急いでこなしていってしまったのね。



「……しかし、レティシアが階段から落とされたあの瞬間、私は公爵令嬢の罪を明らかにしようと決めた。結局はそこは『予言』通りにしてしまった訳だが。それなのにレティシアに最後は助けられる形になって、不甲斐なくて本当に申し訳なかった」


 そう言ってリオネル王子はレティシアに頭を下げた。レティシアは慌ててリオネルに頭を上げて欲しいと言った。


「ッいいえ! 謝らないでください。私の為にあんなに怒ってくださって……。けれど、王太后様は何故フランドル公爵令嬢の味方をされたのですか?」


「……それは……」


 

 その時、2人はちょうど国王陛下の部屋の前に到着した。



「レティシア。それはきっと今から陛下からのお話の中で出てくると思う。……君には色々と知っておいて欲しい」



 リオネルはそう言ってレティシアを安心させるように微笑み、国王の部屋の前にいる衛兵に声を掛け2人は入室した。




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