公爵令嬢の誤算 1
レティシアもその美しい男性をチラリと見た。
……こちらへの証言はとても有り難いけれども、この方の立場的に大丈夫なのかしら? というかこの方はいったいどなたなのかしら……。あの乙女ゲームにこちら側の味方のこんなダンディーな貴族はいたかしら?
そしてレティシアは先程の自分の発言を思い返していた。
フランドル公爵令嬢がリオネル王子に余りにも『証拠』『証拠』と連発するので、こちらも『証拠』返しをしてみたのだが……。フランドル公爵令嬢は前世であの乙女ゲーム以外に刑事物や探偵物も好きだったのかしら?
自分も好きなジャンルではあったけれど、日常生活で『証拠』などとばかり言っていてはギスギスした人間関係になってしまわなかっただろうか?
レティシアが色々考えている間にも、人々はこの男性の立場を図りかねて口を開けずにいた。……しかし、この人物だけは違った。
「なっ……! 嘘をおっしゃい! だいたい、なんなのです!? 貴方は!?」
この国の筆頭公爵家の令嬢である自分に、こんな風に証言出来る者など居ないはず! フランドル公爵令嬢はその思いでこの場を乗り切ることにし、この見たこともない無礼な男をやり込めようとした。
「ッ! 口を慎め! フランドル公爵令嬢! このお方はヴォール帝国のクライスラー公爵であらせられるぞ!」
思わず声を荒げ、国王がフランドル公爵令嬢を諌めた。
「なっ……! ヴォール帝国の……公爵……!?」
ローズマリーも、フランドル公爵も。一斉に黙り込んだ。
そして会場内のすべての貴族達も息を呑む。
同じ『公爵』でも、ヴォール帝国とこのランゴーニュ王国のそれは全く地位が違う。そもそも国の規模が違う。そしてこの王国はヴォール帝国の属国といってもいい位の立場。おそらく帝国の『伯爵』であってもこの王国の公爵よりも立場は上となる。
会場中の人々が、このヴォール帝国の公爵の存在に黙り込み固唾を呑んで見守った。
「クライスラー公爵閣下。今仰ったことは……」
誰もが言葉を発せぬ中、国王が従兄弟である公爵に尋ねた。
「……言葉の通りですよ、陛下。私はこの会場の外の螺旋階段でフランドル公爵令嬢とそのご令嬢が一緒の所を見ました。2人が会って何事かを話した後、そこの令嬢が階段から落ちたのですよ」
会場が、また騒めいた。
「……恐れながら申し上げます! しかしながら閣下は娘ローズマリーがそこな令嬢を突き落としたという瞬間はご覧になってはいない、という事でございましょうか?」
何とかこの場を挽回しようとフランドル公爵はそう尋ねた。
「そうだね。私は公爵令嬢がその令嬢を突き落とす、という決定的な場面は見ていない」
その瞬間、フランドル公爵側はニヤリと笑い王家派の者達はガクリと肩を落とす。
「……しかし、話をしている最中にその相手が階段から落ちたというのに、公爵令嬢は慌ても助けもせず、そのまま笑いながらその場を立ち去った」
クライスラー公爵の次の言葉で、フランドル公爵側は凍りついたようになり公爵側に有利になりかけた空気は一変した。
騒つく人々。そして非難の目をフランドル公爵令嬢達に向けた。
「目の前で階段から落ちた級友を見て笑いながら去るとはどういう事だ? フランドル公爵令嬢。申し開きがあるなら述べてみるがいい」
国王からの問いかけに、ローズマリーは青褪めながらも必死な様相で言い張った。
「私は……! 笑ってなどおりません! いいえ、それは私ではありませんわ! きっと他のどなたかと勘違いされておいでなのです……!」
「そうですぞ! 赤いドレスの者など他にもたくさんおります! きっと我が娘はリオネル殿下の手の者達に嵌められたのです!」
フランドル公爵も加勢し何とか言い逃れをしようとしたが、それは王家派をはじめとする貴族達の大いなる反発を受けた。ヴォール帝国の公爵相手にこの国の貴族程度がそのような物言いをする事は許されないのだ。
「ヴォール帝国の公爵に対してなんたる無礼な!」
「ここまで来て、そのような言い逃れをなさるとは……!」
「そして言うに事欠いてリオネル殿下のせいにされるとは無礼が過ぎる!!」
そうして、それまでよりも温度の下がったような冷めた表情でクライスラー公爵は答える。
「……この会場に、貴女程の真っ赤なドレス真っ赤な髪の者はおりませんな。貴女程の印象的な女性を見間違える者はまずいないでしょう。私は貴女がその令嬢を突き落とした決定的な場面は見てはいませんが、見ていた限りでも貴女の行動は余りにも非常識かつ冷酷だ。言い逃れの余地など無いと思いますがね」
ヴォール帝国の公爵の言葉に会場は再びシンとした。
ローズマリーは、青褪め震えていた。
そしてフランドル公爵夫妻は必死に何か手はないかと考えていたが、何も言い返す事も出来ずにいた。
そこで、国王が宣言する。
「――此度の件、決定的な証拠は無いとはいえその前後のフランドル公爵令嬢の行動はあまりにも不適切。階段から落ちた級友を助けずその保護や人を呼ぶなどの適切な措置を行わなかったばかりか、その後の知らぬ存ぜぬは公爵令嬢が悪意を持って令嬢を突き落としたと言われても仕方のないものだ。そして令嬢は今までも『予言』とやらで人々を惑わせ苦しめてきた。
フランドル公爵令嬢には、王妃としての資格はないものと考える。……よってこのランゴーニュ王国国王の名において、リオネル王太子とローズマリー フランドル公爵令嬢との婚約はフランドル公爵家側の瑕疵として『破棄』とすることとする!!」
おおっ! 人々は一瞬そう騒めいた後、
「「「御意に御座います」」」
そう声を揃え、国王陛下に対して礼をした。
そこには王家派の晴れ晴れとした顔と、この『戦い』に負けたフランドル公爵家派の悔しげな顔とでクッキリと分かれていたのだった。
――そうして、フランドル公爵令嬢の出した『予言』は初めて外れたのだった。
◇ ◇ ◇
ローズマリーは目の前で起こった事が信じられず、ただ震えていた。
……どうして? ここは、あの乙女ゲームの世界のハズなのに! 今まであの『攻略本』通りにいっていたハズなのに……!
どうしてリオネル王太子はストーリー通りに動かないの!? あの浮気相手の女はなんであんなに理路整然とこちらを追い詰めてくるの!?
それに、あのヴォール帝国の公爵はいったいなんなのよ!! このパーティーに彼が出てくる予定なんかはなかったでしょう!?
そしてアベル王子はどうしてこのパーティーに来ていないの!? 私に何かあったら彼はすぐ飛んできて私を支えてくれるハズなのに……!!
それはあの乙女ゲームの中でもそうだったし、昨日もアベルは自分に会いに来て『必ず君を守る』と言ってくれていた。ローズマリーの恋人であり、前世からの一番の推しだった。この世界に生まれ変わったと気付いた時、絶対に彼を攻略し一緒になると決めたのだ。
その思い通り、アベルと自分は出逢ってすぐに惹かれあい彼はこのフランドル公爵家の為にと動いてくれるようになった。……その彼がこの重要なパーティー会場に来ていない。
……何か、決定的に何かがあの乙女ゲームと違ってしまったのだ。いったい、何が違ってしまった? ……何もかも、だ! ほんの少しずつ、何もかもが違っている。それが、この今のバッドエンドに繋がってしまっている!
どうしたらいい? 絶対にこのままバッドエンドでなんか終わってやらない……!
それには、まずアベル王子と会い対策を練らなければならないのに……! アベル王子はいったいどこにいるの!?
ローズマリーはギリリと唇を噛み、リオネルを睨んだ。
お読みいただきありがとうございます!
本来いるはずが無かったクライスラー公爵の存在。その他にも色んな要因があり、とうとう『婚約破棄』となりました。




