婚約破棄と予言 3
「……発言を許そう」
国王も一瞬この令嬢に目を奪われたが、素早く立ち直り言葉を発した。
国王は息子リオネルが心を許したというこの令嬢を見るのは初めてだった。
元平民でコベール子爵家の令嬢であるレティシア。息子リオネルは高慢な公爵令嬢ローズマリーへの反動でこの令嬢に惹かれているのかと思っていたが……。
レティシアは少し微笑み、そして話し出した。
「ありがとうございます。……まず最初に申し上げますと、先程から私の名が上がっておりましたが私はリオネル王太子殿下と恋人などではございません。畏れ多い事でございます。
……ですが私は学園で、ここ数日持ち物が壊されたり上から植木鉢が落ちて来たりと、色んな不審な出来事がありました……」
「それが、私がした事だと言うの!? いったいなんの証拠があって!!」
そこにローズマリーがくってかかる。国王は苦々しくそれを見た。それを察した国王の侍従がローズマリーを諌める。
「フランドル公爵令嬢。貴女は黙りなさい。……レティシア コベール嬢。続けるが良い」
レティシアはローズマリーをチラと見た。
……フランドル公爵令嬢の事はよく知らなかったけれど、彼女は本来こんな我慢の利かない方なのかしら? 幼い頃から『予言』を出していた事からその頃にはもう前世を思い出していたのだろうけど……。前世のニホンの感覚や人間性が大きく現れているという事かしら?
だってこの貴族社会では高位の貴族、ましてや国王陛下の前でそんな態度を取る事はあり得ない事だと、ここ数年に私が受けた貴族教育でも重点的に教わったことだもの。
レティシアはついさっき前世を思い出したところなので、この世界でのレティシアである意識が強い。過去の記憶としての前世が遠くにある感じだ。けれど、フランドル公爵令嬢が相当幼い頃から前世の記憶があったのなら。……その前世のニホンでの記憶を基準にして新たにこの世界での常識を追加していったという事なら、フランドル公爵令嬢と自分のその感覚は全く違っているのかもしれない。
そんな事を考えながらも、レティシアは再び話し出した。
「……はい。ここ数日は色んな不審な出来事がありましたが、それらは誰がしたのかは分かりません。ですが……」
「ほらっ! やっぱりそうじゃない! 証拠もないのに……」
再び話に割って入ったローズマリーに、今度は別の重臣がその非常識を咎めた。
「黙りなさい! フランドル公爵。令嬢は人の話を聞く事も出来ないのか! 国王陛下の御前であるぞ!」
重臣の叱責にフランドル公爵はカッとするも、現時点でローズマリーが貴族としてはしたなくも言葉を荒げていることは確かで、周囲の人々の目も自分達に相当厳しい事に気付いた。仕方なく公爵は娘ローズマリーを止める。
ローズマリーは「どうして……っ」と呟き不服そうにレティシアを見た。
静かになったところで、レティシアは話し始めた。
「……先ほど申し上げた事は誰がしたとは私には分かりません。けれど公爵令嬢が私にしたこととして確実に言えるのは、数日前に数人のご友人と一緒に私を呼び出し、たった一度リオネル殿下と偶然会った事を咎められた事。これは沢山の学生の方々が見られていたので確かです。
そして……。つい先程このパーティーが始まる前に、螺旋階段の中程から私を突き落とされたことでございます」
ざわっ
パーティー会場が騒めいた。
これは黙ってはおられないとフランドル公爵が口を開く。
「それこそなんの証拠があってそのような事を! お前と我が娘は一緒に居なかったと、王太后様がご証言くださっているのだぞ!? ……陛下! これ以上この者の発言は許せません! このような嘘をつく小娘の話など……!」
「そうじゃぞ! 全く……、このように息を吐くように嘘を吐くなど、なんとあくどい娘か……! 子爵家程度の娘などはとんでもないものだな!」
フランドル公爵に加勢し、王太后がレティシアを酷く貶めた。
それに反論しようとしたリオネルを、レティシアは止める。
「……それでは、私が申し上げた事が『嘘』だという証拠をお示しくださいませ。失礼ながら、王太后様は私が階段から落ちた所をご覧にはなっていないと思います。そしてお2人は別々に会場にいらっしゃいました。その間フランドル公爵令嬢が何をなさっていたのかはお分かりにならないでしょう?
私は先程階段を落ちた際に怪我をし、こちらの医務室で診察をしていただきました。私を見て笑いながら肩を突き飛ばされたフランドル公爵令嬢。それを『していない証拠』をお示しくださいませ!」
会場内は一瞬シンとしてから、人々は騒めき出す。
そして、フランドル公爵とその令嬢、それに王太后は怒りに肩を震わせた。
「なんという不敬な……!」
王太后は怒り、その『不敬な』小娘を睨みつけた。レティシアは王太后を真っ直ぐに見詰め返す。……そして王太后はその娘の、深い紫の瞳に気付いた。王太后は目を見開いた。
「……ッ!! お前……! いえ……貴女様は……、その、瞳は……ッ!」
レティシアを見ながら、王太后は遠目から見ても分かる程にブルブルと震え出した。そんな母を、急にどうしたのかと国王は声をかける。
「……母上?」
王太后には、この時レティシアしか、彼女の瞳しか見えていなかった。
そして思い出していた。古い記憶を。
王太后がまだヴォール帝国の公爵令嬢であった時。
帝国の城に呼び出され、女帝マリアンナに拝謁した時のことを。
威厳ある女帝の、その深い高貴な紫の瞳に見つめられ、畏れのあまり身動きが出来なくなった、あの時の事を――。
「あああぁぁーーッ! お許しを! お許しください、陛下ッ! 私はっ! 私は陛下のご命令にお応え出来ずに……ッ!」
狂ったように謝罪し出した王太后に、会場中の人々は皆驚く。
そして、自分に向かって突然謝罪を始めた王太后に、レティシアも戸惑っていた。
……私に、言ってるの? でもついさっきまでは私を糾弾していたじゃない!? ……私を、誰かと勘違いしているの?
さっき、私の顔を見た途端に急に顔色が変わってこんな事になっているのよね……。というか、『陛下』? 陛下はあっちでしょう?
そう思ってレティシアは国王陛下をチラリと見る。
国王陛下も自分の母親の今まで見た事のないその様子に驚愕していた。
「王太后様!? ……母上! お気を確かに!」
国王は母に呼びかけたが、そんな息子の声も今の王太后には届かない。
「ええい! 邪魔をするでない! ……おお、我がヴォールのアメジスト……! 私は……!」
尚もレティシアに狂ったように語りかける王太后だったが……。
「誰か! 母上を寝所にお連れせよ! 侍医を呼ぶのだ!」
国王は母が尋常な状態でない事を察し、強引に衛兵に王太后を連れて行かせた。
王太后の見せた異常な状態に、暫くパーティー会場はしんと静まり返っていた。
「……さて。確か、証拠が欲しいのでしたね」
その静かな会場に響いたその声に、皆が一斉にそちらを振り返る。
……そこには、30代半ばかと思われる金髪に薄紫の瞳の美しい男性が立っていた。
「私は見ましたよ。……そちらの真っ赤なドレスに真っ赤な髪のご令嬢が、ラベンダーのドレスを着た令嬢が階段から落ちた時に一緒にいたのをね」
ざわっ……
会場が騒つく。
この男性が誰かは知らないが、この王国で王家の次に圧倒的な力を誇るフランドル公爵家の令嬢にそのような発言をするなんて、気は確かなのか? 王家派は男性を心配し、フランドル公爵派は目を吊り上げてその男性を見た。




