卒業まで 3
ガシャンッ……!
「キャ……ッ!」
「ッ! レティシア! 大丈夫!?」
私の目の前に、2階から植木鉢が落ちて来た。
周辺には数人の生徒達がおり皆騒然とする。
私は驚いて尻餅をついた所を、すぐ後ろからやって来た友人達に支えられた。
ショックで震えながら2階を見上げたけれど、誰も居なかった。
なに……? ただの事故、だったの?
だけど、最近は偶然とは思えない程色んなコトが起こっている。そして嫌がらせも……。また持ち物が壊されたり、高位の貴族から睨まれたりしているのだ。
どうして? ……まさか、この前リオネル王子と会ったから?
でも会ったのはほんの少しで、しかもただの偶然だったのに? それならば殿下は人気がおありになるから、ワザと寄っていく女生徒は他にもたくさんいるのに?
私は混乱しつつ、ミーナやソフィアは目を付けられてはいけないから、侯爵令嬢のミーシャなら? と思い、彼女と同じ学科の授業の前に相談してみる事にした。
「レティシア。……こちらに」
ミーシャは私の顔を見るなり教室の隅の席に呼んできた。
「あの、ミーシャ……。迷惑をかけてはいけないんだけど、私……」
「分かってるわ、レティシア。今、ここでコベール子爵家宛に手紙を書いて。暫く私の侯爵家にお泊まりしますって」
そう言ってミーシャは私の前に美しい便箋を出してきた。
「……え? お泊まり? いえでも、そんな迷惑は……」
戸惑う私に、ミーシャは私の顔をしっかりと見て言った。
「……これは、王家派の貴族の総意でもあるの。貴女を守ることが我らの思いに沿う事になるのだから何も心配しないで。『予言』を無事やり過ごして卒業すれば、ちゃんと『王立農業研究所』に通えるようにするから。……希望してくれれば我が侯爵家の研究所でもいいけれど」
そう言って最後笑顔を見せたミーシャに、流石に私も何か大きな事が起こっていると感じた。そして彼女に感謝をし子爵家に暫くはミーシャの侯爵家にお世話になると書いて、その日から私は侯爵家に行くことになった。
◇ ◇ ◇
一度遊びに来させていただいたことはあったけれど、お泊まりは初めて。ベルニエ侯爵家は子爵家など比べ物にならない位の大きさと豪華さを持ったお屋敷だった。そしてミーシャのご両親に初めてお会いする。
「はじめまして。ミーシャ様と仲良くさせていただいております。レティシア コベールと申します。この度はお世話になります」
まだ少し苦手なカーテシーをしながらベルニエ侯爵夫妻にご挨拶をした。
お2人は少し固い表情で私を見ておられたが、ミーシャが「レティシアは私の大切な友人ですわ。卒業後は『王立農業研究所』に就職も決まっている優秀な生徒ですのよ」とフォローを入れてくれた。お2人の雰囲気も少し柔らかくなる。
そして話をする内にだんだんと打ち解けて和やかな雰囲気になった。……が。
「レティシアさんは、とても美しい瞳をされているのね。私の実家は外交でヴォール帝国の方がよく屋敷にお見えになったのだけれど、帝国の方も紫の瞳の方がいらしたのを思い出したわ。……亡くなられたお母様はヴォール帝国のご出身だったのかしら?」
……うん。そりゃ娘の友人の家の事情はだいたい知っておられるわよね。
ミーシャは母である夫人を諌めようとしたけれど、私は別に隠す気もなかったので話に応じた。
「……確かに母には帝国混じりの言葉を話す事が時々ありましたので、もしかすると帝国出身であったのかもしれません。でも母は自分の事を何も話してくれなくて……」
私はそう答えて苦笑する。
今から思うと母は本当に秘密主義だったと思う。自分の出身も私の実の父親の事も、酔った時以外には何も話してくれなかったのだから。
「母が亡くなる前に、ブローチとペンダントを渡してくれたんです。それが私を証明するものだ、と言って。……本当に、それだけなんです。後からブローチは父であるコベール子爵からプレゼントされたものだったと聞きました」
あと、母は酔った時には『自分達は貴族だ』とも言っていたけど、それは言わないでおいた。だってそれは『コベール子爵である父と母が結婚出来ていたら』という事になってしまうから。父にはコベール子爵夫人がいるのだ。そんな『もしも』は存在しないし、今は仲良くなったコベール夫人にも失礼だもの。
「『レティシアを証明するもの』……。ふーん、レティシアはレティシアなのにね。やっぱり貴族というものにこだわりがおありになったのかしら……」
ミーシャはそう思わず呟いて、侯爵から少しお叱りを受けていた。私は全く気にしませんと伝える。
「……それで、もう一つのペンダントというのは? それは貴女の何を証明するものだったのかしら?」
侯爵夫人が楽しそうに突っ込んで来た。
うーん、ペンダントの事は言わない方が良かったかしら。コレは結局謎なままなのよね。もしも母が父以外に好きになった男性からのプレゼントだったとしたらと考えるのも嫌で、あの最初に子爵家に来た時以来ずっと部屋の奥に仕舞い込んである。
「それは……分からないんです。母や私と同じ瞳の色のアメジストのペンダントなのですけど……。父にはきちんと聞けていなくて。私が生まれた時にこの瞳を見てプレゼントしてくれたのかもしれませんね」
仕方なく適当に答えてみたのだけれど……。
「でもコベール子爵はそのペンダントの事は何も言われていないのでしょう? それに、貴女の瞳程の深い紫のアメジストなんて……。かなり高価なものだと思うわ。……確か、ヴォール帝国が良いアメジストの産出国だったけれど、彼の国でも紫は高貴な色とされていて良いアメジストは皇族が持つもの、とされているくらいよ」
侯爵夫人の言葉に、私は驚く。
……母が、何故そんな高価なペンダントを?
それに夫人の口振りから、おそらく子爵程度が愛人に渡すにはアメジストは高価過ぎるものなのだろう。それに、あのペンダントはかなり大きなものだ。……ガラス玉ならいざ知らず。
「……もしかして、ガラス玉、だったのかしら?」
つい悩んでそう呟く。
「レティシア。……貴女のお母様が亡くなる前に貴女に渡したものをそんな風に言うものではないわ。……お母様も! そんな失礼な事を仰らないでくださいませ! 彼女は私のとても大切な友人ですのよ!」
娘ミーシャのその剣幕に、侯爵夫妻は慌てて謝ってきた。
いやでも、高位の貴族の子爵令嬢への扱いなんてそんなものだと思うから私は気にしないけれど。
とりあえず、ミーシャのお陰で際どい話はそのくらいだった。
あとは、ご夫妻共に笑顔で『気兼ねなくゆっくり過ごしてね』と仰ってくださり、その言葉の通りこの家での扱いはかなり良いものだった。
お読みいただきありがとうございます!
学園ではまたなにやら不穏な雰囲気になってきました。
そして友人ミーシャの侯爵家にお世話になることになり、少しドキドキのレティシアです。