表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

そのギャップにときめいて

作者: A

  

 仕事終わりの金曜日。

 半ば強引に誘って連れてきて貰った居酒屋は、ごく一般的なチェーン店だというのに、やっぱりいつも通り美味しく感じて。

 ついつい、頭がぼーっとするくらい、羽目を外してしまう。

 


「えへへー、せんぱーい」


「ちょっ、くっつくなって……あと他ではその飲み方やめとけよ?危なっかしくてしょうがない」


「ふふーん、こんな風になるの、先輩といる時くらいですよ」 


「…………はぁ、育て方、間違えたかな」


 

 今目の前で、眉間の皴をほぐすようにしている先輩。

 この人は、仕事中はオフモードという謎の流儀を持っていて、だいたい気だるい顔や仏頂面が標準装備だ。

 でも、その一見冷たさすら感じる印象とは違って、本当は、誰よりも優しくて、面倒見がいい。



「なんですとー?最近は、周りから褒められっぱなしなんですからね、私」


「それは知ってる。正直、助かってるよ」


「えへへー。そうでしょう、そうでしょう」



 最初――まだ、違う部署にいた頃は、毎日のように怒られて、それこそ、デキない子だという評価も受けつつあって、家に帰っても何もやる気がでないくらいに落ち込んでいた。

 それが今では、その真逆。

 この先輩が拾ってくれたおかげで、また心から笑えるようになった。


(…………もっと、仲良くなりたいなぁ)


 仕事はもちろん、プライベートでも。

 当の本人には、全くその気はないみたいで、私のアプローチにも気づいてもくれないけど。



「……あー、いけない。電車、もうなくなっちゃったなー。どうしよっかなー」



 酔っていることを盾に、チラチラと向けた本音交じりの視線。

 当然、今日の私は、下着も含めばっちりで、ぬかりはない。



「……………………まだあるぞ、ちゃんと。十二時七分のやつが」


「……なんで、知ってるんですか」



 しかし、相手はやっぱり一筋縄ではいかない。

 かなりの量を飲ませたにもかかわらず、その顔はムカつくくらいに涼し気で、ゆっくりと時計を見た後にそんなことを言ってくる。



「最初ので懲りた。オールでカラオケは、お互いしんどかっただろ?」


「………………別に、違う場所でも、私は」


「ん?ボーリングも勘弁だぞ?」


「か・え・り・ま・すっ!!」


「ぐぁ……急に大声出すなよな。迷惑になるし」


「さーせん」


「おい。謝る気なさ過ぎだろ」



 でも、それでも私は諦められない。

 感謝は、憧れに。憧れは、恋心に。

 せめて、先輩に相手ができるまでは、この気持ちを持ち続けていたい。



「よし、そろそろ出るか」


「ふふっ。また、来ましょうね。二人で」


「……………………ああ。まぁ、気が向いたらな」


「ぶーぶー。パワハラ反対っ」


「ははっ。むしろ逆パワハラだろ、これ」



 あの日、あの場所で見たのと同じ、優しい笑み。

 職場では、ほとんど笑わず、言葉数も少ない先輩の。

 第一印象はちょっと怖くて、おいそれと話しかけることも躊躇われるくらいだった先輩の。


(……ほんと、ズルいなぁ)


 だから、余計に独り占めしたくなってしまう。

 私だけ、そのことが、胸がキュッとなるくらいに、嬉しいと思ってしまうから。















◆◆◆◆◆













 


「瀬尾君。ごめんね、忙しいところ」


「……なんです?」



 案内役として私に付き合ってくれた自分の部署の係長さん。

 話しぶり的に立場は下だろうに、その人にとても気を遣っているのは明らかで、こちらも思わず肩に力が入っていく。



「ちょっと、新人の子の挨拶回りをしていてね。少しだけ時間良いかな」


「……いいですよ、別に」



 センターで分けるようにして整えられた髪と、四角い黒縁眼鏡。

 面倒そうな声とともにこちらに向けられた切れ長の目は、なんだかこちらを値踏みしているようで、なんとなく怖いなと、そう感じた。



杉崎すぎさき しずくと言います。これから、お世話になりますっ!」


 

 勢いよくかけたその声は、緊張で上ずっているのが自分でもわかった。

 でも、恥ずかしさで顔が火照っていく私とは真逆なほどに、相手の反応は静かで、気まずさがより一層強くなっていく。



「……瀬尾せお 慎也しんや。よろしく」


「は、はいっ。よ、よ、よろしくお願いしますっ!!」


 

 そのまま、手をヒラヒラとさせながら、再びパソコンのモニターへと戻っていく視線。

 愛想笑いすらないその姿は、今までに挨拶をした人が優しい言葉を投げかけてくれたこともあって、余計に冷たく感じる。 

 もしかしたら、拒絶されているのかもと、そう思ってしまうほどに。



「は、はは。彼、こういう人だから気にしないで。仕事はすごく出来るし、頼ったら助けてもくれるよ」


「……はい」


「じゃあ、次のとこに行こうか。とりあえず、それで終わりだしね」


「あっ、わかりました」


 

 そして、第一印象というものは、やっぱり一度決まるとなかなか拭えなくて。

 何となく怖いという印象を抱いたまま、たまに仕事で関わるという関係が続いていった。











◆◆◆◆◆




 

  



 頼まれた書類を持って行った時も。

 


「あ、あの」


「……なに?」


「森下さんから、です」


「……ああ、りょーかい」










 私の部署の先輩に、指摘をしに来た時も。

 


「……前送ってもらったデータ。ここ、間違ってましたよ」


「え?…………あ。ほんとだ」


「……今回は、こっちで直しとくんで。次から、気を付けてください」


「ご、ごめんね。ほんと」


「……いえ、別に」








 お得意先の飲み会に、みんなで呼ばれた時も。

 


「ははははっ。相変わらず、瀬尾君は優秀だねぇ」


「どもっす」


「どう?よかったら、うちの事業所の子紹介するけど」

 

「……あー、すいません」


「ははははっ。もういるか、ごめんごめん」


「……すいません」








 やっぱり、いつ見ても、淡々とした、そんな雰囲気の人だったから。

 なおさら、近づき難い気がしていた。

 

 あの日、あの場所で、ちゃんと話すまでは、ずっと。









◆◆◆◆◆














「…………杉崎ちゃんさぁ。そろそろ、これくらいは気づけなきゃダメだよ?」


「はい……すみません」



 同じ女性同士の方が聞きやすいよねと課長に教育担当を頼まれていた工藤さんは、『最近の子は、こんなに自分から動けないの?』というのが口癖で、よく怒られた。

 でも、たぶん、意地悪がしたいわけじゃないのだ。

 私よりも出来る人だから、教わらないと気づけないということが許せなかっただけなんだと思う。



「ふつーに考えたらわかるでしょ?もう、半年も経つんだし」


「…………すみません」


「ったく、もう。私も、そんなに暇じゃないんだからね」


 

 簡単な指示を私に出すとともに、半日ほど外回りをしていた工藤さん。

 分からないところを他の人に聞いても、工藤さんが戻ってから聞いてと言われてしまい、自分なりにやってみた事務作業は、相手を不機嫌にさせてしまうだけだったらしい。


(…………また、怒らせちゃった)


 事務が得意な工藤さんの作った、私には難解で、他の人もよくわかっていないらしいエクセルファイル。

 彼女の普通と、私の普通が大きく乖離していることから起こるその光景は、なんだかんだと周りにもよく見られていて、いつしか私は手のかかる子と言う風に扱われることも増えていた。


(…………ちゃんと、教えてくれればできるのに)

 

 甘ったれたその言葉は、教えて貰っている立場ではとても言えず、謝ることしかできない。

 むしろ、教えられずにやれるのが社会人なのだと思わされ、余計に自分が惨めになっていくようだった。



「じゃあ、私はまた夕方まで出てくるから、こっちもやっといてね」


「え、と。その…………それは、まだ、よくわかってなくて」 


「え?前に教えたでしょ?」


「いえ……はい。すみません」

 

「………………はぁ」



 教えたという言葉は、後ろで見ていてという言葉と同義なのだろうかと、そんなことを思ってしまう。

 わけもわからず切り替わる画面と、説明もなく進んでいく作業。

 その時は確か、また今度ちゃんと教えるからということになっていたはずだが、もうそれは彼女の中では終わったことになっているのかもしれなかった。



「……もういい。あなたは、この書類のファイリングでもしてて」


「……はい」


「それくらいならできるわよねっ?」


「……はい。できます」

 

 

 少しだけ大きくなった声に、周りの視線がこちらを向く。

 そして、荒々しく席を立った工藤さんが、仲の良いらしい同期の前島さんに声をかけ、一緒に廊下の方に出ていくのが嫌に視界に映った。



 










◆◆◆◆◆














 そのまま、同じようなことが何度か続き、逃げ場になりつつあった、ほとんど人のこない物置部屋。

 軋むような音とともに閉まった重い扉に背中を預けると、何とか堪えていた涙が、ボロボロと床を濡らしていく。



「うっ……ひっぐ…………私だって……頑張って……………………」



 もしかしたら、被害妄想なのかもしれない。

 でも、周りがみんな、私を責めているような、蔑んでいるような気がして、最近では何をするにも自信が持てなくなってきている。

 それこそ、自分なりにメモも取っているし、家でも復習して、必死に覚えようとしているのに、仕事はより単純になっていくだけで、期待されていないことは明らかだった。



「ぅ………………うぅ……………………」


 

 泣いてはいけない、そう思っていても止まらない涙。

 早く戻らなくてはいけないという気持ちと、戻りたくないという気持ちが、ぐちゃぐちゃになって、次々に染みを作っていく。



「ふっ……く………………」



 焦りが呼吸を乱し、脳から酸素を奪う。

 きっと、瞼は化粧で誤魔化せなくなるほどに、赤くなっているのだろう。

 それが余計に惨めで、どうしようもないくらい悔しかった。



















「ん?」


「っ……………………すみませんっ!もう……戻ります、から」



 突如としてかかった強い衝撃と、開かれてしまった扉。

 怪訝そうに取っ手を見ていたその人――瀬尾さんの視線がゆっくりとこちらに向いたことに気づくと、後ろめたさからすぐに頭を下げる。

 

(…………また、怒られる)

 

 なんとか、涙を零さないよう、唇を噛みしめながら顔を俯かせる。

 背中を丸め、体を縮こませ、出来るだけ自分の存在を小さくしながら。

 


「………………しばらく、ここにいなよ」


「……え?」


「……俺が、頼み事したってことにしとく」



 でも、その意外な優しい言葉に、気遣うような態度に驚かされる。

 もっと怖い人だと思っていたから、すごく。



「や、あのっ」


「……なに?」



 別に、声をかけようとしたわけではなかったのだ。

 ただ、気づいたら口から声が出ていってしまっただけで。



「………………………………」


「なんかあるなら、聞くけど」


「…………………………いえ、その」


 

 それに、この人のことをほとんど知らない。

 そもそも、私のことを覚えていたということに衝撃を受けたくらいだ。

 だから、頭には何も浮かばなくて、落ち着きなく視線を動かすことしかできなかった。



「…………ほんと、すみません」



 入社から時間が経ち、瀬尾さんがすごく仕事の出来る人だということは、周りの接し方でなんとなくわかっている。

 それこそ、工藤さんはもちろん、どんな人からも頼られていて、仕事を振る時は上席に話を通してからという暗黙のルールすらあるくらいだった。

 

(……時間の価値が、全然違う)


 何もできない私とは、真逆なほどに信頼されている瀬尾さん。

 それを思えば、こんな無駄な時間を過ごさせていることなんて、申し訳ないと、そう思わされる。



「やっぱり何でも――」


「……ちょっと、ここでサボってこっか」


 

 そう言って、眼鏡を外した瀬尾さんが欠伸をしながら伸びを始める。

 そして、勝手知ったるとでもいうように棚の奥の方に置いてあったパイプ椅子を二つ取り出すと、座るように促してきた。



「へ?あの」


「ほら、座って」


「いや、でも」


「どうせ、戻るの嫌でしょ?」


「っ……そんなこと…………ありません」


「ふ、ふふっ。わかりやすい子だね、君」



 図星の言葉に、大げさに跳ねる体。

 それが、瀬尾さんには面白かったのか吹き出すように笑いながら、私の肩を抑えて無理やり椅子に座らせてくる。



「無理しなくていいよ。気持ちはわかるんだ。俺も、似たようなことあったしね」


「え?……瀬尾さんも、ですか?」


 

 まるで別人のような柔らかい雰囲気。

 加えて、その言葉に、再び驚かされる。

 正直なところ、なんでもできるスーパーマンくらいに思っていたのだ。

 職場全体にも、あの人に任せれば大丈夫と、そんな雰囲気がいつもあったから。



「正にここでさ。新人の頃なんてよく泣いてた。悔し過ぎて」


「………………なんか、意外です」


「そう?でも、そこの棚がちょっと歪んでるの、俺が蹴っちゃったからだしさ」


 

 言われて見ると、確かに金属製の棚のフレームがちょっぴりだけ曲がっている。

 淡々としたという印象が一番だったから、全く想像もつかないけれど。



「あっ、これはオフレコでよろしく」



 内緒とでもいうように、立てられる人差し指。

 普段とは違う、そのおどけた姿は、なんだか面白くて、思わず笑みが零れていく。



「ふふっ。瀬尾さんって、なんだか印象と違いますね」


「まぁ、基本、仕事中はオフモードなんだ。愛想とかも期待しないでよ」


「あははっ。仕事がオンじゃないんですか?」


「オフもオフ。働きたくない選手権あったら、間違いなく優勝だよ、俺」



 もう一度かけられた細身の眼鏡を、いかにもできますといった風体でクイッと持ち上げながら放たれたその言葉に、我慢できずに吹き出す。

 だって、そんなの反則だ。

 ギャップがあり過ぎて、余計に面白く感じてしまう。



「あはっ、ははははっ。お腹、痛い」


「ちなみに、毎日髪ばっちり決めてるのは、寝癖直すのに丁度いいってのが一番の理由」


「あははははっ。もう、やめ……やめて、ください」



 そのまま、ひとしきり笑わされ、今度は、違う涙を浮かべさせられてしまった頃。

 どれだけの間、そうしていたのだろうか。

 ふと、瀬尾さんが優しく微笑んでいることに気づいて、ドキッとする。



「少しは、元気になった?」


 

 いつもの平坦なものとは違う、寄り添うような穏やかな声。

 そのせいで、周りの音が遠のいていき、聞こえなくなっていく。

 大通りの方から微かに聞こえる車の音も、カラカラと古臭い音を立てていた換気扇の音も、全部。



「……は、はい……あ、ありがとう、ございます」



 そして、最後に残った、やけにうるさく鳴り響く心臓の音。

 相手に聞こえているんじゃないかという恥ずかしさを押しのけて、なんとか、声を絞り出す。



「別にいいよ。それと、一つだけアドバイス」



 

 

 











「君は、大丈夫。だから、そんなに思いつめなくていい」


 

 真っ直ぐ向けられた視線は、力強くて。

 それでいて、温かくて、全部を委ねてしまいたくなる。



「………………でも、私……ほんとに、何もできなくて」



 でも、瀬尾さんが思っている以上に、きっと私はできない。

 仕事ぶりを見れば、この言葉も消えてなくなってしまうんじゃないかというくらいに。



「知らないだけだよ、まだ。俺だって、最初はそうだった」


「……………………そう、なんでしょうか」



 社会人は、学生とは違うとよく怒られてきた。

 知らなくても、自分で学び、できるようにするのが当然だと。

 結果を出さなくては、報酬をもらう価値はないと。



「杉崎さんの作ってる社内の広報誌さ。俺、けっこー気に入ってるんだよね」


「……そんな、あれだって、全然」


「確かに、工藤さんの性格には合わないだろうね。でも、梅雨の楽しみ方とか、夏バテ対策とか、疲れた時に読むと、ちょっとクスリと笑えるんだ」



 とりあえず、自由に作っていいと言われ毎月出している広報誌。

 チェックをお願いしても、工藤さんは、面倒そうにいいんじゃないと言うだけで、正直これでいいのかと不安だった。

 

 

「…………ありがとう、ございます」



 それは、もしかしたら慰めるために言ったのかもしれない。

 でも、それでも心はずっと軽くなった。

 ちょっとは、私も何かできていたんだと、そう思えたから。



「まぁ、これからも頑張ってよ。俺も、小指で背中押すくらいは手伝うし」


「ふふっ。それだけなんですか?」


「言ったろ?仕事中は、オフモードだって」


「ひどい先輩ですね」



 表面だけ切り取れば、突き放すようにも感じてしまう言葉。

 しかし、その冗談染みた口調と、変わらず優しい笑みに、全く違った印象を受け取ることができる。



「これくらいで丁度いいのさ。これも、有難ーいアドバイスにしとこうかな」


「あははっ。ちょっと、さっきの感動が薄れちゃうかもですね」


「そりゃ、失敗…………まぁ、今日のはちゃんとフォローしとくからさ。それで勘弁してよ」


「…………すいません」 


「気にしないで。じゃあ、お先に」


「………………はい。本当に、ありがとうございます」



 一緒にではなく、先に。

 それは、変な勘繰りを周りがしないようにすることと、崩れた化粧を直す時間を気遣ってくれたということなのだろう。

 言葉では言わないけれど、それがなんとなく、伝わってきた。



「……………………………………良い人だな」


 

 正直なところ、今更気づいたほぼすっぴん顔を見られたことに恥ずかしさはある。

 でも、それよりも、自分の味方がいるということが、何よりも嬉しくて、熱いくらいに顔に熱があつまっていく。



「……よしっ。頑張るぞっ」

   


 だから私は、もう一度自分に喝を入れるため頬を小気味良く鳴らした。

 そのせいでついてしまった紅葉模様に、再び悩まされてしまうとは、知る由も無くて。













◆◆◆◆◆











 たまたま見かけた、今年入った新人の子。

 でも、その様子はなんだかおかしく見えて、勘違いならそれでいいと思いつつ追いかけた。



「なかなか厳しい環境だよな」



 中途がほとんどで、久々に入ってきた新卒の女の子。

 案の定というべきか、行き着いた先は、大掃除の時にしかほとんど人が近寄らないような、そんな場所で。

 だから、少し強引にでも干渉することに決めた。

 


「工藤さんも、かなり癖があるし」


 

 仕事はできるし、評価されるのもわかる。

 しかし、人に教えるということに関しては、致命的に向いていないと個人的に思っていた。


(過程を端折りがちなんだよな、あの人)


 さらには、年下の女の子に対しても、あまり相性はよくない気もする。

 恐らく、新人の子が男の子であれば、また違った結果を迎えていただろう。

 


「仕方ない。それとなく根回ししておくか」



 違う部署だからと口出しは控えていたものの、それとなく伝えていた懸念は結局当たってしまった。

 なら、工藤さんの負担を軽減するという建前で、こちらで引き取るのが最善だろう。

 正直、このままただ杉崎さんが潰されてしまうのは、あまりにも可哀想だ。



「ほんと、損な性格だね、俺も」



 工藤さんのご機嫌取りに、上席達への根回し。

 加えて、杉崎さんが健全に成長できるような、やり過ぎず、やらな過ぎずの適度な指導。

 緊急や重要な案件の多くが自分に振られていることを考えれば、これ以上の負担はそれなりにしんどい。


(知らぬ存ぜぬで通せれば、楽ができるだろうに)


 でも、なんだかんだ、情が湧いてしまうのだ。

 お人好しなところのある自分が、背負い過ぎないようにと、出来る限り感情を平坦に過ごすよう心掛けていても。

 たぶんそれは、自分が新人の時に散々な状況に置かれていたというのも関係しているのだろうけど。



「…………でも、あの広報誌、ほんと気に入ってるしな」

 


 個人的には、お得意先の近くにあるコスパランチ特集が最高だし、長期休みのシーズンには、おすすめの遊びスポットも載っていて、子育て層にもウケがいい。


(ちゃんと、自分で考えられる子なんだ、絶対)

 

 やる気がないわけじゃない。ただ、知らないだけなのだ。

 数字すら知らない子に、掛け算を教えるように。

 立ち方すら知らない子に、走り方を教えるように。

 そんな教え方は、やっぱり、不憫すぎる。



「とりあえず、最初は工藤さんのフォローかぁ」


 

 二人の関係がこれ以上悪くならないよう。

 工藤さんの働きを評価しつつ、杉崎さんの評価を下げないよう、バランスを取る必要がある。

 


「……………………あー、帰りてぇ」



 そして俺は、情けなく、一人でそうごちて感情を切り替えた。

 プライベートと仕事はきっちり分けると決めているにも関わらず、ちょっとだけときめいてしまった笑顔を、なんとか頭から振り払おうとするように。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ