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96.蜘蛛と蛇

「巣を構築した人は巣の中で絶対者となるのよ」

「その箱を出したのも?」

「そうよ。巣の中にあるものだったら自由に動かせるわ。ワタシは木と異なるから太陽の光から力を得ることはできない。でも、巣に降り注ぐ光はエネルギーになるし、谷の底から湧き出る熱水もワタシの力になるのよ」

「強力な結界……みたいなものか」

「結界がどういうものか分からないけど、巣に入ろうとしたありとあらゆる生物は感知できるわ。そこでマーキングした生物に対しては巣から離れても追いかけることができるの」

「それで、俺の宿にアリアドネの気配が」

「誤解をしていたら困るから言っておくけど、ワタシは最初からあなたに敵対的な意思を持っていなかったわよ。すみよんのお友達だと聞いていたし」

「分かってるよ。単に生物的な強さが違い過ぎて、俺が勝手に恐れおののいていただけだよ」


 自分で言って悲しい事実。

 巣の話を聞いているだけでも、彼女の力がどれだけ強大かが分かる。

 もし冒険者ギルドでランクを付けるとしたら間違いなく最高のモンスターランクとなることだろう。

 もっとも、彼女が冒険者ギルドの討伐対象になることはまずない。なので、ランクが付けられることもこの先有り得ないことである。

 討伐対象になるモンスターや魔物は人間の生活圏を脅かす、または希少な素材になる存在が対象になるんだ。

 彼女はそのどちらでもない。

 

「巣が完全なる排他的な空間だということは何となく分かった?」

「巣の主は巣の中で絶対者となる。巣の外だと自分より強い相手であっても巣の中だと話は別。どれほど強力なドラゴンであっても巣を脅かすことはできない。なので、巣は完全なる排他的な空間……つまり絶対的な安全を確保した空間となる……かな?」

「そんなところね。よくできました。でも、ドラゴンをたとえにするのをワタシ以外の蜘蛛の前ではやめておいた方がいいわよ」

「敵対種族なの?」

「そうね。伝統的に、ね。ワタシはどうでもいいの。ここで楽しく暮らすことができればね」


 「ふう」と愛らしくため息をつき、蜘蛛の脚を前に傾けるアリアドネ。

 今更ながら彼女の種族は蜘蛛に属するものらしい。蜘蛛の脚が生えているから、蜘蛛系なのだろうか。

 彼女は人型だから亜人の一種なのかもと思う節もあったが、蜘蛛系の一種かあ。

 しかし、そもそも亜人ってカテゴリーは何なのだろう。マリーのような獣人系やエルフ、ドワーフ、それに小人たちも亜人にカテゴライズされる。

 蜘蛛系ならアリアドネは亜人じゃなく魔物にカテゴライズされると思う。

 といってもギルドや国が勝手に決めていることなので、亜人だから友好的で魔物だから敵対的ってわけじゃない。

 この辺り、曖昧でセンシティブなところがあるので余り深く突っ込まない方が無難である。自ら名乗った場合は別だけどね。

 亜人や魔物やで相手の気持ちを害すほど残念なことはない。こちらとしては特に敵対的に接しようという気持ちで発言するわけじゃないからさ。

 

「戻りましたー」

「うお。どこから出てきたんだよ」

「天井からすとーんとですよー」

「わざわざ天井から来なくてもいいだろうに」

「さーぷらいずでえす。エリックさん、こういうの好きでしょー」

「いつ好きだと言ったんだ……」

「心臓がばくばくするのがいいんですよねー。スフィアと楽しんでいたじゃないですかー」

「誤解を招く発言はやめてもらいたい」


 酔っ払った時のスフィアに絡まれた時のドキドキは嬉しいドキドキじゃないんだよ。

 驚かせればドキドキするのは間違っていないけど、嬉しいドキドキじゃないだろうに。

 ま、まあ。すみよんだし、彼なりに俺を喜ばせようとしたという点だけ有難く受け取ることにしよう。

 ふっとしかめっ面を崩し、彼のまん丸の黒い瞳へ目をやる。

 対する彼は縞々の長い尻尾で掴んだリンゴをテーブルの上に置く。カブトムシの分だよな、ありがたく頂くことにしよう。

 

「何か難しいことを議論していたようですねー」

「もう話は終わったよ」

「蜘蛛と蛇は仲が悪かったんですよー」

「別にアリアドネに何かあるわけじゃないんだよな。もちろん俺たちにも。だったら特に問題にすることじゃないかな」

「そうですねー。エリックさーんならえんかうーんとしても蜘蛛から襲われることはないでしょうー。蛇だったら気を付けて全力で逃げてくださいねー」

「会ったこともないから、これからも多分会わないって」

「そうだといいですねー。すみよんと一緒じゃない時は気を付けてくださいねー」

「この話はもうこれで終わりにしよう……」

「いいんですかー。蛇について聞かなくても?」


 ブンブンと首を振る。なんかさ、聞くと出会いそうな気がするんだよね。蛇とやらと。

 ドラゴンが蛇に含まれることだけは分かった。ドラゴンという単語だけでも物騒過ぎるし、すぐに蛇のことは忘れたい所存であります。

 

「その昔、そうね、エリックはニンゲンだからあなたが生まれるずっと前かしら」


 語り始めちゃったんだけど……、俺別に聞きたくないって言わなかったっけ?

 自分の言ったことを振り返ってみるとすみよんには言ったが、アリアドネには言ってない。

 いやいや、隣で俺とすみよんの会話を聞いていたよね? コーヒーキノコを飲みながら、うふふと微笑みつつ。

 俺の想いをよそに彼女の話は続く。

 

「『星の間』という場所を争って最終的に残ったのは蜘蛛と蛇だったわ」 

 

 切り換えようと思って自分の気持ちを落ち着かせるためコーヒーを飲んだのがいけなかったか。

 コーヒーを飲むと落ち着くんだよね。何か鎮静的な成分が含まれているのかもしれない。

 聞きたくなかったけど、何やら面白そうな話じゃないか。一つの場所を争い、他種族を蹴り落として蜘蛛と蛇が残ったのか。

 

「長きに渡る闘争は終わらない。戦えば戦うほどお互いに戦巧者になっていってね。ドラゴンや竜人は個々の力を伸ばしたりしたけど、蜘蛛も同じ。延々と闘争を続けたわ。でも、突如争いは終わるの」

「ついに勝利者が?」


 アリアドネは憂いをもって首を横に振る。

 

「恋焦がれた星の間が突如消えてしまったの。それで争いは終わり。蜘蛛と蛇が長年闘争を続けた意味も理由も無くなっちゃったのよ。だから今は争う理由なんてないの。長年の争いの歴史が蜘蛛と蛇があまり仲が良くない理由ね」

「そらまあ、そうだよな」

「でも安心して。ニンゲンは蜘蛛と蛇の闘争に関係ないでしょ。だからあなたは心配しなくていいわ」

「分かった。話をしてくれてありがとう」

「餌として認識されたら話は別だけどね」


 アリアドネが「あはは」と愉快そうにギギギと歯を鳴らして笑うが、笑いごとじゃないってば。

 

 

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