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89.旅の楽師

 敢えてオススメの内容は見ていない。船を模したこだわりの店で出してくれる料理ってなんだろうな。楽しみでならない。

 漁師料理とかが出て来るのかも? しかし、港街じゃないから川魚とか?

 注文を終え優しげな旋律を奏でていたハープの音が軽快なものに変わる。

 音楽が好きだというわけじゃないのだけど、生まれ変わってからこれまで殆ど音楽を聴いたことがなかった。前世だと自分でヘッドホンをして聞かなくとも、どこなりと音楽が流れている。当たり前に聞いていた音楽が無くなって久しいが、こうして演奏を聴いていたらいかに音楽が心を癒やしてくれるものだと認識できた。

 それだけで彼の演奏を聞けた価値がある。


 聞き惚れていたらどうやら軽快な旋律がクライマックスだったらしく、残念なことに演奏が終わってしまった。

 顔を上にあげ片手を振る男に向け、他の客から拍手がなされる。もちろん、俺とマリーも全力で手を叩いたさ。


 拍手喝采に反応したのかボルゾイに似た犬型モンスターが「ふああ」と大きく口を開け欠伸をし、ぱちりと目を開く。

 左右は金色の瞳で中央の第三の目は紫色だった。銀色の毛並みに金色とアメジストのような紫の瞳。気品ある佇まいと、何だか高貴な人を前にしたかのように錯覚をする。

 少なくとも吾輩……よりは気品があるよな。

 いや、吾輩は見た目だけならカッコよくて威厳もあると言ってもいい……と思う。

 ナポレオンのような軍服を着た彼はガタイがよいこともあり、決まっている。

 ともあれ……え、いいの?

 俺の思考を完全に停止させる出来事が起こった!

 むくりと立ち上がった犬型モンスターがなんと俺の足元で座り首を上げてきたのだ。

 これは、わしゃわしゃしてもいいポーズに違いない!


「どうぞ撫でてあげて下さい」

「では、お言葉に甘えて」


 ハープを持った長髪の男が許可してくれたのでさっそく撫で撫ですることに。

 うはあ。こいつは上等なベルベットだあ。

 ふわふわ、それでいて弾力があり、思わず頬擦りしたくなる。

 カブトムシはカブトムシで光沢のある堅い甲殻が魅力だった。甲殻は甲殻で悪くないけど、やはりもふもふしてるのには叶わない……いや待て俺にはカブトムシが。こんなふさふさな魔力に負けてなるものか。俺にはカブトムシというペットが……。


「顔を当てても大丈夫ですか?」

「どうぞ。ボルゾイも喜んでます。初対面の人にこれほど彼が懐くのも珍しい」


 つ、つい聞いてしまった。

 いやほら、今しかないチャンスだし。カブトムシはいつもいるし。

 ぼふん。

 こいつは気持ちいいー! たまらんな。

 熊の毛皮ですりすりした時の数倍心地よい。やはり生きていると体温もあって気持ちよさが段違いなんだよな。

 毛皮で思い出した。そういや厩舎にはヤギがいた。しかしやつらは俺にやたら辛いんだ。マリーが取られるとでも思っているのかもしれない。

 今に見ていろよヤギども。ふ、ふふ。

 頭の中はこんな感じでもうわちゃわちゃだが、表面上は取り繕う俺である。


「ボルゾイという名前なんですね。よろしく、ボルゾイ。俺はエリック」


 頭を犬型モンスターことホルゾイから離し、彼を撫でながら挨拶をする。

 すると彼は気持ちよさそうに目を閉じ喉を鳴らす。

 自己紹介するなら顔を埋める前にしろって話だが、仕方ないじゃないか。彼の魅力に逆らえなかったんだよ。


「ご丁寧にどうも。彼は妖精族の一種クーシーのボルゾイ。私の相棒です」

「改めまして、俺はエリック。ここから少し離れたところで民宿を経営しています。彼女は同じところで働くマリーです」

「マリーです!」


 マリーが立ち上がって勢いよく頭を下げる。

 するとハーブを持った長髪の男は大仰に右手を高々と上げするっと自分の胸元に持ってくると同時に片膝を少しだけ折り曲げる。

 まるで演劇でも見ているかのような仕草だ。きらりんと彼の背後が一瞬光った気がした。


「はじめまして、私は『旅の楽師』ホメロン。以後お見知りおきを」


 どこから取り出したのやら帽子を気障ったらしく被るホメロン。

 なんか、この人濃ゆい。服装はまあ旅の楽師といえばそうなのかも。落ち着いた灰色のローブにエメラルド色の留め具、金色のサラサラの髪をしていて膝まであるブーツ。

 恐らく革手袋やハーブを背負うための革紐か布の帯なんてものも装着して旅をしているのだと思う。

 そこまではまあいい、大仰で芝居がかった仕草と相まってどんだけつけまつ毛を装備したんだってくらいのまつ毛やら、彫りの深さもあり、何というか昔の少女漫画に出て来る男の人みたいな感じ? 

 若干引き気味の俺と背をのけぞらせるのを我慢している様子のマリーに対し、彼はピンと親指で人差し指を弾ききらりと白い歯を光らせた。

 

「エリックさんから何か感じます」

「な、何かって?」

「背後に……見えます、見えます」

「え、何それ怖い……」

「あなたもテイマーですね、分かります絆の糸が見えます」

「み、見えるものなの?」


 いつしか丁寧な言葉が引っ込み、素の口調に戻る俺。

 一体彼は何を言っているのか良くわからない。少なくとも俺がテイマーでないことは確かだ。

 たじろく俺に対しホメロンは両手を高々と掲げすっと右手を顎にやる。もう一方の手をあげた意味があったんだろうか。

 余った左手は宙をさまよい元の位置に戻った。


「私は旅の楽師ではありますが、バードテイマーとしても活動をしております。ですので、他のテイマーが連れているペットとの絆が見えるのです」

「テイマーってみんなそうなの?」

「いえ、皆が皆、そういうわけではありません。『見える者』もいます。この子と仲良くなれそうかも、という直感が働きホルゾイとも仲良くなることができました」

「へえ。テイマーが野生のモンスターをテイムする姿を見たことが無いけど、初対面で直感なんだな」

「人によります。私の場合は旋律で波長が合うと、こうして友となり共に歌う仲となるのです」


 ホメロンは「ららら」と舞台で声を張り歌うような仕草をする。

 話はとても興味深いのだが、いちいち挟み込む演劇が何とかならんものか……。

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