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53.北の湖

「凄まじい速さだったな」

「も、もう。無理……」


 ライザに抱えられるようにしてカブトムシから降りたテレーズはよろよろと膝をつく。

 そのままペタンとお尻を地面につけて、両手を頭の上にやった。

 彼女らなら馬車に乗ることにも慣れているので、乗り物酔いをすることはないと思ってたのだけどテレーズは違ったのかもしれないな。

 

「大丈夫? こんな時こそ、この水だ」

「ありがとう」


 持ってきた水筒をテレーズに手渡しする。

 受け取るやゴクゴクと勢いよく水を飲んだ彼女はふうと息をつく。

 水筒の水にはヒールをかけてあるのだ。飲めば乗り物酔いくらいであれば治療できるはず。

 あ、そういや……。

 

「服にヒールをかけるのを忘れてたな」

「そう言われてみればそうだな」


 ふむ、と腕を組んだライザは俺と待ち合わせした時からこれまでのことを振り返っているようだった。


「ジャイアントビートルのことでそっちに意識が持って行かれてたから、仕方ない」

「テレーズが怖がっていたから、心配したんだろ。仕方ないさ」

「ライザはライザで見とれてたけどな」

「そ、そのようなことはない」


 全く。分かりやすいんだから。ライザってすぐに顔に出るよね。

 彼女の様子を見たテレーズはくすりと笑い、俺に水筒を渡してきた。


「もうすぐそこだよ。ヒール付きのお水を飲んだら元気になった! ありがとう、エリックくん」

「道案内を頼むよ。先頭を交代しようか?」

 

 尋ねるとテレーズはブンブンと首を振る。カブトムシが嫌なだけじゃなさそうだな。


「私じゃ言うことを聞かないんじゃない? 馬と違ってテイム生物なんでしょ?」

「そうだった。俺が本職のテイマーなら一時的に譲渡とかできるかもだけど、全くテイマーの素養がないからな……」

「あはは。さっきまでのスピードじゃダメだよー。間違うことは無いと思うけど、もうちょっとだからね」

「分かった。方向だけ指示して欲しい」


 テイマーの扱う生物をモンスターだろうが動物だろうがテイム生物と呼んだりする。

 テイム生物はテイマーによってペットになった使い魔のようなもので、テイマー本人の言う事を聞くようになるんだ。

 伝え方は心の中で念じるか、声に出して命じると動いてくれる。ただ、ロボットと異なって生物だけに何でも言う事を聞いてくれるわけじゃないところが注意点だ。

 中には全く言うことを聞いてくれない困ったテイム生物もいるそうであるが、それはそれで可愛いんだとか聞く。俺には理解できないけどね。

 テイマーであれば他の人にテイム生物を譲渡をすることはできるのだけど、譲渡された本人はテイマーのように細かい指示を出すことはできない。

 ジャイアントビートルの場合はじっとしてて、とか、前に進んで、といった単純なお願いであれば俺でも聞いてくれる。

 だけど、一時的にこの人からのお願いを聞いて、なんて複雑なことを指示することはできないんだ。

 

 ほいっとテレーズに手を差し伸べたら、ちょうど同じタイミングでライザも彼女に向け右手を下にやっていた。

 そんな俺たち両方の手を引っ張り立ち上がるテレーズ。

 すっかり元気になったのか、軽やかに跳ね上がり「よっ」と地面に着地する。

 その勢いに体がよろけるが、彼女の頭が当たり元の体勢に戻ることができた。もう一方のライザはさすがの体幹で、まるで体勢を崩していない。

 俺も鍛え方がまだまだ足りないな。さすが本職の前衛は違う。

 感心しつつも、いよいよ北の湖が目前となってきた。

 

 ◇◇◇

 

「広い! 思った以上の大きさだよ!」

「私たちも初めて来た時には驚いたさ」


 したり顔のライザに対しうんうんと大きく首を縦に振る。

 湖の岸辺はさざ波が立ち、向こう岸が見えないほど広い。空から見ないとどれくらいの広さか分からないのが残念なところ。

 見渡す限りの水面ってのはこの世界に生まれ変わってから初のことだったので、感動だよ。


「ありがとう。しばらく休んでね」


 ジャイアントビートルのメタリックブルーの角をぽんぽん叩き、収納スペースからいくつかのフルーツを取り出す。

 それらを彼の口元に置いてやると、むしゃむしゃと食べ始めた。

 自分の餌も自分で持ち運んでくれる彼はとても優秀だよね。手間がかからなくて助かる。

 見た目で嫌がる人もいるけど、俺はカブトムシのことをとても気に入っていた。

 最初こそ「すみよんめ、なんてものを連れて来るんだよ」とか思っていたけど、大人しいし巨体の割には食事量も少なく、布で磨いてやるとギラギラしたメタリックブルーが自動車みたいで懐かしい気持ちにもなれるし。


「あ、あのお。エリックくん」

「大丈夫だって。噛まないし。ほら、ジャイアントビートルはフルーツしか食べないだろ。肉は食べない」


 自信を持ってポンと胸を叩くが、テレーズの顔は引きつっている。

 ジャイアントビートルに向けて小さく手を振った彼女は冷や汗をかきつつ言葉を続けた。


「そ、そうだね。先に採集クエストをこなしてもいいかな?」

「俺も手伝うよ。採集したものはジャイアントビートルに積み込もう」


 と言いつつ、雑草が邪魔でカブトムシが食べ辛そうにしていたのでサクサクっとナイフで雑草の根を切る。

 ん。この草……気になって葉を摘まんで縦に傷を入れてみた。

 葉の切れ口が藍色になっている。

 

「どうしたの?」

「この葉っぱ、見てくれよ。ほら、藍色になってる」

「へえ。葉っぱって切ると緑色とかになるんじゃと思ってたけど、こんな色をしているんだね」

「いや、この葉っぱ独特の色なんだよ。これはアイだよ。藍色って知ってる? 青に似た色なんだけど」

「知ってる! この葉っぱの汁で染めていたんだね」

「そそ。せっかくなので持って帰ろうかな」

「ポラリスさんが喜ぶかもしれないね!」


 テレーズときゃっきゃしていたら、ライザに冷たく「そろそろ行くぞ」と言われてしまった。

 しかし、彼女の言葉をスルーしてアイを集め麻袋に詰め込む。

 これでおっけー。

 

「待たせた。採集ってどこで?」

「この付近だ。私の荷物を出してもらえるか?」


 頷く代わりにカブトムシの荷物スペースからライザのリュックを出して彼女に渡す。

 ごそごそと彼女が取り出したのは網だった。


「魚でもとるの?」

「魚が引っかかることはあるが、目的は魚じゃない。潜ると確実なのだが、なるべく潜りたくないからな」

「へえ」

「網で引っかかればそれに越したことはない。うまく引っかかってくれるといいのだが」


 肩を竦めたライザが網を持ち、岸辺に立つ。

本年もお世話になりましたーー。良いお年をー。

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