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52.さあ……振り切るぜ

「兄ちゃん。よろしくな。安心してよ。おいらはまだまだ見習いだけど、兄貴もついてくれるからさ」

「それは心強い。よろしくな。キッド」


 アブラーンと入れ替わるようにして前に出てきた少年と青年の中間くらいのツンツン頭の男の子――キッドと握手を交わす。

 彼は俺の見立てだと14~16歳くらいに見える。種族は多分人間で、背丈こそ俺より低いものの袖から見える腕はしっかりと筋肉が付いていた。

 前世の俺が見たら羨ましがるだろうけど、今の俺は特に思うところはない。

 今世の俺は元冒険者なんだぜ。それなりに体を鍛えているし、役に立たないからといってよく荷物持ちをさせられていたからな。

 いや、むしろ率先して荷物持ちをしていたかもしれない。自分の役に立たなさは自覚していたからね。

 少しでもパーティの力になりたいと思ってさ。懐かしき哀しい記憶である……。

 その甲斐あって、本職の前衛ほどとまではいかないものの後衛の魔法使いや回復術師(ヒーラー)に比べると力持ちになったんだぞ。

 体力もついたし。

 それが宿経営でも大いに役に立っている。

 筋肉は裏切らない。ははは。

 ……ごめん。自慢できるほど筋肉質ってわけでもないな。

 

「やっほー。エリックくーん」

「準備はできているか?」


 両手を振りこちらに笑顔を向けるテレーズと右手を軽く上にあげ無表情のライザの姿がキッドの後ろに見えた。

 お、おっと。もう出発の時間か。

 も、もちろん、ちゃんと覚えていたぞ。今日は彼女らと北の湖の散策に出かけるってことを。


「ごめん。キッド。今日は先約があって。明日、兄貴も連れて来てもらっていいかな?」

「うん。合間合間になっちゃうかもだけど、よろしくな!」


 両手を合わせ彼に謝罪し、民宿のことはマリーに任せ隣の小屋へ向かう。

 「いってらっしゃい」と手を振るマリーの尻尾が逆立っていたことは秘密である。

 彼女は小屋の中にいるアレを未だに恐れているようだ。


「うわあ……」

「ほう」


 小屋の中に鎮座するはメタリックブルーのカブトムシである。

 ここでもテレーズとライザは正反対の表情を見せた。

 

「エリックくん。見て、私の腕。触ってもいいよ。ブツブツがすごい」

「鳥肌? それっていい意味で?」

「そんなわけないじゃないー。私、余り虫は得意じゃなくて。それにこの色。ギラギラしてて太陽の下だと目に痛そう」

「そ、そうか。でもライザはそうでもないみたいだぞ」


 「ほらほらー」と細い腕を俺に押し付けてくるようにしているテレーズに対し、ライザは腕を組んだままじっとカブトムシを凝視している。

 しかし彼女の口元が僅かに上がっていたことを俺は見逃していない。

 

「と、特に思うところはない。空を飛ぶのか気になっていただけだ」


 あからさまに動揺するライザに笑いがこみ上げてくる。

 ここで突っ込むと怒り出しそうだから我慢することにして、カブトムシについて一応の説明をしておこうか。


「この生物は騎乗生物の一種で、ジャイアントビートルという種族らしい。とある友人がテイムしてくれたのを俺に譲ってくれたものだ」

「ほう。テイムされた生物なのか。テイマーにはまるで詳しくないのだが、このようなテイム生物もいるのだな」

「騎乗用だからバトルは難しいと聞いている。だけど、三人まで乗れるしそこの翅があるところあるだろ。開いてみ」

「わ、私はパス。ライザ」


 顔がひきつるテレーズに振られたライザであったが、言われる前に既にペタペタとメタリックブルーの甲殻に触れていた。

 本来翅がある甲殻の下の収納スペースに二人とも驚いた様子だ。


「結構積載量があるんだよ。背負子四つ分くらいかな」

「それは戦いに使えずともテイマーが連れて歩く価値がある」

「ペットに戦ってもらうタイプのテイマーには厳しいんじゃないか」

「そうだな。ペットを補助するタイプではなく共に戦うタイプのテイマーならパーティ次第でかなり使えるぞ」

「うんうん」

「素晴らしい友人だな。冒険者時代の?」

「いずれ紹介するよ」


 二人とも完全に人間かそれに類する種族と思っているよな。

 俺が「彼」って言ったから、まあそうだろう。実はワオキツネザル……じゃない、ワオ族の変な喋り方をする小動物だなんて想像すらしないはずだ。

 たまに小屋のところで寝ていることがあるのだけど、今日はいない模様。

 わざわざスフィアのログハウスを訪ねてすみよんを呼ぶのも迷惑だろうと思って。

 彼女らは頻繁に民宿に来てくれるからいずれすみよんと会うことになるはず。

 夜ならすみよんを呼ぶことだってできるしな。その時はリンゴやらブドウやらを準備しなきゃだけど。

 

「こんなぞわぞわするモンスターが廃村周辺にいるんだね……」

「どうだろう。近くではないかもしれないけど」

 

 げっそりした顔でテレーズが首を振る。

 彼女は俺に受け応えしつつも、「えい」と指先でカブトムシの甲殻に触れすぐさま距離を取った。


「じゃあ。行こうか」

 

 ひらりとカブトムシにまたがり、小さな突起を掴む。

 俺の後ろにテレーズ、その後ろにライザという乗り方になった。

 テレーズが嫌がる素振りを見せていたが、ライザに押されてカブトムシに乗り込んだので真ん中になったというわけさ。

 

 カサカサと小屋から出て、大きく息を吸い込む。


「しっかりと掴まってくれよ。そう。しがみつくくらいに。ちょっと痛い……」

「だ、だってえ。怖いでしょお」

「安心しろ。私が後ろからしっかり支えておいてやる」


 テレーズの悲鳴なんぞ聞こえない俺とライザであった。


「さあ……振り切るぜ!」


 俺の願いに応じ、カブトムシが加速する。

 馬の加速力とは比べ物にならないのだ。なんせ足の数が六本だからね。


「は、はやいいいい」

「お。おお! 素晴らしい」


 悲鳴と歓声が入り混じる。

 だいたいの場所は分かっているので、近くになったらライザに方向を聞くとしようか。

 カサカサ、カサカサとカブトムシが猛スピードで駆けて行く。

 あっという間に景色が流れ、どのような悪路でも六本の足でしかと大地を踏みしめカブトムシが進む。



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