26.米が手に入った
米が手に入った。もう一度言おう。
米が手に入った。
刈り取った稲を全て持って帰ってくるのに多大なる時間がかかったが、米が手に入るなら大したことはない。
俺以外もさすが冒険者。
丸一日作業となっても全然平気な様子だった。その代わり、米料理を食べさせろよ、と釘を刺されたけどな。
米はすぐに食べることができないのだ。
籾と言う名の殻が付いているからね。籾を剥ぎ取るのにどうやったらいいのかを模索していたんだ。
その前に穂についている粒々(籾)を集めなきゃならん。
軒下に積み上がった稲穂を前にして、茶碗一杯に盛ったほかほかご飯を想像していたら、遠慮がちにマリーが声をかけてきた。
仕事を終えたゴンザら冒険者たちとは既に別れており、この場にいるのは俺とマリーだけだ。
「あ、あのお。エリックさん。まずは何をすればよいでしょうか?」
「あ。そうだな。まずは。稲穂から籾を取って……手でやるには二人だといつまでかかるやら、だよな」
「手が空いた時にやっていきましょうか。そうだ。エリックさん!」
「ん?」
両手を胸の前で合わせてぱああと幸せそうな顔をするマリー。彼女の動きに合わせてなんだか猫耳も嬉しそうだ。
彼女の屈託のない笑顔に自然と俺の心も癒される。
「お部屋に運びませんか? 寝る前に少しずつ粒を取っていくんです!」
「おお。いいかもしれない。自室に入るまでは何かしら作業をしているもんな」
「はい! えへへ。お役に立てました」
「いつもお役に立ってくれてるよ」
にこやかにさりげなく返すと、マリーは「え」と固まった後、かああっと真っ赤になった。
前世と異なり、思ったことは口に出さないと伝わらないことを痛感していたからな。特に冒険者時代。
彼らは気になることがあれば遠慮せずに口にする。それで関係性が悪くなることは無かった……たぶん。
俺の場合はパーティ内の空気が悪くなることが殆どだったけど、それは歯に衣着せぬ言葉ではなく自分の能力の低さにがっかりされたからだ。
冒険者になる前でも、心に秘めず口にしとかないとと後悔することが何度かあった。
モンスターの蔓延るこの世界は、現代日本に比べ人の命が軽い。だからこそ、より短い時間でお互いを理解し合わなきゃいけない文化がある。
いや、これは冒険者だけかな……。
街の人は奥ゆかしい人もチラホラいる。
俺は冒険者になるつもりだったから、冒険者になる前でも元冒険者とか冒険者に接することが多かったから、かもしれん。
ともあれ、真っ赤になったマリーは肘を折り胸の前で両手を中途半端に開いた状態で指先がカクカクしている。
素直な気持ちを言っただけなのに、どうしたんだろうか……。何か彼女の地雷を踏んでしまったのかも?
「う、嬉しいです!」
「いつも頑張ってくれてて、本当に感謝しているよ」
「わ、わたしも拾って頂いて、本当に本当に感謝しています! 街で何とか生きてきたわたしに、こんな良くしてくださるなんて。想像もしていませんでした」
「休みなく働いてもらって、申し訳ないと思ってる。七日に一回くらいは休暇が取れるようにしようと思ってるから、もう少しだけ我慢して欲しい」
「我慢だなんて……全然そんなことないです! わたし、これほど毎日が楽しいなんてこれまでなかったです! エリックさんのお料理はとてもおいしいですし、温泉は気持ちよくて、自分の部屋に暖かい布団。もう幸せ過ぎて明日には無くなっちゃうんじゃないかと不安です」
「充実しているのは俺もだよ。君がいてくれなかったら、まだ宿を開くことだってできてなかったと思う」
お互いに褒め合い、何だか照れ臭いな。
休みが無いことを申し訳なく思っているのは本心だ。
休み無しとかどんだけブラック企業だよ、って話で……俺も俺で羽を伸ばさないと、とは思ってる。
微妙な間ができ、俺は頭をかき、もう一方のマリーは首を傾げ耳をヘナッとさせた。
「ま。(稲を)運ぼうか」
「はい!」
そんなわけで、この日は稲を半分に分けて自室に運び込む。
……多すぎだろと後で後悔したが、マリーの手前不満を口にすることが出来なかった。
ベッド以外に稲が埋まっているという、足の踏み場を確保するにも精一杯という部屋になってしまったんだよな。
そのうち減るから、良しとしよう。部屋のお片付けと思って稲から籾を取る作業をしようじゃないか。
◇◇◇
翌朝――。
「ふあああ」
お客さんがいなかったので、食事をとってすぐに寝てしまった。
冒険に稲の作業が加わり、動きっぱなしだったものな。
うーん。朝日が心地よく俺を刺激する。朝の目覚めは朝日があるのと無いのとでは全然違うよな。
日が昇り、陽射しを浴びて一日が始まる。
前世では陽射しが目に痛いとか思ってたけど、人間は朝日を浴びることによって活動スイッチが入るものなのだ(自論)。
「さてと。今日も仕込みから頑張りますか!」
伸びをし、窓際を眺める。
何かが目に映った。
そして、目が合った。
モサモサした灰色、黒、白が混じった毛並みを持つ大型のサルと言った見た目の動物が長い尻尾で窓枠にぶら下がっていたんだよ!
「え。えええ!」
思わず声が出る。
しかし、そいつは丸い黒い目をぱちくりさせ特に動揺した様子もない。
何てふてぶてしい動物なんだ。
「すみよんでーす」
「喋ったああああああ。サルが喋ったあああ!」
「サルじゃないでえす。すみよんでーす」
「サルの一種じゃないのか。俺の記憶によるとワオキツネザルってやつだろ。その白黒灰色は」
「種族名はワオでえす」
「こっちにもいたんだ。ワオキツネザル。しかも、喋る」
「すみよんだからでえす」
頭痛が痛いとはこのこと。
喋ることができるのに会話が通じない。
どうすりゃいいんだ。こいつ。放置しておいてもいいのだけど、宿を荒らされたくないしな。もう少し対話を試みてみることにしようか。
「ええと。ここには何しに?」
「秘密でえす」
「……も、もういいや。見学したら帰れよ」
「待ってくださーい。ワタシが名乗ったんでえす。名乗るのが筋というものでえす」
「あ。そうね。俺はエリック。よろしくな」
「エリックさーん。ワタシは」
「すみよんだろ」
「そうでえす。すみよんでーす」
ダ、ダメだこら。
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