第29話
「それで一つ聞きたいのだけど」
「なんでしょうか」
周りの喧騒は少し小さく感じる。
「この扉には何か秘密があるのでしょう。それを教えてもらえるかしら」
私は少し考える。
実際教えてもらったことはたくさんあるものの、それを伝えたところで信じてもらえるかといわれたらわからないし、きっと信じてもらえない。
だから、私は。
「詳しくは教えてもらっていないのです。ただ、とてもとても大切なものだということだけしか」
「そう、でもあの人の遺言ですからね、あなたにお譲りしますよ」
彼女の口調は穏やかだ。
ありえないほどに。
そういう理由で、今、私の家の一角には、例のドアがある。
周りの壁ごと持っていくことになっていたので、ドアのふちからさらに5センチほど大きく切り出して家へと持って帰ってくる羽目になった。
ちなみに、送料は向こう持ちになっていたが、こちらで廃棄することはしないようにという手紙が一通一緒にやって来た。
おかげでこのドアは今やどうすることもできないものになってしまっている。
一応、彼が教えてくれた儀式を試してみたが、一向に螺旋階段が現れる気配はない。
それでも彼の記憶とともに、私はこのドアを持っていくしかないようだ。




