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第28話
「あの……」
私は、彼女が近くに来たタイミングで声をかける。
「あら、あなた。昔来られた記者さんね」
「ええ、そうです。生前お世話になりました」
私は彼女へと今回のことへの定型文ではあるがお悔やみを伝える。
彼女も似たような言葉を返してくると、ふと尋ねてきた。
「そうそう、あなたに聞いておきたかったことがあるのよ」
「なんでしょうか」
「あの扉、知ってるわよね」
彼女はこっちへおいでといわんばかりに歩き出し、私をあのトイレのドアのところへと連れてきた。
「ええ、よく存じております」
どうこたえるかを考えたが、結局私は素直に答えることにした。
「あの人が遺言書でこの家については基本競売にかけろっていうことを書いてあったんだけど、このドアだけはあなたに譲るって書いてあったのよ」
赤文字で予約済みのテープが、目立つように張られていた。




