第1話
久しく降り続いた雨も上がり、道のところどころには水たまりがまだ残っている朝。
私はある人に会うために、とある邸宅へと向かっていた。
バスでその人の邸宅の前まで来ると、警備員が詰所から出てくる。
どれほどの邸宅かといえば、甲子園球場何個分という計算ででてくるような敷地があるそうだ。
ならば、警備員詰め所の一つや二つあっても不思議じゃない。
「アポイントメントはございますでしょうか」
車が入れるようになっている玄関部分には、私の背丈よりも大きな柵がある。
警備員は私の姿を見ると、声をかけてきてくれた。
「ええ、こちらが私の名刺になります」
私は警備員に名刺を渡すと、少々お待ちくださいといって、何かを確認していた。
「どうぞ、こちらからお通りください。中に入る際には武器等ないかを確認させていただきます。また、首からこの名札を下げていただきます。邸内では案内人の指示に従ってください。指示に従わない場合は退去を求め、あるいは実力を行使させていただく場合があります」
さらにこれらの注意が印刷された書面まで提示され、直筆の署名を求められた。
「では、こちらへ」
警備員は案内人と呼んでいた中に控えていたメイドへと私を引き渡す。
あとは彼女が案内してくれるということなのだろう。
この邸宅は確かに広い。
ゴルフカートのような車に乗り込んで玄関から車寄せまで数分かかるほどだ。
「では、こちらでお降りください。旦那様がお待ちになっております」
車寄せから見上げると首が痛くなりそうな高さがある邸宅の中へ。
伝記なんかでは見たことがあるようなところではあったものの、こうして実際に見るとまた違った感動がある。
仲だって赤じゅうたんに、げ車寄せから見えていたシャンデリア。
高級住宅という趣そのものなものだ。
思わず声が漏れそうなのを我慢しながら、案内人についていくと、エレベーターに乗り込み4階へ。
ボタンを見ると地下は3階、地上は6階建てなのは間違いがない。
もはや集合住宅レベルだ。
チンと短い到着を知らせるチャイムがエレベーターの箱の中に聞こえると、本当に動いていたのかすら疑わしくなるほどなめらかに止まったようだ。
「こちらでございます」
スッと一歩引いて私を先に下ろし、それから案内人はたくさんある扉の中から的確に目標の部屋へと向かう。
「旦那様、客人が参りました」
「ありがとう、入ってくれ」
ドアを3回ノック、中へと声をかけると内側から初老の安心するような声が聞こえてきた。
「失礼します」
そこは書斎という雰囲気の部屋だった。
入ってきたドアがあるところには大きな絵、確か有名な画家が描いていた縦横数メートルはある油絵だ。
ほかの左右の壁には天井まで伸びた本棚に、びっしりとたくさんの本。
窓は大きく、天井にある電灯をつける必要がないほどに太陽がさんさんと光り輝いていて、一心にその気持ちを浴びることができる。
「待っていたよ、プリカさん」
「ディーヴェスさん、こちらもお待ちできる日を大変待っておりました」
私は見るからに60は過ぎている男性と握手を交わす。
超々富裕層、総資産額1億ドル以上の人物の一人。
今はテック・カバナー財閥の子会社の一つの社長に一代で成り上がり、政治経済双方にとてつもない力を及ぼすことができる数少ない人物。
そして、今回の私の取材対象。
謎が多い人物として知られる彼であるが、その中でも最大のなぞと呼ばれているのは、莫大な富を一瞬で稼いだ方法だ。
国税やFBIといった各捜査機関がいくら調べても一切の問題が発見されず、それどころかクリーンなイメージをさらに確固にするだけだった。
「この度は、私の取材依頼に応じてくださってありがとうございます」
案内人ともども私は窓際にある椅子へとあんなされた。
背もたれ付きの、良くスプリングが利いた本革の椅子で、腰掛けても抜群の安定さで姿勢を正してくれる。
「僕ももう年だ。そろそろここらで取材に応じてもいいだろうと思ってね」
彼も同じような椅子に腰かけると、案内人に彼女に――つまり私のことだが――コーヒーをと指示を出していた。
「それで今回の取材につきましては……」
「ああ、僕の秘密を知りたい、ということだったね」
ここで彼はふと壁際のある場所を指さした。
そこには古ぼけた一つのドアがはめ込まれていた。
「あれは」
「トイレのドアだよ。そして、僕の大いなる秘密の中核だ」
言っている意味が全く理解できない。
だが彼はそのことに気づかないようにしているのか、私にその話の顛末を、簡単ではあったものの話してくれた。