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隔離された島で忌まわしき者達に育てられた俺は本土では割と強いようです。  作者: シニスター
〜第一部〜始まりの地・流刑島
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滅亡

 トールの森を抜けると広い田園地帯が拡がっていた。しかしどの田んぼも干からびており、深刻な食糧危機が起こっていることは想像に難くなかった。

 そしてしばらく田園地帯を走っていると向こうに見えてきたのは、大きな村だった。

 俺は百足から降りると森の中に戻る様に指示した。無用な警戒を避ける為には仕方がない。

 そして村を目指して歩く。


 村に近づくにつれてその惨状に息を呑む。道端には痩せ細った遺体が転がっている。疫病も蔓延しているのだろう。その遺体は絶望の表情を浮かべたまま息絶えていた。

 俺はせめてもの弔いに目元に布を被せる。


 疫病対策の為に薬液を染み込ませた布をマスク代わりとして口元に被せる。


 村に入ると先ほどより酷い状況に自分の目を疑う。そこには人は一人もおらず、遺体がそこら中に転がり、人間同士が争った形跡も見られる。

 どうやら戦争後に治安が悪化。略奪が横行している様だ。


「この村も終わりだな・・・。」


 俺は死者たちの弔いの為に黙祷する。


「きゃあああ!!やめて!」


 村で一番大きい家。恐らく村長の家からだ!

 俺は走ってその家に向かう。そして迷わずに扉を蹴破る。


 俺はその光景に怒りを覚えた。複数人の男が泣いている少女を囲んでいる。その隣には血溜まりの中に女が倒れている。

 男たちは俺を睨む。


「ああん?なんだテメェ?」


「殺されてえかこのガキ?」


 するとまとめ役らしき男が前に出る。


「まあまあ落ち着け。おい小僧。」


 その男は俺の手にナイフを握らせる。


「お前もこの戦争を起こしたこの一家が許せなくて来たんだろ?実は俺たちもそうなんだよ。」


 男は下衆な笑みを浮かべる。


「なあ、これは悪の系譜を討つチャンスだろ?そしてやらせてやるよ。」


 ナイフは何度も人を刺しているのか刃こぼれをして血に汚れている。


「殺せ。」


 男は驚くほど低い声でそう言った。


「ああ。分かった。」


 俺はナイフを男の首に刺す。


「あがっ、な、何故・・・?」


 男はその場にドサリと倒れる。


「テメェ!!小僧!!」


 男たちが襲いかかってこようとしたその瞬間。俺は瘴炎を出し、襲い掛かる男たちに浴びせかける。

 男たちは手に持っていた凶器を落としてある者ゲラゲラ笑い出し、ある者は大声で泣き叫ぶ。


「ヒャハ!ヒャハハハハハハッ!!」


「やめてぇ!!俺を赦してくれえぇッ!」


 俺は瘴炎の本当の効果を知っている。人間の正気を蝕む炎。それ故に人間でない知能が低い者には正気を与える。頭の中に瘴炎を宿すのだ。それは病に似ている。

 それ故に殺さずして苦しみを常に与えることができる。だが。


 俺は心の中で念じる。


 すると男たちの目、耳、鼻、口から黄紫色の炎が噴き出す。そのまま男たちは地面に倒れた。


ーー正気を失ったままこの村で生きるのは地獄だろう。


 俺は心の中で男たちを静かに弔う。下衆な最期だったとはいえ、こいつらにも自分の考えがあったのだろう。色々なものに翻弄された人生だったのだろう。


 俺は少女を見る。歳の頃は12歳ぐらいであろうか。

 少女は俯いて泣いており、両足首から血が流れている。


「・・・。」


 かけるべき言葉が見つからない。少女の姿に胸が痛む。

 俺は。


「・・・。」


 無言のまま少女に触れる。少女は俺の指が触れた瞬間ビクッと震える。俺はそのまま少女を抱き上げ、村長の家を後にした。


 村にはあちこちで火の手が上がっていた。もう人間たちの村は終わりだろう。

 俺は心の中で百足を呼ぶ。


 鞄から薬液を取り出し、少女の足首を見る。そこは深く切られていて、まだ血がダラダラと流れ続けている。

 薬液を布に染み込ませて足首に巻き付ける。


「ッッ!!」


 少女は声にならない悲鳴を上げる。


 俺はそのまま布をきつく巻き付ける。そしてその上に乾いた布を巻き付ける。

 

 俺が手当てをしている間に百足が来ていたようで、少女を抱き抱えたまま百足に跨る。


 滅び行く人間の村を後にし、トールの森に入る。


 少女は強くブルブルと震えている。俺は強く抱きしめる。少女の心がどこにも行かない様に。行けないように。

 しばらく進んでいくと森が暗くなってきた。このまま行っても危険だ。

 俺は鞍から野営道具を取り出し、百足に木を切り倒すように命令した。百足はその強靭な顎を使い一噛みで木を倒してしまう。

 俺は野営の準備をしながら百足に木を解体するように指示をする。


 俺が野営の準備をしている間も少女は虚な目をして震えていた。


 俺は百足が解体してくれた木を薪にして焚き火を作る。そして火打ち石で火をつけた。その上に鍋を乗せて水を入れ、米を入れる。

 少女を焚き火の近くに座らせて無言のまま抱く。


 百足は俺たちを囲む様にとぐろを巻いてくれている。これで外敵は大丈夫だろう。


 俺はぐつぐつと煮える鍋を見つめながら少女を抱きしめ続ける。そして血まみれになった足の布を取り替えることにした。

 血で汚れた布を取り払うと患部がよく見えた。両足首の腱が完全に切断されていた。


ーーこれでは立つことが・・・!


 俺はそのまま無言で新しい布を足首に巻く。その間にお粥ができていた。それを皿に入れ、木のスプーンで掬う。それを丁度いい温度まで息を吹きかけて冷ます。

 それを少女の口の近くまで持っていく。少女は口を開けてそれを口の中に入れる。口の端からお粥が垂れてくる。俺はそれを布で拭く。少女はとてもゆっくりそれを咀嚼して飲み込んだ。

 その瞬間少女の中の何かが決壊したのか、目から涙が溢れ出す。


 俺はお粥を置いて少女を抱きしめて頭を撫でる。


「ひっぐ・・・おかあさま・・・ひっぐ。」


「俺がついてる。俺が君を守る。絶対に。」


 俺は初めて少女に声をかけた。少女は俺の腕を強く握る。


「うわあああぁぁん!!おかぁさまぁ!!おかあさまぁ!」


 俺はそのまま少女を抱きしめ続けた。



ー ー ー



「で?人間の村は滅びたと?」


「ええ。その様子ですともう。」


「そうか・・・。」


 俺は今、城に来て王に会っている。

 村の様子を詳細に伝え、条約締結は無理との旨を話した。


「して、その子は。」


 俺が抱き抱えている少女をガルダン王が見る。


 少女は俺の胸中で強く目を瞑っている。この子にとって彼らは恐るべき魔物なのだ。


「この子は村で拾って参りました。」


 すると、王の臣下達がざわめき出す。


「静まれッッ!!!!」


 臣下達は王の気迫に押されて皆一斉に口を閉じる。


「ゲルマ。それはお前が正しいと思ってやった事か?それとも政治的な意図か?」


 王は俺の真意を見定めるように聞いてきた。

 俺は。


「勿論前者です。俺は俺の意志でこの子を連れてきました。」


「そうか。」


 王は口を閉じて静かに考え出す。そして少し経った頃歯を出してにいっと笑った。


「やっぱダメだな!俺は!王としては許すわけにはいかないが特別だ!お前が責任を持ってその子を育てろ!」


 俺はガルダン爺さんに向けて微笑みかける。


「良いところがタヌスに似たな。ゲルマよ。俺から臣下には言っておくよ。それとご苦労だった。辛い役目を任せたな。」


「いや。俺にしかできない仕事だった。王として正しかったよ爺さん。」


「お前って奴は!」


 ガルダン爺さんは玉座から立とうとしたが、後ろでおっほんと咳払いが聞こえた。


「はははっ!すまんな!王というのは案外肩身が狭いものだ。」


「いえ。分かっております。」


「ゲルマよ。臣下達が変なことを言い出さない内にその子を連れて家に帰れ。」


「ありがとうございます。」


「うむ。」


 俺は相変わらず震えたままの少女を抱きしめながら王の間を後にする。扉から出た途端に後ろから熱い議論の声が聞こえた。

 俺は面倒臭いことにならない内にその場を退散することにした。



ー ー ー



 俺は家に辿り着くと少女を椅子に座らせる。そして包帯を外す。

 特性の薬草は傷を見事に塞いでいたが、生々しい傷跡が残っている。この様子では歩くのは難しいだろう。


 俺は少女の血と泥で汚れた衣服を脱がす。それは上質なシルクの素材でこの少女が裕福な家庭に育った事の裏付けでもある。

 俺は綿の布を濡らして身体の汚れを拭き取っていく。その間も少女は一言も喋らず、俺の行為を黙って見ているだけだった。

 ある程度汚れを拭き取った俺は、箪笥からもう着れなくなったシャツを取り出して着せる。


 窓の外を見ると陽が傾いていたので夕飯の準備をする。

 帰ってくる途中に狩って解体した猪肉を焼いていく。今日はちょっと奮発して貴重な塩を振りかける。

 良い感じにこんがり焼けると俺は少女が食べやすいように一口サイズに焼けた肉を切る。それをさらに盛り付けて横にパンを添える。


 俺は食卓に座った少女に料理を持っていく。


 相変わらず少女は無言のままだが、腹が減ったのか料理に目が釘付けになっている。

 俺はその可愛らしい様子に頬を緩めた。


「よし、食べるか!」


 俺はナイフで一口サイズに肉を切って口の中に放り込む。

 やっぱり新鮮な肉は脂が乗っていて旨い。俺はそのままパンに齧り付く。まさに快楽。

 俺は少女を見ると、彼女も料理をがっついて食べている。


「うまいか?」


 俺は少女に訊く。


「は・・い・・おい・・です・・。」


 彼女はほとんど聞こえないようなか細い声でそう言った。


「そうか。ほら、どんどん食べろ。」


「は・・い!」


 彼女はそう返事をすると次々と肉を口の中に放り込む。


 とりあえずは飯をがっついて食べれるぐらいの元気が出て良かった。これから先のことはあまり考えていないが、自然に考えれば俺が彼女を立派に育てなければならないだろう。



ー ー ー



 食事後の歯磨きを世話して、俺のベッドを整えて少女をそこに寝かせる。

 すると。


「何故・・・ですか?何故私を助けたんですか?」


 俺はベッド脇の椅子に座る。

 少女は青い瞳を震わせながら俺の目を見ながら訊ねてきた。


「俺に似てたからかな?俺も親が殺されたんだ。あの時の気持ちを考えると居ても立っても居られなくて。」


「そう、なんですね・・・。」


 少女は静かに俯く。暗い雰囲気なので何か話題を振ろう。


「遅れてすまない。俺の名前はゲルマ。君は?」


「テューリィ・イル・ラスゴーです。」


 テューリィと名乗った少女は何やら高貴な雰囲気を醸し出していた。それこそ年不相応な大人の女性といった感じだ。


「君は人間達の長の娘かな?」


「はい・・・。うちは元々ウーゼンシュタット帝国の貴族でした。でも、父が讒言の罪で流刑にされてこの島に来ました。そして父は野心を捨てきれずにこの様な事に・・・。」


 テューリィの目には涙が浮かんでいる。この子はこの歳にして波瀾万丈な人生を送っているようだ。

 俺はテューリィの手を握る。


「今は眠るんだ。これからは俺がすぐそばにいる。護ってやる。」


「ありがとう・・ございます・・。」


 テューリィは瞼を閉じるとすぐにすーすーと寝息を立て始める。彼女にとっては今日一日色々なことがあったのだ。とても疲れていたはずだ。

 俺はテューリィの手を握ったまま瞼を閉じた。

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