卑術との出会い
名もなき島、そこは古代より流刑地として利用されてきた。
流刑に処された者は生きてその島から帰る事は叶わないとされている。噂では忌まわしき者どもが邪悪な神を信仰して異形の怪物に変えられたという。それが魔物となりこの島に蔓延っていると。
実際はは古代に異教徒として追い出された亡国の王族が移り住んだ島だった。神呼びの儀式を行い、そして失敗して産まれ落ちた哀れななり損ない達が島を占拠しているといった状況だ。
なり損ない達は人間に似ているがその肌は薄い紫色であり、かなり排他的な民族である。そして全員が老人であり歳を取って死なない。
これは俺がそんな人達に育てられて本土で立身出世していく物語だ。
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「じいちゃん!薪取ってきたぞ!」
「ありがとう。そこに置いといてくれるかの?」
タヌスじいちゃんは大きな鍋をかき混ぜている。
「じいちゃん!何を作っているんだ?」
「卑術に使う薬液よ。お前が触れると溶けてしまうぞ!」
タヌスじいちゃんはホッホッホと意地悪そうに笑っている。
「そういえばお前は今何歳になるかの?」
確か、熱季を13回過ぎたって前回の熱季の時に言っていたから。
「14歳だと思う!」
「それは間違いないかの?」
「ああ!」
「左様か。」
タヌスじいちゃんは長い顎髭を指で撫でながら何かを考えているようだ。
「どうしたんだ?じいちゃん?」
じいちゃんは鍋を混ぜる棒の動きを止める。
「ゲルマよ。お前は卑術を学びたいか?」
じいちゃんはいつにもなく神妙な面持ちで俺の目を見つめてくる。生まれて初めて見る顔だ。
だが俺の答えは決まっている。
「勿論だ!」
そう。幼い頃から何度も見せて貰っているその卑術という技はみんなが使っている魔法とは違い神秘的であり、一味違う格好良さがあった。(少なくとも俺はそう感じている)
「ふむ。卑術の道は長く険しい。文字通り苦痛を味わうことになる。それでも良いか。」
「覚悟はできいるよ!師匠!」
「茶化すでないわッッ!!」
いつもは細められている目が今はカッと見開かれている。俺は初めて見るじいちゃんの怒りに驚いた。
「オッホン。」
そしていつものじいちゃんに戻る。
「覚悟はあるか?」
「はいッ!あります!!」
「よろしい。では付いてきなさい。」
じいちゃんは鍋にかけた火を止め、杖を持つと古びた鞄を物置の奥から取り出す。
「これを持っていなさい。」
俺は鞄を受け取る。結構年季が入っているようで持ち手の部分はザラザラとしており少し擦っただけで劣化した革がポロポロと落ちる。
「さあ、行くぞ。」
じいちゃんは杖をつきながら家を出た。俺も後に続く。
山道を歩いていくが、街に行く道とは逆方向だ。
「じいちゃん、俺はどこに・・・」
「・・・」
じいちゃんは黙って前を見据えながら歩いている。
いつもは行ってはいけない森の奥へとどんどん進んでいく。進んでいくごとに森は薄暗くなっていき、次第に見たことがない植物や虫が現れ出す。
俺はそれを不気味に思っていると突然じいちゃんが止まった。
「ここらで良いか…」
振り向いたじいちゃんの眼は緑と紫を混ぜたような色でキラキラ光っていた。
「まず、卑術は杖を媒介とし魔法を放つのではなく、己の肉体を媒介とする。これは魔の法を離れし、忌まわしい技よ。」
「そんなことが出来るのか?」
「勿論出来る。だがお前はひどく苦しむことになるだろう。」
じいちゃんは古びた鞄からキラキラと緑紫色に輝く石を取り出す。
「これは、蝕火石。卑術の触媒として最も適した結晶じゃ。これをお前に埋め込まねばならぬ。」
キラキラと怪しく光る石に俺は魅了されていた。
「さあ、飲めい。」
3センチくらいのその石を俺は受け取る。そして意を決して石を口の中に含んでそれを喉の奥に流し込む。
「うぐっ!」
飲み込んだその瞬間に喉から腹にかけて強烈な痛みが俺を襲う。俺は耐えられずにその場に倒れ込んでしまう。
それはまるで体の内側をムカデがところどころを噛みながら歩き回っているかのような痛みだった。
「ああ!!!痛いッッ!!じいちゃん!!!」
「辛抱せいっっ!!息子よ!!大丈夫じゃ!」
じいちゃんは俺の手を握りながら体に緑紫のオーラを纏わせる。
「おお女神よ・・・この哀れなる落とし子に御慈悲を。」
すると何事もなかったかのように痛みがゆっくりと引いていった。
「フム。まずはおめでとうといったところじゃな。蝕火石はお前の心の臓と同化した。これよりお前は人でありながら卑術の杖である。そして、探究の道が待っておる。そしてワシの事を師匠と呼ぶように。」
「でも、さっきは茶化すでないって。」
「あの時お前はまだ卑人では無かった。」
「そんな理不尽な・・・。」
「ホッホッホ。卑人としての心構えをまずは教えねばなるまい。」
じいちゃんは鞄から小瓶を取り出す。
「それはさっき煮込んでいた・・・。」
「そうじゃ。強力な酸よ。触れたものを全て溶かす猛毒じゃ。これはワシらのあり様じゃ。ワシら卑人はこの液体を燃料として卑術を使う。どれ。見てみい。」
じいちゃんは小瓶の栓を抜くと一気に中身を全て飲み干した。そして目が先ほどの様に輝き出す。
そして森の奥の方に手を伸ばす。
「破ァッッ!!」
そう言った掛け声を出すと手から緑紫色の炎が迸る。それは液体の様に前方方向に拡散して飛び散った。
その炎に触れた木々や草花は一瞬の間に朽ち果てて、茶色のチリと化していった。
「これが卑術の基本技。手より毒炎を放出する技じゃ。」
初めて見たその技に心が躍る。
「か、カッコいい!!なんか技の名前とかあるのか!?」
「手より毒炎を放出する技じゃ。」
「ええ!?じゃあ俺がつけてもいい!?毒炎迸出とかどう!?」
「手より毒炎を放出する技じゃ。」
「ちぇっ。でも名前がないのもかっこいいな!」
「だから言うておろう。手より毒炎を放出する技と。」
俺はその技をやりたくて、すぐさま小瓶を開けて中身を飲み干す。
その瞬間、先程と同等かそれ以上の痛みが喉と胃を襲う。俺は自分の喉を掴んでまたそのまま倒れてしまう。
「おっと。言い忘れておったわ。じゃがそれも良い教訓となろう。ワシを師匠としてしっかりと尊敬するならばその痛みを取り除いてやろう。」
「ガッ!し、ししょー・・・」
俺は痛む喉を押さえながら必死にじいちゃんを見つめる。
「よし。」
じいちゃんはしゃがみ込んで俺の喉に手を当てた。すっかり痛みは引いていき、酸を飲み干したにしては身体はなんともない。
「基本中の基本。酸を飲めばそりゃ痛いわい!ホッホッホ!」
じいちゃんはまたしても悪戯そうに笑っている。
「だって師匠はあんなに余裕そうに。」
「何年あれを飲み続けておると思っておる。今でも強烈な痛みに襲われるがそれを乗り越えてこその強力な卑術よ。まあ、一瓶で大分持つからそれが救いなんじゃが、今でも飲むのには覚悟がいるわい。それほどまで強い力には強い代償が伴うと言うものよ。そしてそれを飲んだとて、お前にはまだ毒炎は出せん。」
「じゃ、じゃあ、俺は飲み損?」
「いや、その力はお主の体の中にある蝕火石に蓄えられておる。心配するでない。使う限り無くなりはせんよ。」
俺はまた酸を飲まなきゃいけない事になるかと思っていたが、しばらくは飲まなくていいことにホッとする。
「さて、今から家に帰って授業じゃ。知識あっての技よ。さあさあついて参れ。」
「え?ここに来たのって?」
「ワシの毒炎を放出する技を見せたかったからじゃ。家の近くでやれば景観が損なわれるからの。ホッホッホ!」
茶目っ気があるじいちゃんだった。