南下する冒険者達
「まずは南下しよう。南の国境からラテシアへ入る。」
「ナルホド。やっぱそのルートがいいっスかね。」
帝都から出た俺たちは歩きながら地図を見てこれからの方針を練っていた。
「じゃあよ、このまま進んで行ったラヴィティアの町で駅馬車に乗ろうぜ。」
マッシモが提案してくる。
「確かにそれが一番楽だろうな。ではそうしようか。」
「なら帝都から乗ったほうが良かったんじゃないか?」
マルコムが言った。
「おいおい新人。帝都出の駅馬車はめっちゃ高えんだぞ。冒険者ならこれぐらい知っとかないとやっていけねぇぜ。全く。」
「へへっわりぃわりぃ。」
マルコムが頭を掻きながら笑う。
「まぁラヴィティアまではそこまで危険じゃない。3日ほど街道を進んでいけば着く距離だ。」
「相変わらずリーダーシップを発揮してるねぇ。ネビュロス君!!」
パトリツィアが揶揄うように言ってきた。
俺はとりあえずそれを無視して、ラテシアまでの道順を考える。
安請け合いをした自分を呪いたいところだが、まあこれも運命なのかもしれない。
出来ることはやろう。
「っていうかヨォ。このまま歩いて行くっていうのは芸がないやなぁ。」
マッシモが呟く。
「冒険というものはだな。こういった地味な積み重ねが大事だ!英雄譚のように派手ではない!」
「分かってるよ。ただ愚痴りたくなっただけだよ。」
夫婦喧嘩か。まあ、巻き込まれず側でやられる分には構わない。
「でも俺は分かるっスよ!皆んなその派手さに惹かれるのに実際は地味な依頼が多いッスもんね!」
「ふっ。新人にはまだそんな機会は訪れねぇよ。」
「あー!また先輩風吹かせてくるッス!」
俺は地図を鞄に仕舞って、そのまま中から干し肉を取り出す。少し腹が減った。
一齧りして、それを咀嚼する。
「相変わらずマイペースだな。」
「ッスね。」
ん?何か悪い事をしたか?
ー ー ー
そのまま街道を歩いて行くと俺たちはあるものを発見した。
「おい、あれって!」
マルコムが叫びかける。
「静かに・・・。」
ラクサがマルコムの口を押さえる。
良い判断だ。
少し先に壊れた馬車。そして複数人がその周辺を歩いてるのが見えた。
恐らくは野盗。
「お天道様がまだてっぺんだってのに。奴ら相当自信があるようだな。」
マッシモの言う通りだ。野盗にしては浅はかというか、まるで自分たちの存在を誇示しているかのようだった。
「どうする。リーダー・・・。」
パトリツィアの目が暗く輝いている。
ふっ。その顔では聞いてきた意味がないじゃないか。漏れ出ているぞ。殺気が。
「勿論潰す。」
俺は上がりそうな口角を抑えながら言った。
「それを聞いて安心した。彼らの愚行は到底許せん。」
フランチェスカが安堵したような顔で言う。
「ったくよぉ。しょうがねぇなっ。」
マッシモが腰に下げたサーベルを引き抜く。
「お、俺もやるッス!」
セクトゥスがカチャカチャと鳴らしながら剣を鞘から引き抜く。
声が震えているようだ。恐らく対人は初か。
「気負うなよ。持ち味を活かせ。」
「はいッス!!」
震えが止まったようだ。彼は意外と大物になりそうだ。
俺は振り返ってマルコムとラクサを見る。
マルコムやニヤつきながら大斧を構えた。ラクサは既に矢を弓に番えている。
「行くぞっ!」
「「「おうっ!!」」」
俺はショーテルを引き抜く!!
木々の間を駆け抜けて敵の元へと走る!!
「我は正義の騎士フランチェスカ!!野盗共よ覚悟しろッ!!」
ッ!?
奇襲が台無しだ!!
「て、敵襲だっ!!」
ブォーっと角笛が鳴らされる。合図かッ!!
「馬鹿共が!罠にノコノコ踏み込みやがって!」
チェーンメイルを着込んだ大男が唾を飛ばしながら叫んだ。
野盗にしては装備が良いようだ。兵士。いや、傭兵崩れか何かか?
立ち止まって見てみると馬車があった場所には肉の塊と何らかの儀式をしたような跡があった。
やはりただの野盗ではないようだ。
「1人だけ生け取りにしろ。他は殺せ。」
俺は仲間に伝える。
「はいッス!!」
セクトゥスだけが返事をする。だが他のメンバーも分かっているようだ。
「大口叩いてられるのは今だけだぜぇッ!!」
大男が2本持っていた手斧の片方を投げつけてくる。
とても速いっ!だが!
ヒュウッ!キンッ!!
俺が避けようとすると耳を掠めた矢が斧へとぶつかる。それはそのまま勢いを失う事無く木に刺さった。
ラクサめ。やるじゃないかッ!!
俺は身体を揺らしながら大男の懐に潜り込む。
「このッ!!」
大男が持っている斧が振り下ろされる。
だがそれより早く俺は男の腹を切り裂くッ!!
「ぐあああッッ!!??」
男は腹を押さえながらゆっくりと後退する。
だが手の隙間からは血の塊が垂れてきている。これは長くはないな。
「て、テメぇ…!!やれ!お前らァ!!」
後ろに控えていた野盗共が走ってくる。
「三下だな。」
マッシモが敵の槍の攻撃を受け流し、サーベルで喉を突く。
それは容易く貫通し、野盗は絶命する。
「ったく。弱すぎだっての。」
マッシモがそのままサーベルを横薙ぎに引き抜くと敵の首はそのまま落ちた。
「うおーーッッッ!!」
マルコムの大斧が一気に2人の野盗を切り裂いた。
そして勢い余った斬撃は木をも薙ぎ倒す。
木陰から飛んでくる矢は正確に敵の眉間を貫く。
ラクサのドワーフが故の腕力による射抜き。恐れ入った。
「ッ!覚悟!!」
フランチェスカが大盾で敵の攻撃を弾き、体勢を崩したところにモーニングスターによる一撃。
敵の頭が粉砕され中身が飛び散る。
恐ろしい限りだ。
そしてだ。
パトリツィアは手に岩を纏いながら拳で次々と敵を粉砕して行く。
まるで狂犬のようだ。
「岩石のパトリツィア・・・か。」
彼女の二つ名だ。
彼女は魔法を使う才能がある。だが並の魔術は好きではなかったそうだ。
岩石魔術。それを極めるのを良しとした彼女は人の身でありながら杖無しで魔術を振るえるという。
彼女は敵に斬られるが、その部分を岩石化して身を守っている。
つくづく恐ろしいな。だが、頼もしい。
「く、クソッ!俺らが・・・!!」
地面でうつ伏せになりながら大男が呟く。
「運が悪かったな。それなりに腕には自信があったようだが・・・。」
俺はショーテルで彼の頭を切り落とす。このまま苦しむよりはマシだろう。
「おいおいネビュロス!見学はいいけどよッ!お前も戦ったらどうなんだ!?よっと!」
マッシモが攻撃を躱しながら文句を言う。
確かにそうだな。
俺はショーテルを構え、盾を持った敵の元へと歩み寄る。
「く、来るなッ!!」
男は盾を構えながら剣の切先をこちらへと向けてくる。
俺はショーテルで盾ごと男を切り裂く。
「ぐぁッ・・・。」
「ヒュウ。やっぱ何度見ても恐ろしい切れ味。いや、お前の技術か?」
「両方。だな。」
「やはり貴方は強い御仁だ。」
どうやら敵の殲滅が終わったようでフランチェスカが鎧を血まみれにしながら歩いてくる。
「うぉらッ!!」
声がした方向を見ると、セクトゥスが彼より一回り大きい男と戦っていた。
大剣相手か。彼の剣では少し分が悪そうだ。
「ぐっ!ッ!!」
敵の大剣の振り回しをセクトゥスが必死に弾いている。
「おらおら!どうしたッ!!小僧がぁッ!!」
「俺は・・・負けないッス!!」
渾身の力を込めてセクトゥスが振られた大剣を弾き飛ばす。
「なっ・・・!!!」
「これで・・・!」
すると横から岩の拳が飛んできた。
それは男の頭を捉えた。そして男はそのまま白目を剥いて倒れてしまった。
「な、なな!!」
「ふぅ。これで片付いたね。」
パトリツィアが袖で汗を拭う。
「何するんスか!?お、俺が!」
セクトゥスが抗議の声を上げる。
「ん?だってコイツ。最後の1人だろう?」
周りを見渡すと死体だらけだった。もはや声を上げるものはいなかった。
「心配しなくていい。気絶するぐらいで済ませてるからね。」
セクトゥスはわなわなと肩を震わせて、そしてため息をつく。
「はぁ・・・。俺って弱いんスかね・・・?」
仕方がない。
「そんな事はない。相性が悪い敵を追い込んだんだ。誇ってもいいだろう。」
「え・・・!?」
セクトゥスの顔がぱあっと明るくなる。
「お、俺が!!ネビュロスに褒められたっス!!もっともっと!褒めてくれッスよ〜!!」
・・・。
「前言撤回だ。一から出直せ。」
「え〜!!嫌っスよ〜!」
「ぶっ、あははははッ!!」
パトリツィアが笑う。
「ふっ。ま、新人にしては上出来だ。」
「お!マッシモさんも褒めてくれるッスか!?」
「私も褒めるぞ。」
フランチェスカも悪ノリが過ぎる!!
「・・・私はそんなに褒めない。」
いつの間にかラクサがいた。
「そんなにって事はちょっとは褒めてくれてるっスかね〜!?」
相変わらず調子に乗りやすいところは変わらんな。
「可愛いじゃないの。彼。」
パトリツィアが俺の肩に手を置きながら耳元で囁いてくる。
「・・・。」
俺は無言で彼女の手を払いのける。
「ちぇっ。冷たい男だね。」
「うるさい。それより・・・。」
俺は気絶した男を見る。
げっそりと痩せ細っていてやはり不気味だ。
どこからあの大剣を振り回すほどの力が出ていたのだろうか。
「フランチェスカ。」
パトリツィアに呼ばれた彼女はうんと頷くと、モーニングスターを掲げて詠唱を行う。
「天におわす神よ。彼の傷を癒し給え。」
すると痩せ細った男の周りに薄い金色の魔法陣が現れる。
すると男はゆっくりと目を開けた。
「おっと。動こうったって無駄だぜ。」
マッシモがサーベルを男の喉元に突きつける。
「ひぃっ!?や、やめてくれ!」
分かりやすい反応だな。
「さぁ、白状するんだ。お前たちは何者なんだ。」
驚くほど冷たい表情でパトリツィアが男に問いかける。
「お、俺たちは・・・!ただの野盗で・・・!!」
彼女の顔が一瞬歪む。
彼はどうやら彼女を怒らせてしまったようだな。
「大概にしなよッ・・・!!!」
パトリツィアは男の顎を蹴り上げるとそのまましゃがんで彼の髪を掴む。
「そんな見え透いた嘘はお見通しだ!!」
男は鼻血を流しながら。
「い、言えねぇんだ!!言ったら俺は・・・!!」
今度はパトリツィアの拳が彼の顔を歪ませる。
「ぐあっ・・・!!」
「さあ、言うんだ。」
「パトリツィアさんってあんな感じなんスか・・・?」
セクトゥスがひきつった表情で俺に聞いてくる。
「アイツの本性だよ。血を見るのが好きなんだ。拷問だって彼女にとっては血を見る手段だ。」
そう。何度か共に依頼をこなした間柄だから分かるのだ。
彼女は『恐ろしい人間』なのだと。
「やれやれ。」
マッシモが呆れた表情でサーベルを鞘へとしまう。
「言えッ!!言うんだッ!!早くッ!!」
一単語ごとに彼女の拳が彼の顔を抉っていく。
「も、もう・・やめ・・ブフッ・・・!!」
「そこまでだ。」
俺はパトリツィアの肩に手を置く。
「・・・!ごめん。どうやら我を忘れてたみたいだ。」
「はぁ・・・。」
ため息が漏れ出てしまう。
俺はカバンから紫色の薬を取り出すと意識が朦朧としているだろう、痩せ細った男の口から流し込む。
男の目は虚になり、何本もの折れた歯と血が口から溢れる。
「神事・・・です・・・。」
男は真実を語り出す。
「我らが神を讃えていました。」
我らが神・・・?
ここら辺りだと豊穣神サビルヌスが主流か。だが彼を讃える儀式はまた生贄を捧げるこういったものとは別だ。
「神の名前を教えろ。」
「我らが神の名前はありません。あるのは存在していたという真実のみ。宇宙より飛来した石の中に見出されました。」
「隕石の事か?」
「いいえ。宇宙より飛来した石板です。我らの思想に宿りました。」
宇宙より飛来した石板?話がややこしくなってきた。質問を変えるか。
「お前の素性を教えろ。」
「ロウウェルシュタイン公国隠密。リヒター・ベリッツ様にお仕えしております。」
リヒター・ベリッツ。聞いたことがあるような。
「公国の隠密がここで何をしていた。」
「我らが皇帝は嘆いておりました。シュワルツシュタットの悲劇を。それを繰り返さない為に我々隠密を世界中へと遺物集めに繰り出しました。」
話が読めてきた。
「やはりこの件は無視できんな。パトリツィア。」
「何?」
「遺物を破壊する。石板とやらには精神干渉系の魔法が付与されている可能性が高い。彼らのような隠密に効くならかなり高位の物だろう。」
俺は再び男に向き直る。
「石板とやらはどこにある。」
男は薄ら笑いを浮かべる。
「この先に行った川沿いの洞窟に。そこで我らがッ・・・!?」
彼の口から血と共に石の塊が大量に出てくる。
「おいおいッ・・・!!」
マルコムが呟く。
男は大量の石を吐いた後にその場に斃れる。
「・・・。」
彼だったものは笑みを浮かべていた。