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記憶喪失の冒険者

 シュワルツシュタットの大災害から4年が経った。 

 ロウウェルシュタイン公国の南西では未だにラヴィアが建国した合衆国と公国軍の小競り合いが続いていた。


 しかし3ヶ月ほど前の大規模な決戦。

 『シュワルツシュタット跡北部の決戦』では見事合衆国軍が勝利。公国の勢いは弱まり、その影響力が各地で薄まりつつあった。


「号外!号外だよ!!遂にロッテシュタットが陥落!!」


 まるで他人事の様に隣国の戦況が伝えられる。

 どうやら市民にとっては娯楽扱いなのだろう。


 ロウウェルシュタイン公国東のテグルス帝国。

 その中でも中央に位置する帝都ベラチッタ。


 そこのギルドに一人の男が佇んでいた。


挿絵(By みてみん)


 名を『ネビュロス』という。



ー ー ー



 俺には記憶が無い。

 どこからやってきてどんな生き方をしてきたのか。


 ただぼんやりと感じるのは『思い出してはいけない。』という事だけだ。


「おーい。ネビュロス!」


「・・・何だ?」


 まだ年若いであろう冒険者が馴れ馴れしく話しかけてくる。


 こいつの名前はセクトゥス。まだ冒険者になって1年も経っていない新米だ。

 この間一度だけチームを組んだら気に入られたらしく、何度も彼らの新米チームに誘われている。


「今日こそ答えを聞きにきたッスよ!!」


「もう答えただろう。俺は誰とも組まない。」


 ソロ冒険者の方が何かと楽なのだ。それに他人との関わり合いなど面倒しか生まない。


「そんなこと言わずに。騙されたと思って!」


 セクトゥスは両手を合わせて必死に頼み込んでくる。

 そこまでされると少し哀れに感じないでもない。だがここで流されるままにチームに参加してしまうと後々面倒な事になるのは火を見るより明らかだ。


「失せろ。」


「オーケーオーケー。今日は気分じゃ無いんスね!?また明日来るッス!!」


 面倒臭い・・・。

 なんておめでたい脳ミソをしてるんだ。


 セクトゥスはそのまま自信満々気に去っていった。


「もうそろそろ潮時か。」


 ここら辺も新人が増えたという事はそれほど危険な仕事は無いという事だろう。

 つまりは金儲けには適さない。


 俺はあと数回依頼をこなして次の街に行こうと決心をする。


 兎にも角にも依頼をしなければ始まらない。


 俺は依頼が貼られている掲示板を眺める。


 ホーンラビットの討伐及びその肉の納品。

 ホーンラビット自体は弱いが、逃げ足が速い。

 肉を手に入れるのは一苦労だ。そして報酬が銅貨7枚。どう考えても割に合わない。


 次は・・・。

 ファイアアンデッドとその群れの討伐か。

 炎を身に纏った不死人。なぜか燃え尽きることが無いという。倒すのに時間はかかるが報酬は銀貨7枚で割に合う。


 俺はその依頼書を取り、受付へと向かう。


「悪いがこの依頼を頼む。」


 受付の男はメガネを掛け直しながら高慢さを孕んだ言葉で。


「困りましたねぇ。その依頼を受けるには条件がありますよ。」


 男は見下す様な顔でニヤつく。


「・・・条件とは?」


「コッパークラスの冒険者が後2人必要ですねぇ。チームを組んでもらわねばいけませんよ。」


「チッ・・・!」


 勝ち誇った様な表情がムカつく。

 確かによくよく確認しなかった俺に落ち度はあるが。


「その話。乗ったよ。」


 後ろを振り向くと、そこにはセクトゥスが立っていた。

 だが。


「あなたはまだアイアンクラスですので参加資格はありませんよ。早く帰りなさい。」


「はぁ!?そんなん気合いがありゃ充分じゃねえか!」


「道理の分からない人ですねぇ。決まりには従ってもらわないと。」


 面倒臭い。このままじゃ埒が開かないし今日は帰るか。


 俺は口喧嘩をしている受付の男とセクトゥスを置いてギルドから出て行こうとする。


「ネビュロス。アンタまた1人なのかい。」


 入り口付近に陣取っていたガラの悪い女。もとい冒険者のパトリツィアに絡まれる。


「いいだろう。別に。」


「良くないっての。」


 彼女は腰に手を当てながら俺の目の前まで歩いてくる。

 そして顔を覗き込んでくる。


「アンタ男前で腕が立つんだからもっと愛想良くしなよ。勿体無い。」


「愛想などいらん。」


「ったく。クールも極めると可愛げがないね。」


 愛想を振り撒く時間とヒマがあるなら鍛錬した方が良い。他にもその時間で色々依頼をこなせる。

 良いことずくめだ。


「孤立するのもいいけどさ。人間。1人じゃ生きていけないんだよ。」


「・・・。」


「よーく考えとくんだね。」


 すると彼女は手をひらひらと振って掲示板の元へと歩いて行った。


 分からない。人と仲良くするなど。

 仲良くしたところでいつかは別れる。永遠なんて存在しないのだ。

 愛したものは悉く・・・。


 愛したもの?俺は何を愛していたんだ?


「ぐぅッ・・・!?」


 キーンという耳鳴りと共に強烈な頭痛に襲われる。

 断片的に何かが見える。


 都だ。だがそれは破壊し尽くされていく。銀色のナニかに。


「・・・ッ!!」


 頭が・・・イタい・・・!!


 誰か助けてくれ・・・!


 俺はその場に蹲る。


「おい!・・ス!!返・し・!早・・・を呼べ・・・!!」


「・・・ぁ。」


 その瞬間意識が無くなる。そして暗闇を抜けた先は・・・。



・・・



「っ!!」


 俺は飛び上がる様に起きる。


 まただ。

 気を失ったと思ったら次の瞬間には覚醒している。


 辺りを見渡すと、どこかの町医者の病室といった佇まいの部屋だった。


 最近は特に発作が酷い。


「・・・起きたかね。」


 皺のある顔で爺さんが問いかけてくる。きっとここの医者なのだろう。


「ああ。」


「あの冒険者の娘に礼を言うんだな。急に駆け込んできた時はびっくりしたが。」


 気を失う前の記憶。

 そうか。パトリツィア。彼女が。


「さ、元気になったからにはもう用はないだろう早く帰りなさい。」


 爺さんはそう言うと無言で手のひらを差し出してくる。


 そう言うことか。


「世話になった。」


 俺は腰袋から銀貨2枚を出して医者に渡す。

 

「どうもね。」


 爺さんはブスッとした顔のままで金を受け取ると、そのままどこかへと消えてしまった。


 俺は枕元の机に置いてあった一杯の水を飲み干すとそのまま診療所を出る。


「ネビュロス。」


 そこに立っていたのはパトリツィアだった。


「礼は言わん。」


「アタシもタダで助けたワケじゃないよ。しばらくアタシ達のチームに合流してもらうよ。」


「・・・。」


 この後に及んでは仕方ないか。借りを作ったままでは気持ちも悪いしな。


「いいだろう。ただ3回だ。3回だけだ。」


 3回ぐらいの依頼ならば文句あるまい。


「はいはい!」


 彼女は笑みを浮かべて腕を差し出してくる。


「・・・。」


 俺はあえてそれを無視する。


「・・・早速ギルドに行くぞ。」


「全く。本当に可愛げの無い。」



ー ー ー



「お前。わざとだろ。」


「ワザとじゃありませ〜ん。」


「よろしく頼むッス!!」


 セクトゥス・・・よりにもよってコイツと・・・。


「ネビュロス。アンタはまず人馴れしないと!」


「やっぱりわざとじゃないか。」


 今回彼女が受けた依頼は『サンドワームの討伐及びその皮の納品』


 サンドワーム自体ラテシアの砂漠地帯にしか生息していない。つまりはかなりの遠征依頼になる。

 行って帰ってくるだけで3、4ヶ月は経つだろう。


「これで3回のうち1回だからね。」


 時間制にしておけば良かったと後悔する。


「そうと決まれば早速出立したいところだが、今回はかなりの遠出だろう。準備は万全にしなければな。」


 遠征依頼は報酬が多い分そのための出費がかなり痛い。


「おっ、乗り気じゃないか。期待してるよ。」


 言っていろ。


「で、お互いのパーティーの仲間達はどうするっスカ!?やっぱ・・・。」


「心配しなくていいよ。ウチは全員参加だよ!」


 セクトゥスが俯く。


「俺たちのパーティーにはカネが無いッスからね・・・残念だけど。」


「あ〜、そこんとこだけどさ、物資とかアタシが用意してあげても良いよ。」


「マジっすか!?」


「・・・見返りは何だ。」


 つい口出しをしてしまう。

 冒険者にタダという言葉はない。新人に対するそれは特にだ。


「見返り?無い無い。ま、彼らの将来に対する投資?ってとこかな?」


 彼女の顔を見るに嘘をついている雰囲気はない。


「なら良いが。」


「というか、サンドワームには多すぎないッスか!?人員過剰というか。」


 鋭いな。確かにサンドワームは強力な魔物だがコッパークラスが2人いれば討伐するのは容易い。


「ま、アンタ達には見透かされるか〜。」


 彼女は懐から一枚の紙を取り出す。


『邪神調査』


 俺はその紙を見て顔を顰めた。


「邪神って・・・確かシュワルツシュタットを壊滅させたとか噂のアレっスよね?」


「実はなんだけど、ラテシアと合衆国の同盟はその邪神が関わっているのだそうよ。」


「それが俺たちになんの関係がある。」


 パトリツィアが待っていましたという顔でニヤつく。


「そこがミソなのよ。ギルドは邪神を世界の危機と認めたらしくてその情報を集めてるってワケ。」


「で?」


 パトリツィアはフンと鼻息を吐く。


「ここを見て!ココ!」


 彼女が指を指したのは賞金欄だった。


『情報次第』


 なんと曖昧な。


「つまりサンドワーム狩りついでに情報も得られたら一石二鳥。とか言い出さないだろうな。」


「その通り!」


 ・・・。


「はあ。」


 俺はため息を吐く。


「第一、俺たちが見つけられる様な情報はすでに国が手に入れてるだろう。ギルドは国と繋がっている。情報など。」


「ノンノンノン。」


 ・・・何だ。


「実はですねぇ。ワタシには自信があるんだよ。」


「自信ッスか?」


「そう。緑色の巨龍についての話は聞いた事ある?」


 緑色の巨龍。確かラテシアの北部。フラ砂漠に堕ちたという・・・。


「あそこで新しいダンジョンが見つかったらしいんだよ。」


「・・・。」


「元々地下に埋まってたダンジョンらしいんだけど巨龍の影響でダンジョンが変性したらしくて。」


 読めてきたぞ。


「つまりダンジョン攻略も兼ねているのか。」


「そうそう!あの巨龍は邪神の眷属という説が濃厚らしいしね。手がかりが見つかるかもってね!」


 確かに悪く無い話だ。カネにもなるだろう。


「俺たちも是非行きたいッスね!」


「・・・良いだろう。」


「決まりッ!」


 俺は差し出されたセクトゥスとパトリツィアの手を取る。


「臨時チーム結成ってとこかな。」


 彼女は満面の笑みを浮かべた。



ー ー ー



「待たせたッスね!」


 セクトゥスが冒険者2人を連れて歩いてきた。


 確かあのゴツい赤髪の男がマルコム。小さいドワーフの女がラクサだったか。


「お、久しぶりだなセンパイ。元気にしてたか?」


 マルコムが馴れ馴れしく挨拶をしてくる。


「・・・よろしく頼む。」


「相変わらずブアイソっていうか。ま、長旅になるんだから楽しくやろうぜ。」


 彼は俺の肩をポンポンと叩く。

 癪に障る男だ。


「・・・今回もヨロシク。」


 続いてはドワーフの女が挨拶をしてくる。

 目元は髪で隠れており表情があまり窺えない。正直不気味だ。


「・・・よろしく。」


 とりあえず適当に返す。


「ブアイソ同士気が合うんじゃねえか!?」


 マルコムが茶化してくるが無視をする。


「・・・マルコム。気にしないほうがいい。楽。」


「そこは、同意だな。」


「おいおい!俺に対する当たりが酷くねぇか!?なぁセクトゥス!」


「あ!え!?ソッすね!」


 急に振られたのかセクトゥスが困惑している。

 彼も彼なりにこのパーティーを纏めるのに苦心している様だ。


「お、新人(ビギナー)冒険者共!相変わらず元気そうじゃねぇか!」


 次に到着したのはパトリツィア一派だった。


 ツバの広い帽子を被り、顎に髭を生やした飄々とした男。

 確か名はマッシモだったか・・・?


「お、マッテオセンパイもよろしく!」


 マッテオだったか・・・。


「マッシモだボケ。センパイって言うなら名前ぐらいしっかり覚えとけ!」


 ふ。俺が間違えるはずもない。


「悪い悪い。」


 全く悪いと思ってなさそうな顔でマルコムは頭を掻く。


「ったくこれだから新人はよ。」


 マッシモは帽子のツバを人差し指と親指で摘んでやれやれと言った風に首を振る。


「おうネビュロス。久しぶりだな。確かドラゴンもどきの依頼の時以来か。」


「ああ。」


 ドラゴンもどき。アイアンレプタイルとバジリスクが交わって生まれる存在。

 あれはキツイ依頼だった。


「ま、ほどほどによろしく頼むわ。」


 マッシモが口に煙管を咥えて、口角を上げる。

 相変わらずキザな奴だ。


「マッシモ!失礼だろうが。」


 彼の後頭部を叩いた全身フルプレートの女は、フランチェスカだったか。

 確か彼の恋人だった筈だ。


「イッテェ。何しやがるってんだ。」


 マッシモがズレた帽子を直す。


「お前には何度も浮気されたな。今ここで精算したって良いんだぞ。」


「ったく。お前には敵わねぇよ。」


 彼はポケットに手を突っ込む。

 どうやら主導権は彼女にある様だ。


「彼の非礼を許してやってほしい。この通りだ。」


 彼女は姿勢を正して深くお辞儀をする。

 

 実は俺はこのタイプの人間が一番苦手だ。実直な武人。

 騎士道とやらに縛られて勝手に自らの力に枷を嵌める愚か者達だ。


「そんな。頭を上げて欲しいッス!」


 セクトゥスが慌てる。


「・・・気にしてない。」


「お、俺も気にしてないからよ、頭あげてくれよ先輩!」


 どうやら新人チームが萎縮してしまったようだ。


「ったく。アタシらはコレから数ヶ月旅を共にする仲間だよ。先輩後輩関係なく無礼講といこうじゃないか。」


 そこに割って入ったのはパトリツィアだった。


 俺が唯一彼女を認めている点。それは人柄だった。

 誰にでも親身になれる彼女はカリスマに溢れている。


「ま、それもそうだな。」


「そうっスね!」


「・・・うん。」


「ツィアがそう言うなら。仕方ねぇ。」


「ウム!」


 場がまとまる。


「と言うワケだ。全員含めてよろしく頼んだぞ!ネビュロス!」


 ・・・俺?


「あれ?伝わっていなかったか?臨時のパーティーリーダーは君にすると。」


「は?」


「あ、言い忘れてたッスよ・・・。」


 ・・・。


 イラつく小僧だ。

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