狂犬の後始末
「アケボノっ!そっちへ行ったぞ!」
「秘技!葉隠鋭斬!」
その剣は見事に獣の体を捉える。そしてあっという間に二分されたそれは暫く地面で暴れ回ると息絶えた。
「良くやった。アケボノ。」
「しかし、この様な稼業に身をやつすとは・・・。」
俺達は街に現れた犬の魔物。フレンジーハウンドを狩っている。なんでも人の肉の味を覚えた犬はこれに変貌するらしい。
好んで子供を襲うことから冒険者組合の駆除対象になっている。
「仕方ねーだろ。こっちもアリバイ作っとかねーと、後で怪しまれた時言い訳できねーだろ。」
「まあまあ、落ち着きなよアニー。アケボノさんも分かってるさ。ただ。格下の相手を斬るのは性に合わないだけ。でしょ?」
アルマフは嫌味たっぷりな表情でアカツキを見る。
「ッ!」
アカツキは静かに表情を歪ませる。
「落ち着け。アケボノ。安易な挑発に乗るな。それとファルダ。お前もいい加減にしろ。」
アルマフとアカツキはフンッといった感じにお互いの顔を逸らす。
この街に着いてから8日目。未だスパイチームとは合流できておらずチームが少しピリついている。
「はぁ・・・。」
俺がため息をつくと。微かに声が聞こえてきた。
「ソー・・!い・・しろ!!」
俺は声の主人の元へと向かう。
「ソーニャッ!!息をしてくれッ!」
そこには幼い女の子を抱えた、まだ10歳もいっていないだろう男の子がいた。
「うぅ!ソーニャぁあ・・・。」
俺は男の子の方へと歩み寄る。
「ちょっと見せてみろ。」
「え?」
俺は女の子の衣服を剥ぎ取る。
体にはいくつかの咬み傷と引っ掻き傷があった。きっと俺たちがさっき倒したフレンジーハウンドの手によるものだろう。
幸いまだ息はあるがかなり浅い。
「アニー!ちょっとこっちに来てくれ!」
するとアニーが駆け寄ってくる。
「あ、あのっ!どうかしたんですかっ!?」
「アールか。早くこの子に治療を。」
「は、はいっ!治療」
青色の光がその子の体を包み込む。これで大丈夫だろう。
「君も怪我をしているようだが。」
俺は男の子を見る。
近くには血で濡れたレンガが落ちていた。それの被害者はどうやら傍らに倒れている二体のフレンジーハウンドだろう。
「お、俺はいい!です。妹の!ソーニャの手当てを・・・!」
男の子はそう言うと静かに気を失った。
俺は男の子を抱える。
「この男子。相当な才能があるかと。」
アカツキが耳打ちをしてくる。
「ああ。分かっている。しかもこの歳でだ。これは使えるかもしれん。」
「我らがオデュッセアに招くと。」
「俺にも直属の部下が必要だ。心酔してくれる部下がな。」
「アルマフ殿ではご不満ですか?」
「彼はああ見えて底が知れない。それならば一から育てた方が恩で縛れる。」
「軍師殿は極悪人ですね。」
「ああ。俺は悪人だ。」
俺はその男の子を顔を覗き込む。短く刈り上げられた髪。鼻頭には真新しい傷。口はへの字に曲がっていて、頑固。そんな印象が見受けられた。
「あ、あのっ!タヌス様っ!治療が終わりましたっ!でも、その。」
俺は治療が終わった女の子を見る。
そこには体中に痛々しい傷跡が残った子供が横たわっていた。
「ぼ、僕の治療はあくまでも治癒力を強化するものです。だからその、これは、すみませんっ!あまりも傷が深くて!ぼ、僕も頑張ったんですが・・・!」
「ありがとう、アール。お前の頑張りは俺がよく知ってる。そんなお前が言うんだろう。疑いはしないさ。」
「あ、ありがとうございます!で、でも悔しいです。僕にもっともっと力があればっ!」
俺はアールの頭を撫でるともう片方の手で少女を抱える。
「取り敢えず宿に戻ろう。この子達のケアをしなくてはな。」
ー ー ー
頭がぐらぐらする。まるでいじめっ子のドルマに叩かれた時のようだ。
俺はゆっくりと起き上がる。
「大丈夫か?」
ぼやけた視界に映ったのは、優しげな表情をしたお兄さんだった。焦茶色の髪に濃いブルーの瞳。その優しげな目を見てるとつい最近、帰ってこなくなった母さんを思い出す。
「ここ・・・は?」
「君たち兄妹は怪我を負っていてね。心配だから俺の宿まで連れてきてしまった。まあ、その様子だと大丈夫そうだな。」
そうだ。思い出してきた。俺は妹を守ろうとしてあの狂犬達と。
妹。ソーニャは!?
「ソーニャ!ソーニャは無事なんですか?」
お兄さんはその優しそうな表情を歪ませる。
「ああ。無事ではあるが。」
俺は隣のベッドを見る。そこには顔半分に包帯を巻かれている妹が横たわっていた。
「俺は、俺は守れなかった・・・。ソーニャを・・・。」
視界がぼやけてくる。きっとこれは涙?
「君は立派に守ったさ。君がいなければ彼女は今ここにはいない。君が守ったんだ。」
「俺は守れた?」
「ああ。」
「うう。ヒグッ!うわああああ!!」
俺は泣いてしまう。母さんがいなくなった時も泣かなかったのに。
「心配しなくていい。これからは俺が君たちを守ってみせる。」
お兄さんは俺を抱いてくれた。その腕は酷く冷たかったがとても暖かかった。
ー ー ー
少年は泣き疲れたのか寝てしまったようだ。
「使徒様。どうされるおつもりですか?」
声がした方向を見るとアルマフが窓枠に座っていた。その様は月の光を浴びてとても妖艶に見えた。
「僕だけではご不満ですか?僕だけの忠誠では。」
「ああ。」
「そうですか。使徒様。私は貴方様を愛しています。この世の誰より。天よりも高く、そして海より深く。」
「そう・・・か。」
「受け入れては、下さらないのですね。」
アルマフは悲しそうに微笑む。
「良いでしょう。僕は僕のやり方で使徒様を振り向かせてみせます。僕だけで良いと思えるように。」
彼はそのまま窓から飛び出して暗闇に消えていった。馬鹿なことをしなければよいのだが。
アルマフ。お前の望みは何なのだ。
「う、うう。」
おっと。今度は妹の方がお目覚めか。
「お兄ちゃん・・・フィリップお兄ちゃん・・・。」
「大丈夫か?」
「お父・・・さん?」
少女は涙を流す。
「お父さん!!お父さん!!うぇえええ。」
俺は少女を優しく抱く。
「会いたかったよぉーー。会いたかった!!」
暫くこのままでいさせてあげよう。
しかしその声でフィリップは目覚めてしまったようだ。
「ソーニャ!どうしたんだ!」
俺は口元に人差し指を持ってきて静かにするようジェスチャーをする。
「・・・ソーニャ。」
「お父さん・・・じゃ無い?」
俺は泣き止んだ少女に微笑みかける。
「すまない。俺は君の父親では無い。だが拾った責任は俺にある。君たちを全力で守ろう。」
少女は不思議そうな顔で俺を見る。
「変なおにーさん。」
「こ、こらっ!ソーニャ!」
フィリップがソーニャを一喝するが、それを手で制する。
「いいんだ。」
俺は机の上に置いてあるリンゴを取って短刀で半分に切る。
「ほら。食べておけ。」
片方をフィリップに向かって投げて、もう片方は目の前のソーニャに渡す。
彼女は、すぐにリンゴにかぶりつく。またしてもその大きな瞳からは涙が溢れ落ちる。
「おいしい・・・!おいしいよぉ・・・!」
もう一方の兄の方は神妙な面持ちでリンゴを食べていた。
「まだお名前を聞いていません。よろしければお伺いしても宜しいでしょうか。」
そうか。その顔には訳があったか。
「故あってタヌスと名乗っているが、俺の名前はゲルマだ。よろしくな。」
「ゲルマ様・・・。どうか俺!いや私に剣を教えてください!せめてこの世の悪意から妹だけは護れるように!」
「君はそれでいいんだね?」
「はい!私はゲルマ様に忠誠を誓います!」
想像した通りの流れだ。だが敢えて俺は悩んだフリをする。
「一度剣を振る道を決めたのならば君は地獄に堕ちることになるそれでも良いのか?」
だが少年は強い意志を持った目で俺を見ながら答える。
「構いません!」
「なら良し。明日から特訓を始めよう。日が登った後正面にある俺の部屋に来てくれ。」
「は、はいっ!ありがとうございます!師匠様!」
俺はフッと微笑む。胸の奥が熱い。そうか。これが弟子を持つという感覚なんだな。
「では、今夜はゆっくり休めよ。」
俺は扉を開けて部屋を出る。
自由に操れる優秀な駒が手に入った。将来有望な剣士。それを縛る妹という存在。
今ここに神様がいるとするならば俺のこの顔は見せられないだろう。この歪んだ笑みを。
ー ー ー
「おはようございます!師匠様!」
「あ、ああ、おはよう。」
何故か俺は弟子に叩き起こされる。日が登った後とはいえ外はまだ薄暗いし街は眠っているままだ。
「さあ、稽古をつけてください!」
「・・・分かった。」
そこら辺はまあ、後々教育するとしよう。まずは師匠の威厳をとくと味あわせてくれよう。
俺たちは歩いて外に出る。路地裏に行くと彼にほうきを手渡す。
「すまんな。すぐに使える物はこれしか無くてな。」
「いえ、大丈夫です!」
「さぁ、早速だが打ってこい。」
フィリップはほうきを構える。なるほど、基礎はできているようだな。
「行かせていただきます!」
彼は地面を踏み締めて一気に距離を詰めてくる。中々素早い。
「だが、ぬるいっ!」
振り下ろされた打撃を手の甲で受け流す。
フィリップの体勢は一気に崩れ、隙が生まれた。
「っ・・・!」
俺が脳天に手刀を振り下ろそうとしたその瞬間、彼は前に崩れた勢いを使って前転して俺から距離を取る。
「やるじゃないか。」
俺は振り返ると同時に予め拾っておいた石を彼の顔目がけて投げつける。
しかし常人離れした反射神経でそれをほうきの柄で叩き落とす。
「これで少しは驚きましたか!?師匠!」
正直俺の想像を遥かに超えている。だがまだ攻撃に関しては素人だ。生まれ持った素質だけで戦っているのだろう。
相手が技術の無い天才で助かった。
「行きますよっ!!」
また踏み込みからの一撃を狙っているのだろう。今回こそは付き合ってやる。
俺はそれに合わせて踵から毒炎を出して彼を蹴り上げる。
「ぐあっ!!」
つま先が鳩尾にめり込む感覚。これは暫く息ができないだろうな。
そのままフィリップはゴミの塊の中に吹き飛ばされた。
ドンガラガッシャンと音が鳴り、中からネズミ達が這いずり出てきた。
「おーい。大丈夫か?」
「だ、大丈夫です・・・。」
ゴミの中から親指を立てた手が出てきた。
俺はそれを掴んで引き上げる。
「もう、手加減なさすぎです。師匠様。」
「スマンスマン!殺さない戦いってちょっとよく分からなくてな。」
彼は俺を不安そうな表情で見上げる。
「やっぱり師匠は人を?」
「ん?ああ。まあな。」
「俺もいつか殺す時が来るんでしょうか。人を。」
「だろうな。だが、守る者のために振った剣での殺しは同じ殺しの中でも気高く尊いものだ。」
「でも綺麗事を並べてもやはり殺しは殺し・・・ですよね?」
「まあ、な。要は納得できるか否かってことだよ。因みに俺は納得して殺してる。」
「割り切ってるんですね。」
「肉を食う時そいつの受けた苦痛を気にしてんじゃ食えないだろ。それと同じさ。」
「俺も、妹を護る為に。」
「その時はいつか来るさ。んじゃ、続きといくか!」
そうして俺たちは有意義な朝を迎えた。