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隔離された島で忌まわしき者達に育てられた俺は本土では割と強いようです。  作者: シニスター
〜第二部〜ロウウェルシュタイン公国編
13/32

夜。オデュッセアにて

 すっかり日も暮れ、死体達が随分と片付いた。


「悪虐領主ボルグ討ち取ったり!!」


 悪虐領主と呼ばれた男の首が槍の先に掲げられている。


 松明を持った市民達から歓声が上がる。日頃から溜まっていた鬱憤は膿となり今放出された。


 しかし駐留している海軍もこの件については黙っていなかった。成されたのは明らかな反逆。向こうからは攻めてこないにせよ、駐屯地の門は固く閉ざされており、全ての通行を断絶している。


「今すぐ投降せよ。オデュッセアは落ちたも同然。それなのにまだかの悪虐領主を庇い立てするか!」


 そしてその門の前にはラヴィア自らが立ち、兵士たちに対して投降を呼びかけている。


「しかし、もう後戻りはできませんね。姫様。」


「ああ。燃え始めた火は止まらぬ。やり遂げなければ。」


 俺はといえば、椅子に座ってその光景を見ながらリラックスしている。

 この様子だと数日は膠着状態だろう。無いとは信じたいがもし武力衝突になればまた多大な犠牲が生まれるだろう。


「む。少し刃こぼれしたか。」


 俺は砥石を取り出しこぼれた部分の刃を研ぐ。


「少しいいか?」


 どうやら今日のところは説得を諦めたらしい。


「遂に戦の狼煙が上がってしまったな。」


「ああ。始まったな。」


 俺は刃を布で拭いて光を当て、念入りに確認する。


「他の道は無かったのか?」


 顔を苦悩で歪ませながらラヴィアはそう呟いた。


「最善とは言えない。何せ少なからず市民が犠牲になったのだからな。」


「ではっ!」


「だが、長期的に見ればこのオデュッセアの街ではゆるゆると犠牲者が出ていたのでは無いか?それならば今その犠牲を断ち切った方が未来に出る犠牲が減る。」


「犠牲を無くすための犠牲。」


 俺はショーテルを鞘にしまう。


「ああ。だから今日犠牲になった者たちに最大限の敬意を払うことだ。彼らがいなければ何も始まらなかった。」


「お前は悪い男だな。」


 ラヴィアが寂しそうに微笑む。そして髪留めを解くと後ろでまとめ上げていた髪が降りてくる。サラサラとした髪に目が行く。


 ラヴィアは俺に対して初めて女としての自分を晒した。


「どうだ。私はただの女だ。それにこのクーデターは遂行できそうか?」


「ただの女があんなに華麗な突きができるか?市民を沸き立てる熱い演説が?」


「フッ。お前は随分と私を買っているのだな。」


「まっそう言うことだ。」


 俺は短刀を取り出して木の枝を削る。次に火をつける時に火種になりやすいようにする為だ。


「ところでお前は何歳なんだ?声に若さを感じるが、なにか壮年の様な慎重さも感じる。」


 別に嘘をつく必要もないだろう。


「今年で20になる。」


「んなっ!?」


 大袈裟にラヴィアがのけぞる。


「お前。その歳でそんなに偉そうに。」


「26など俺にとっては小娘同然だ。」


「おのれっ!愚弄するか!」


 ラヴィアは腰に下げているレイピアに手をかけるが、殺気を感じないその動きに俺は特に気にせず枝を削り続ける。


「フフッ。ハハハッ!胆力は一人前だな。その歳で相当修羅場を潜ってきたのだな。戦場において年なぞ関係ないと言うことか。」


「俺は本当に26は若いと思うがな・・・?」


 故郷の人々を思い浮かべる。

 その瞬間頭の中にあの勇者を名乗るの顔が思い浮かぶ。


 そうだ。奴を。


「ラヴィア。勇者。という者を知っているか?」


「勇者。噂は聞いたことがある。北方の地で繰り広げられている人と魔物の戦。その最前線で戦っているとのことだが。何せその活躍が凄すぎてな。明らかに話を盛っているとしか思えんのだ。」


「そうか。北の地か。」


 木の枝が折れる。ついつい力が入ってしまったようだ。俺は削った木片を布に包んで鞄にしまう。


「夜も更けてきた。今日はもう寝よう。」


「あ、ああ。お前はどこで寝るのだ?」


「ここで十分だろう。昼間散々活躍したからな。誰も俺の物を盗ろうとも思わないだろう。」


「いや。いかんな。功労者をこのような場所で寝かせては私の威信に関わる。来い!」


 ラヴィアが有無を言わせないような強い圧をかけてくる。

 

 まあそこまで言うなら仕方がないだろう。

 俺は誘われるがまま彼女について行くのだった。



ー ー ー



「こ、ここはっ!」


 連れてこられたのは妙に豪華な建物。昼間見た娼館だった。


「これは!まだ俺たち出会って間もないのに!」


「ばっ!!馬鹿者っ!」


 ラヴィアが顔を真っ赤にして反論をしてくる。


「これはその。徴収できた建物がたまたま娼館だったという訳でな!特に深い意味はっ!」


「姫様。ここで赤くなられては余計に疑われてしまいますよ。」


「うっ。五月蝿い!!」


 ラヴィアが咳払いをする。


「ともかくだ!ゲルマ。お前はここを拠点として使うこと。反論は認めんぞ。それと私はまだやる事があるのでここで失礼するっ!」


 彼女は背中を向けるとそのまま足速にその場を去ってしまった。

 エルンストは苦笑しそのままラヴィアを追いかけた。


「調子狂うなぁ。」


 俺は召喚の両開きのドアに手をかける。


 俺がドアを引く前に誰かが向こう側からドアを押したきた。


「おっと。」


 俺は出る人の邪魔にならないように一歩後ろに下がる。


「おや?あなたは。」


 顔を出したのは柔和な雰囲気を纏った女性だった。ゆるくウェーブがかかったロングヘアにおっとりとした垂れ目。そして決め手は豪華ながらも背中が大胆に見えるドレス!!


「あ、あのっ!そのっ!」


「まあ〜。あなたは昼間戦っていらっしゃった方ですね?お話は聞いていますよ。さあ。こちらへ!」


 俺は緊張してしまって無言のまま彼女について行く。赤いカーペットが敷かれた長い廊下を歩く。

 するとハッと何かに気づいたような仕草を見せた彼女が振り向く。


「今日はお疲れでしょう?まっ。鎧が汚れていますよ。もしお預けくださるなら明日には綺麗にしておきますよ?」


「でっ、ではお言葉に甘えて。」


 俺はその場で鎧のベルトを外して脱ぐ。


「まぁ。鍛えていらっしゃるのですね?」


 しなやかな指で俺の胸を撫でる。

 チェーンメイルの上から撫でられていてほとんど感触はないが、ついたまらずに俺はぶるぶると震えてしまった。


「英雄様も鎧を脱いでしまえば一人の男性なのですね。」


 彼女は柔和な微笑みを浮かべる。


「兜もお預かり致しましょうか?」


「あ、いえ兜は結構です。俺が直々にやらないと気が済まないのでっ!」


「まあ、こだわり。ですね!」


 両手を合わせて微笑む。どこからやってきたのだこの天使は。


「あっもう着いてました。こちらの部屋です!」


 ドアを開けると中にあったのは大きなベッドと、お湯を溜めた浴槽。完全に"そういうこと"を致す部屋。


「うふふっ。ではごゆっくりお寛ぎを。」


 彼女は鎧を抱えたままその場を去ってしまった。

 バイバイ天使さん。


 せっかくお湯も沸いている事だし今日は疲れた。

 チェーンメイルを脱ぎ、その下に着ていた厚手のカフタンを脱ぐ。膝当てを取りブーツを脱ぐと一気にズボンを下げる。


 そしてゆっくり浴槽に浸かる。


「はぁ〜。」


 鼻の根元を人差し指と親指で摘んで強く目を閉じる。目が想像以上に疲れているらしい。

 今の姿を見られたら変人扱いされるだろう。何せ裸に兜をかぶっているのだから。


 お湯を手で掬い。体を擦って汗を洗い流して行く。ひんやりしているとは言えどうしても汗はかいてしまうものなのだ。


 そしてそのままゆっくりと目を閉じる。


「失礼しまーす。あら。」


 えっ?


「まあ。兜をつけたまま入られるなんて変わったお方。」


 天井をから視線を移してウフフと笑った声の主辿るとドアの前に行き着く。


「ええっ!?」


 そこにはタオル一枚を巻いてあられもない姿で立っている女の人が立っていた。このウェーブがかかった髪は見間違えようがない!


「ご迷惑でしたか?」


 彼女は膝に手をついて上目遣いでそう言ってきた。


 しかしその体勢は非常にまずい。両腕でその豊満なバストが締め上げられ谷間がモロに見えてしまっている!!


 俺は興奮しそうになるのを抑えるために少し深くお湯に浸かる。


「その迷惑とかじゃないですけど、どうして・・・?」


「疲れた男性を癒やして差し上げるのが私のお仕事だからです!」


 フンと鼻息が出そうな勢いで彼女がそう言った。腕捲りをするかのようなその仕草は可愛らしくもあった。


「ささ、リラックスですよ〜。リラーックス。」


 彼女は浴槽のそばに座り、手を濡らして石鹸を擦る。するとすぐに泡が生じ始める。


 そしてそのしなやかな指が俺の胸に触れる。


「あっ。」


「まあ。直に触ると引き締まってるのがはっきりと分かりますね〜。」


「どっどうも。」


 その手は体の縁を沿うように泡を塗り広げてくれる。


「お痒いところはありませんか〜?」


「ええ。大丈夫です。」


 存外に心地よかった。そこには邪な心なんて無くてただ純粋に少しくすぐったくてとても優しい感覚。

 俺に母親がいたらこんな風に体を洗ってくれたのだろうか。


「ささ、腕を出してください!」


 俺は言われるがままに腕を出す。

 肩から前腕へとかけて泡が塗り広げられて行く。


「逞しい腕ですね〜。」


「あっ。ありがとうございます。」


 彼女が優しく微笑んだ。

 その瞬間。


「貴様は何をやっている!!」


「きゃー。」


 突然の侵入者に俺は臨戦体勢に入る。浴槽から飛び出て短刀を抜く。


「ひゃっ。お、お前っ!」


「まあまあ。」


 そこに立っていたのはラヴィアだった。


「服を着ろ馬鹿者めッッッ!!」


「うわぁっ!スマンッ!?」


 ラヴィアは脱ぎ捨ててあったカフタンを俺に投げた。


「お前も出ていけッ!」


「はいは〜い。」


 さらば俺の天使さん。



ー ー ー



「本当に外れないのだな。」


 ラヴィアはカフタンを羽織った姿を見ながらそう言った。確かに今の格好は異様としか言いようがないだろう。


「ところで。お前っ!私が目を離した隙に何をしようとしていた!」


 あの状況では仕方がないだろう。


「私が無理矢理入ったんです!英雄様がどのような方なのかが気になって・・・。」


「そ、そうなのか。」


 ラヴィアは咳払いをすると真面目な顔に戻る。


「ところでだ。お前の知恵を借りたいのだが。」


 天使さんに視線を送る。それを感じ取ったのか。


「では失礼致します。」


 彼女はタオルの裾を両手で摘んでカーテシーを行い、そのまま部屋を出ていった。


「おほんっ!」


 それに見惚れているのがバレたのか咳払いで邪念を払われてしまった。


「どう思う?海軍(やつら)はこのまま降伏するだろうか。」


「さあ分からないな。だが長引けば長引くほどこちらが不利になるのは間違いない。すでに本国には報せが行っているはずだろう。」


「それは知れたこと。私が聞きたいのは一刻も早く奴らを降伏させる術をだな。」


「なら待つのが一番じゃないか?」


「貴様。長引けば長引くほど不利になると。」


「今頃あそこの奴らは二つに分かれてるだろう。国かお前かで揺れ動いてるはずだ。精々待ってみようじゃないか。」


「回りくどい奴め。だがお前がそこまで言うなら待とうじゃないか。」


 俺はベッドの上で横になる。


「まずは地盤固めだな。明日は兵を募るのが良い。」


「分かった。ではそれで行こう。それと。私の目が黒いうちは娼婦を買うことなど許さん。軍師がそのような事をしては風紀が乱れるからな。ではよく休め。」


「ぐ、軍師って!それに俺は買おうなど!」


 ラヴィアは振り返らずに部屋から出て行く。


「参ったな。」


 今日はとにかく疲れた。本で読んだ歴史の前例と照らし合わせて真似事をしてみたのだが存外上手く行った。

 それに思い切って尊大な人柄を演じてみたが大丈夫なようだ。あの天使さんの前では化けの皮が剥がれてしまったがまあ大丈夫だろう。多分。


 しかし一日で軍師になれるとは人生何があるか分からない。


 俺は紙を取り出し、筆を走らせる。



ー ー ー



ー親愛なるテューリィへー


 お前と離れてからもう二日が経つのか。一日一日が幾千幾万の日々に感じる。こんな長い時間お前と離れ離れになったのは初めてだったな。

 体に障りはないか?もしあるなら俺はすぐ帰るからな。


 こちらでの一日は大変だったよ。辿り着いたかと思ったらすぐにトラブルに巻き込まれて何だかんだあって軍師になってしまった。

 人生わからないものだな。

 返事を待ってる。



            ー愛を込めて。ゲルマよりー



ー ー ー



 俺は書き終わった手紙を蟲に渡す。この鷲程の大きさの蜂が俺とテューリィを繋いでくれるだろう。


 筆の先を布で拭いカバンにしまう。

 そしてベッドに飛び込む。


 俺は睡魔に抵抗する事もなくあっさりと降伏の白旗を掲げる。文字通り幸福な微睡が俺を待っていた。



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