復讐の旅へ
「ゲルマ様っ!そんな!」
テューリィは車椅子から転げ落ちる、這ってゲルマを抱き抱える。
顔の左半分が吹き飛ばされており、そこからは大量の血が流れ出している。テューリィは水泡を形成すると止血の為に顔の左半分を覆う。
あたりを見渡すと死体だらけでとてもこの世の光景とは思えなかった。その中にはゲルマと懇意だったという王の姿もあった。
「うっ・・テュー・・リィ・?」
ゲルマが声にならない声でそう呻いた。
「私はここにっ!だから死なないでくださいっ!」
「この場は私に預けなさいっ!」
すると後ろから傷だらけだが生きていた彼女の師匠ラーヤが現れる。
ラーヤはその手に銀でできている兜を持っていた。異国風の戦士の兜の様なそれをゲルマの頭に被せ、手を伸ばしてゲルマの額に触れる。そしてなにかを呟きながら力をこめている様だ。
鉄仮面が紅く光る。そして肉が焼けるような匂いが辺りに広がる。
「ーーッッ!!」
あまりの苦痛にゲルマが暴れる。
「儀式が失敗する!押さえて!」
その言葉にテューリィははっと我に返りゲルマを抱き締める要領で地面に押さえ付ける。
「お許しくださいっ!」
そして兜は一層光った後、すぐに元の薄汚れた銀色に戻った。
「これは・・・?」
テューリィは疑問を師匠にぶつける。
「本当は使いたくなかったけど仕方がないわ。これは呪具よ。かつてあった古都デルミーノス。我々の母を信仰していた国。人の血中より鉄を生成する禁じられた錬金術により夥しい人間の血で作られた祭具。」
「ラーヤさんはそんなモノをゲルマ様に・・・?」
「死した人々の怨念を依代にこの世から魂を決して離さない兜よ。故に不老ではあるけど不死ではないの。そして生きている間は脱げない・・・。」
改めてテューリィはゲルマを見る。二度と見ることが叶わないその素顔。しかし生きていればそれでいい。生きているだけでそれで。
テューリィはゲルマを抱きしめながら静かに涙を流した。
ー ー ー
鳥の囀りが聞こえる。この体を包む優しい感触はベッドに寝ているのだろう。寝返りを打とうとすると頭に違和感を感じる。
俺は静かに自分の頭に触れる。するとそこにあるのは鉄の感覚。まるで兜をかぶっているかの様な。慌てて起き上がるとそこにはラーヤさんが座っていた。
「ゲー坊。やっと起きたか。」
「俺は今・・・?」
周りを見渡す。ボロボロになってはいるがどうやらラーヤさんの店の様だ。
「それにしても随分寂しくなっちゃったなぁ。もう私たちもおしまい。」
ラーヤさんは腕を組みながら寂しく呟く。その視線の先は荒廃した街に向けられていた。
「あいつらっ!」
俺は怒りを思い出し立とうとするが体が言うことを聞かず、また布団の中に倒れてしまった。
「もういってしまったわ。あの勇者を名乗る男たちは。」
「俺がっ!!俺もっと力があれば!」
「ゲー坊はよく戦ったわ。それにあの3人組は人智を超えている。よくもあそこまで食らいついたわね。」
ラーヤさんは俺を抱きしめて頭を撫でてくれる。しかしこの重くひんやりと冷たい兜の所為でなにも感じない。
「これ、取ってくれませんか?なんだか冷たっくて。」
「それはできないわ。」
「何か事情が?」
ラーヤさんは顔をしかめる。
「結論から言うわ。それは一生取れないの。」
不思議とショックではなかった。気を失う前の最後の記憶。顔の左半分を損失し血の海に倒れた記憶。それに比べたら全然なんともなかった。
それに生きていれば奴らに復讐する機会があるだろう。
「ああっ!ゲルマ様!良かった!」
目の下にクマを作ったテューリィが部屋に入ってくる。そしてベッドの傍まで来ると俺の手を握る。
「良かった。本当によかったです・・・。」
その声は震えていた。
「心配をかけたな。」
「本当にそうですっ!約束してください!絶対死なないと!」
「ああ。約束する。お前がいる限りは絶対に死なない。」
俺の手を握る力が一層強くなった。
ー ー ー
「こ、これは・・・。」
俺は鏡を見つめてそう呟いた。
呪われた祭具だとは聞いていたがこう見ると不気味だ。
そこに映っていたのは古めかしい兜をかぶった男だった。昔資料で見たことがある遊牧国家の兜の様だった。
必要最低限の模様が彫られた無粋な鉄兜。その上にはチェーンメイルがまるでフードかベールのようにかぶさっていて顔が全く見えないが視界は良好。ラメラー状に鉄板を繋ぎ合わせたものが兜のフチから垂れ下がっておりそれは首を守っている。
「一応胴に着る鎧もあるわ。こっちも呪われた血で出来ているけど兜ほど呪いが強くないから好きな時に着ることも脱ぐこともできるわ。」
ラーヤさんが鎧を抱き抱えながら歩いてきた。それも兜とお揃いで銀色をしており、プレートには龍の鱗のような模様が彫られている。
「こんなものどこで?」
「そんなもの決まってるじゃない。私は昔デルミーノスで神の使徒として祀られていたからよ。」
「えぇっ!?歴史書では3000年前に滅びたって。」
「まあね。皆んなよりはちょっと年上だったかしら。」
空いた口が塞がらないが、そんなに生きているなら呪具を一つや二つ持っていてもおかしくは無いのだろう。
ラーヤさんは寂しそうに微笑む。
「皮肉なものよね。一番の年寄りが生き残るなんて・・・。」
「俺は許せません。必ず奴らを討ち果たします。」
俺は覚悟を決める。
「ゲルマ様!復讐など!」
テューリィが叫ぶ。
「もう嫌なのです。もう好きな人を喪いたくありません・・・ッッ。」
喉の奥から搾り出した様なその声に心が苦しくなる。
だが俺は。
「それでも行かなきゃならない。ガルダン爺さんの無念が。この街の人々が浮かばれない。」
「ならば私もっ!!」
「それはダメよ。」
横からラーヤさんがテューリィを制す。
「貴方は確実にゲー坊の重りになる。それにその脚での旅は無茶すぎるわ。」
「でもっ!」
「俺からもお願いだ。俺が復讐をやり遂げた後、俺の帰る場所になってくれないか?」
テューリィは目に涙を浮かべる。
「狡いですッ・・・!そんなこと・・ッ。」
テューリィは必死に足に力を入れているようだった。そして車椅子を支点にしながらゆっくりと立ち上がる。足はずっと震えており立っているのもやっとの様子だった。
しかしそこからテューリィは顔を顰めながら俺の元に一歩また一歩歩いてくる。そして縋り付くように俺を抱きしめる。
「絶対に帰ってきてください。私、待ってます!」
俺は無言のままテューリィを抱きしめる。その間ラーヤさんが車椅子を持ってきてくれた。
一通り抱きしめた後テューリィの足から力が抜けたのを感じた。そのままゆっくりとテューリィを車椅子に座らせる。
「出発は明日だ。ガルダン爺さん達をちゃんと弔わないとな。」
その後俺たちは簡易的に皆んなの墓を作った。最期まで武人であったガルダン。みんなに厳しくも公平に接していたアンゼリーナさん。優しかった街の人々。
思い返していた。みんなと過ごした日々を。祭りを空から見渡したあの日の景色を思い出す。
(絶対生きて帰る。)
俺は墓に見立てた木の棒の前でそう誓ったのだった。
ー ー ー
俺は今あまり被害がなかった街外れで、皆んなの激励を受けている。
実際少なからず生き残りはいた。しかし実際は2、30人ぐらいしかおらず、あの虐殺を隠れて見ているしかなかった者たちだった。
全員が共通していたのは何もできなかった自分自身への怒りと、幸せをどん底に突き落としたあの勇者を名乗る存在への復讐心。
血を分けているかは彼ら自身にも分からないが千年以上共に過ごしてきた兄弟の様な存在だったはずだ。ひょっとしたら心の奥底は俺よりも強い怒りを抱えているかもしれない。
「頑張れ!かならず奴らを!」
「悔しいがワシらでは何も役に立てぬ。どうか仇を!」
「必ずやあの悪魔を!」
俺は一人一人の言葉を胸で受け止める。一人一人の言葉に重みがある。気持ちがある。怒りがある。それをあいつらがまるで虫ケラの様に!
「奴らの首を必ず持って帰る!!皆んな!待っていてくれ!」
俺の言葉に歓声が湧き上がる。
ただ二人を除いて。
「ゲルマ様。絶対に。絶対に帰ってきてください。死ぬぐらいなら復讐を諦めてキッパリ帰ってきてください!」
その言葉に誰も反論はしなかった。彼女のゲルマに対する気持ちは皆んな理解していた。
「ゲー坊。身体に気をつけて。ちゃんとご飯は食べるのよ。夜更かしし過ぎないこと。あと・・・もうっ。」
ラーヤさんが俺を抱きしめる、
「ちゃんと帰ってくること。元気でね。」
「ええ。絶対に帰って来ます!」
彼女は俺の背中をポンポンとするとそのまま離れる。
「ゲルマ様。」
振り向くとテューリィがいた。
「ゲルマ様。お慕い申し上げます。」
「ああ。俺もだ。大好きだぞ。」
テューリィに親愛の言葉を返す。俺は彼女の慎ましい手を握る。
「またな。」
「はいッ!」
俺は瘴炎を手から出す。すると大蜻蛉がどこからともなく飛んでくる。
俺はその背中に跨ると皆んなに一瞥すると心の中で飛ぶ様に念じる。
空に飛び上がり街を見渡す。未だ生々しい傷跡を残す街を見て今一度覚悟を決める。
(お前を必ず見つけ出してやる。)
脳裏に浮かぶのは勇者を名乗る男。あの顔を絶対忘れはしない。
ー ー ー
俺は肩掛けの鞄から古い地図を取り出し眺める。方向は間違っていない。このまま半日も飛んでいれば大陸に辿り着くだろう。
地図によると目指す大陸の名はモーグルフ大陸。数百年も前のものだから国に関する情報が正しいかは分からない。なんでも当時は群雄割拠の大戦時代だったらしい。国同士が争い互いの領土を奪い合う時代。
つまりこの地図は使い物にならない可能性が高いのだ。だから大陸に到着した後の最初の目的は情勢の把握。
鞄から大白蟻の幼虫をペースト状にしたものを取り出し瘴炎でじっくりと焼いて大蜻蛉に食べさせる。
飛ぶ虫の中で比較的体力が多い大蜻蛉とて長い旅路になる。途中でバテられては海の中に真っ逆さまだ。
俺を包んでいる鎧はかなり快適だ。鉄にしては非常に軽くひんやりとしている為汗をかかずに蒸れることが無い。ずっと着ていられそうだ。しかし大陸の文化が分からない為この格好で良いものかと不安になる。ただ普通の服を着ようにもこの兜に布服は違和感しかなく寧ろ変質者と言った方が良い見た目になる。
一応フード付きの外套を用意してはいるがどれだけ目を騙せるものだろうか。課題は山の様にある。
そして正直楽しみでもあるのだ。物心がついてからずっとあの島で暮らして来た俺は外の世界を知らない。俺の卑術に新たな知見が加わってより進化できるかもしれない。
遠くに大陸の影が見えてきた。遂に俺の復讐の旅が始まるのだ。
ー ー ー
ー港町・オデュッセアー
大陸の端っこに存在しており造船業で有名な街である。特に軍艦造りが名高い。ロウウェルシュタイン公国が保有する海軍が駐屯している。
それに伴い娼館や酒場等軍人達の荒んだ心を癒す事業が発達している。
他にも海からやってくるモンスターを専用で対処するシーガーズというギルドがあるのも特徴的だろう。
年中涼しく一定の気温を保ち続ける為、貴族たちの別荘地としても有名だ。
そして今そこにやってこようとしていたゲルマであったが、その少し前に事件が起こっていた。
「姫様っ!お鎮まりを!」
その言葉を無視して第4王位継承権を持つ放蕩皇女ラヴィア・ロウウェルシュタインが一人の荒くれ者の首にレイピアを向けている。
「この私を娼婦扱いなど、良い度胸ではないか。」
「ひっ!」
首にあてがわれたレイピアが少し刺さり血が少量流れる。
その男も普段ならボタンがついた上等な王族服の者には声をかけなかったが、タイミングが悪かった。酒に悪酔いした後フラフラと道を歩いていると見事なパンツスタイルの女性とすれ違った。腰に下がるレイピアには目もくれずにその筋肉が良い感じについた美尻に目が行ってしまったのだ。フラフラと後を追いかけて言ってしまった。幾らだ?と。
そしたらこの結果だ。一気に酔いは覚め、脂汗を流し命の危機を感じている。
「何か申し開きは無いのか。」
「も、申し訳ありません!まさか姫様とは知らずに酔った勢いでご無礼をッ!」
男は必死に頭を下げる。
それを見て放蕩皇女が悪い笑みを浮かべる。
「有金全部置いていけ。そうすれば許してやろう。」
尊大なカツアゲ宣言。男は驚くが反論してしまってはまた酷い目に遭うのは火を見るより明らかだ。
渋々腰につけていた袋を皇女に渡す。
「行けっ!」
「ひいっ!」
男はその場から一目散に逃げ出した。
その背中を見ながら皇女は片手でポンポンと小銭袋を上に投げてはキャッチをしている。
「姫様。王族がその様な下賎な真似を。」
「だが仕方がないだろう。丁度路銀が底をつきかけていたではないか。これは天の思し召しだ。」
皇女は勝ち気な吊り目を細めて笑う。
この皇女は名前の通り紛うことなきロウウェルシュタイン公国の皇女である。
産まれ出てよりの気性の荒さは国の全員が周知している程だ。そしてその気性故に独立心が強く。少女である頃から自ら戦場に出ては最前線で戦っていた。
今年で26の歳になるがこの様な気性である為に嫁の貰い手がおらず、皇帝には政略結婚にも使えんと言われた始末。
しかし軍人としては非常に優秀であり指揮能力、武芸共に優れているのであった。つまり誰も彼女に倒して文句は言えない状況だったのだ。
実際に戦場でついた二つ名は勝利の女神。どの様な厳しい戦況でも作戦を立案し、最前線で共に戦った兵士たちの心を掴んできたのだ。
しかしそれを快く思わなかったロウウェルシュタインの軍閥貴族達はラヴィアを排斥し、策略により皇位継承権を持ったまま旅に出させた。体のいい追放である。
しかし本人はやっと堅苦しい役目を降りられたと喜んでいる始末なのだが。
ともかく国中を回っている中、有名な軍港を視察しにこの港町オデュッセアに来たという訳だ。
ただ皇帝の後ろ盾がないので。路銀に困っていたのだ。ただこのカツアゲが後に大きな波紋を呼ぶことまではラヴィアは考えは及んでいなかった。
主人公ゲルマの鎧のデザインのモデルはルーシ族やキプチャク族などの鎧です。
結構かっこいいので気になったら是非見てみて下さい。