save2 ⑤―最終ステージ
「それじゃあ先輩、私は帰るねー」
途中、俺達は泥団子作成に戻った車道さんと別れ、体育館の裏出口からみんなと合流した。
栄 智和先輩は"賢者モード"に入っていたらしく楽屋にはいなかった。
日比野 先生は顧問として部員に何か遭ったらクビだと、肝を冷やしていた。それなら、あなたが助けにいけばいいのに。
本郷 真緒 生徒会長は無事に帰って来た危なっかしい妹に、魔王様お怒り状態でお説教をしていた。
みんな、いつも通りだ。だからこそ、このパーティーは頼もしかった。
準備は栄 先輩と日比野先生が、遅れの交渉は本郷 生徒会長がしてくれていた。本当にありがとうございます。
「まもなく、みなさんの出番です。」
案内係の人に呼ばれ、俺達は楽屋を後にする。そう、ここからが最終ステージ。俺達の青春の舞台だ。
暗幕が上がり、スポットライトに照らされる。司会が観客に次の演目を紹介した。
「続きましては、生徒会とRPG部の合同によるバンド。」
俺達の努力と快活さとみんなの好きな物が詰まったこの歌を聞いてくれ。
「"遊べ青春 run & fight "です!」
ドラムの合図により、ギターとベースが共にロックでポップな音色を響かせ、ボーカル三人が歌を披露した。
「brave , priest , warrior , wise man
wizard of cherry , play boy♪
robber , monk , dancer , Lucifer
run & fight ♪」
この歌詞の部分には、9つの職業枠と魔王様が含まれている。"魔法使い"に余分な単語が付いていることにはツッコまない約束だ。
「ちょっぴり 勇気を出して♪
アイテム 手に持って♪
ルールを 守って♪
start to run & fight ♪
叫べ 青春だ!♪ 」
出だしは好調だった。ボーカルの女子三人も先ほどの事件での落ち込みが嘘みたいな良い顔をしていた。
「好きなら 頑張らなきゃ♪
止めたら ダメさ♪
その日その時 楽しむため♪
友達 誘って♪
ゴールド 集めて♪
全力全快で 遊びましょ!♪ 」
次からがサビだ。テンポが早くなり、より難しくなる。気を引き締めなければ。
「ハチャメチャ パラノイアな
人生でも 明日は明日の
風が吹いてる♪ 」
もうすぐ、生徒会長のソロパートが始まる。
「例え 魔王様に叱られても いいさ
次も元気に はしゃいじゃおう♪ 」
美しく透き通った歌声だった。去年が好評だったのも頷ける。あんなに嫌そうだったのに、舞台の前では笑顔を絶やさない魔王様はすべての観客を魅了した。
先輩賢者もそんな彼女に目を背けられずにいた。
「……!」
ここで俺は自分の違和感に気づいた。
ドラムのリズムが遅れてる。このままでは、曲調が台無しになる。締めまで後もう少しなのに、全体のリズムに追い付けない。
俺の脳裏に過去のトラウマが刹那に甦る。昔、剣道の試合で失態を犯し逃げ出した苦い思い出。また、俺は好きな子の前で格好悪い姿を見せてしまうのだろうか。
俺はつい、鶴舞 十美さんの方へ目を向けてしまった。彼女もそれに気づき、俺に振り向くと……
―― 大丈夫だよ。――
スポットライトをバックに満面の笑顔で、俺にそう囁きかけてくれたような気がした。
「負けない リベンジ精神で いつも
嫌な気分を 吹き飛ばしていこう♪」
そうだ。もう、俺は逃げ出さない。どんなに無様だっていい。鶴舞さんが俺に最高の復活魔法をかけてくれたんだ。次は鶴舞さんのソロパート。
好きな女の子の晴れ舞台を壊してたまるものか!!
「いつか エンディングを迎えたら
気持ち 切り替えて♪ 」
どこまでも優しく、大人しさの中に強い決心が込められた歌声。アップテンポな曲なのに全く見劣りしない。
「play new gameだ!♪ 」
最後に自称勇者、本郷 勇渚さんの力強く元気な歌声で曲は終了した。
一息つき、俺は力なく腕をぶら下げた。
終わったのだ。大変で波乱万丈な、それでも楽しかった学祭。
俺の初めての"クエスト"は、これにて幕を閉じたのだった。
後夜祭、俺たちは部室で打ち上げをしていた。自称勇者は珍しくげっそりしていた。どうやら、食べ過ぎの状態で歌を歌ったせいで吐き気を催しているようだ。こんな時にはしゃげないなんて、可哀想に。そして、自業自得だ。
「あら、智和はどこへ行ったのかしら?」
本郷 生徒会長は先輩賢者を探していた。彼は愛しの人にジュースを手渡し、そっと部室を後にした。何をしに行ったのか、俺には分かっている。演奏前のでは物足りず、我慢していたのであろう。思う存分にしてきてくれ。
車道さんは今頃、泥団子に夢中になっているだろう。自由奔放そうな彼女にも、自分なりの楽しみ方があるに違いない。
鶴舞さんは自称勇者の背中を撫で、回復魔法をかけていた。俺は彼女の傍へ歩るいて声をかけた。
「ありがとう、鶴舞さん。おかげで勇気をもらえたよ。」
彼女はきょとんとしていた。おかしい、俺は勘違いしていたのだろうか。鶴舞さんが俺を励ましてくれたとばかりに。
「武くんの力だよ。」
そう呟き、鶴舞さんは微笑んだ。すべてを知ってるかのように。