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炎灯理とアマゴイリュウ  作者: 狭倉朏
第2章 アラカル人
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第3話 カラミアウヒトビト

 スイ・ウォータープルーフは『蛇』(クチナワ)に到着した。

 その建物はお堀の中に城郭を保持していた。

 炎たち一般のお護り使いは城下町とでも言うべき場所に居を構えている。

「スイもまあどっかの居室に住むことになる」

「はああ……しかしでっかいねえお城……お山くらいでっかい」

「それはさすがにない。そう見えるだけだ」

「そうなの……?」

 スイは疑わしげだった。世間知らずも極まっている。

 到着後は、『蛇』の司令官クチナワと面会する予定だったが、それまでまだ時間があった。

「クチナワは忙しい。面談までには時間がある。適当に案内する」

「はーい」


『蛇』の城郭の中を炎とスイは歩き回る。折良く天気は晴れ晴れとしていた。

「あの天守閣がクチナワと幹部のすみか。『蛇』にはあんまり身分制みたいなのは厳しくはないが、一応年の功で幹部に上がっていく。俺はまあ普通の下っ端戦闘員」

「ふむふむ」

「……で城内をこうやって見回っているのが(へび)な」

「うわ!?」

 スイは飛び退いた。

 城壁に蛇がだらりとぶら下がっていた。

「これが本物の蛇……」

 蛇を全滅せしめたお山の出身者は初めて見る本物の蛇をまじまじと眺めた。

「これが俺らの上司、クチナワと繋がっている」

「前から思ってたんですけど、『蛇』の司令官がクチナワってややこしすぎませんか?」

「まあ、音で聞いて勘違いするような場面もさほどないし……あと『蛇』とクチナワはなんというか同じものなんだ」

「はあ?」

「これもまた説明が面倒くさいんだが……『蛇』を成り立たせているのはクチナワの存在だ」

「うーん」

「一人の人間への信頼を集めて一つのお護りとしている」

「……それって神様と何が違うの?」

「……人間味、かな」

 大嫌いな人間味のない上司の顔を思い浮かべながら炎灯理はそう言った。

 炎は『蛇』の広大な城内を歩いて、小天守にある会議室や資料室、二の丸の炎たちの住居区画にある食堂などをスイに案内した。


「おや、炎くん。お帰りなさい。そちらが噂のお嬢さんですか」

「おかえり炎!」

「おかえり、炎くん」

 食堂でとある3人組と出くわした。

「ただいま」

「は、はじめまして。スイ・ウォータープルーフです」

登諸(ともろ)晴子(はれこ)です! 18才! 炎と同い年! よろしくねスイちゃん!」

 元気に挨拶したのは白い頭巾と外套を着た晴子。炎と同じ年齢で子供の頃から『蛇』にいることもありそれなりに親しくしている。洋装の周りにはフリルの代わりにてるてる坊主があしらわれている。

(まゆ)(ぞめ)(あま)()だよ」

(くも)()(そう)(てん)です」

 続けて挨拶した雨音は20代前半の色とりどりの布を身に巻き付けた和装の女性。

 雲居は緑色のスーツを着た男性である。雨音よりさらに年上だ。

 三人は『蛇』に加入した経緯や使うお護りの関係で仲が良い。

「登諸さん、繭染さん、雲居さん」

 スイは順番に名前を覚えるために繰り返した。

「スイ、順番に人形使い、布使い、群体使いだ」

「ああ群体使いさんはこないだお話しされてましたね」

「おや、そうなのですかいささか面映ゆいですね」

「水を掘るために土を掘るお話をしてたんです」

「炎くんたちクチナワさんにはもう会ったの?」

「もう少しぶらぶらしてからですね。昼過ぎです」

「じゃあお昼食べながらお話ししよう、スイちゃん!」

「あ、はいよろしくお願いします。登諸さん」

「晴子で良いよ! 敬語も要らないよ!」

「その前に採寸させてもらえる? スイちゃんに合わせた『蛇』の制服を作るね」

 繭染雨音、布使い。『蛇』では戦闘員であると同時に被服部隊としての役割も果たしている。『蛇』の制服は炎が纏う羽織型。雲居の着ている最近になって導入されたスーツ型。そして晴子や雨音のように使うお護り似合わせた服に蛇の紋をつけたものの大きく分けて三種類がある。

「よ、よろしくお願いします」

 

 食堂で昼を食べ、炎とスイはクチナワの待つ天守閣に赴いた。

 その女は怪しい笑顔を浮かべて長いすに身を横たえていた。

 不思議な服装をしている。

 一枚の長い布に首を出す穴だけ開けたような服装で、手足が見えない。

 まるで白蛇のようだとスイは思った。

「いらっしゃい。会いたかったよショウビの娘。スイ・ウォータープルーフ」

「はじめまして……スイ・ウォータープルーフです」

「うんうん。私がクチナワこの『蛇』を束ねる女だ。よく来たねえ。よく来れたねえ」

 クチナワの言葉はいささか皮肉めいていたが、クチナワは皮肉を言うような人間ではない。

 ただの心底の気持ちだった。

「怖くないのかな? 嫌じゃないのかな? 母と父が忌み嫌った『蛇』が」

「……」

 炎は口を挟むべきか困り、黙り込んだ。

 スイは少しだけ迷いの表情を見せた。

「……両親の気持ちは分かりません。でも……『蛇』には炎さんがいます。私を助けてくれた人、私の故郷を助けてくれた人、私の心を助けてくれた人。だから……父と母がどう思おうと私はここにいることにしました。炎さんのいるここに」

「つまり炎がいなくなったらスイちゃんもいなくなっちゃうんだ?」

「それは……考えもしませんでした……えっと……」

 スイは炎を窺った。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 炎灯理の居場所はここだ。それが揺るぐことはない。

「……ふうん」

 クチナワはつまらなそうな顔をした。

「まあいいや。スイちゃんはとりあえず風見薊のところに行きなさい。炎は案内してあげてね。私からは以上」

「了解」

 風見薊は炎の父と同年代の風使いだった。

 父と並んで『蛇』では幹部級の扱いを受けている。

「行こうか、スイ」

「はい……」

 スイはどこか落ち込んだような顔をしながら炎に続いて天守閣のクチナワの部屋から出た。

「風見さんはこの近くの部屋に住んでいる。クチナワが行けってことは在宅だろうからこのままお伺いしよう」

「はい……なんかごめんなさい……」

「何が?」

「炎に重荷を背負わせてしまった気がします……私という重荷。人間という一つの重荷」

「別に。いいよ。もう……どれだけのものを背負っているのか分からない」

 炎は額をさすった。

 そこには呪いがある。母からの祈りがある。

 だから炎には今更だ。人の一人や二人軽いくらいなのだ。


 風見薊は炎とスイをあたたかく迎え入れた。

「お帰り炎、そして……久しぶり、スイ・ウォータープルーフ」

「え……?」

「ある程度『蛇』在籍日数の長い人間は君の幼い頃を知っているよ。君はどうも覚えていないらしいけどね」

「すみません……」

「君が謝ることではないよ。君のご両親のことも知っているから……もし聞きたいと思える日が来たら言ってくれれば教えるよ」

「ありがとうございます」

「風のお護り使いは僕以外にも何人かいるけど……とりあえず僕に師事しろってことだろうね」

「お願いします。風見さん」

「うん、よろしくね。早速だけど君のお護りを見せて、今までの使い道についても教えてくれるかな?」

「はい。あの、炎、補足を入れてもらって良いですか?」

「もちろん」


 スイと炎のこれまでの話を聞き終えた風見は腕を組んだ。

「うーん、今の話を聞く限りだと僕と君とは発生系と操作系の違いがありそうだね」

「発生系と操作系……?」

「うん。お護りにはいくつかの属性があるんだよ。学者が勝手に分類しただけのものだからそれから外れるものも多くてそのたびにそれっぽい名前がつくんだけどね。たとえば炎の場合、焔のお護りは発生系焔属性だけど血刀の方は変化形血肉属性なんだ」

「発生と変化の違いはなんとなく分かります。炎は何もないところから焔を出せますが、血刀はあくまで血液を刀に変えているので変化系ということですね」

「そうそう。僕の風も炎の焔と同じ、風を発生させ吹かすことが出来る発生系風属性。でも君は二酸化炭素や真空を操っている。これは発生系では説明がつかない。大気の操作をしていると考えた方が自然だ。だから君のお護りの分類は操作系大気属性ってことになる」

なるほど……?」

「まあ、名前だけだから、そんなに必死になって覚えることもないよ」

 風見は笑った。

「風の使い方、たぶん僕と君とでは大きく違う。それでもコツくらいなら教えられる。いっしょに頑張ろうか」

「はい!」

 

 風見の部屋を退去し、炎はクチナワから渡されたスイの住居までスイを案内することとなった。三の丸の炎の居室からそう遠くないところにあった。

 八畳の和室に入って炎はスイに尋ねた。

「……どうだった?」

「良いところだと思いました」

「そうか?」

「はい……だって、みんな炎にお帰りなさいって言っていたから」

「そうか」

「私もここでお帰りなさい、ただいまって言う人間になりたい。そう思えました」

「……そうか」

 炎は少し微笑んだ。

 スイも笑顔を返した。

 

 こうしてスイ・ウォータープルーフは『蛇』に正式に加入することとなった。

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