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炎灯理とアマゴイリュウ  作者: 狭倉朏
第1章 アマゴイリュウ
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第7話 死せる屍、生ける我らを走らせる

 朝が来た。

 炎は地面に直に寝たことで痛む節々を適当に動かす。

 朝食は夕べの残りを食べた。

 鯉はまだ寝ていた。

 出発してしばらくすると道が広くなった。

 二人並んで歩けるくらいの道幅になった。

 スイは炎の隣に並んで歩みを進めた。


「見覚えのある辺りに来ました。道を外れないように気をつけてくださいね。うちで仕掛けた罠とかありますので」

「うん。しかしずっと歩いてきたがこの山はさほど渇いていないな」

「川は枯れて動物もいささかやせ細っていますが植物は元気ですね。もしかしたら地下水があるのかもしれません」

「土を掘るなら群体の野郎でも呼ぶか……」

「軍隊さん?」

「群体のコンダクター。複数の集まりを作るものならなんでも操れる『蛇』(クチナワ)屈指の反則的お護り使いだ」

「なるほど適材適所ですね」


 それはひとつの光明だった。しかし村を救うために信仰の対象である霊山を掘り返す行為を村人が受け入れてくれるかは不透明だった。


「案としては可もなく不可もなくって感じだな……」

「案がないよりはマシですよ」

「まあな。ところでこの山ももちろん雨は降らないんだよな?」

「そうですね。畑のために水路を引いたりしてましたよ。あとそういえば井戸もないですね。水脈を探すのがめんどうだったのか水脈がなかったのか、あるいは川の水で十分だったのか……幼い頃の話なので分かりません。私が物心ついたときにはこのお山はもう住環境が整っていました」

「……山に来た頃の苦労話なんかもあったと思うがそういう話はなかったのか?」


 人は苦労話をするものだ。苦労をすればするほどそれを誰かに言いたくなる。炎だって会ったばかりの子供であるリュウを相手取り旅の苦労を切々と語ってしまった。


「……ありませんでした、ね。うん。そういう話はなく……ええ過去の話はほとんど両親はしませんでした。今を生きるための話、それが多かったと記憶しています」

「そうか」


 昔話をしない両親。

 炎は戸惑う。親とは過去の話をするものだと炎は思っていた。母親は炎が生まれたときの話や父親との話をよくしていた。炎が物心つく前のたわいのない話をよくしてくれた。

 子供のリュウだっていなくなった父親の話をしていた。

 スイの両親は過去を避けていた。スイがお護りを知らないのもそのせいだったのだろうか。


「あともう一つ質問なんだがこの山には(へび)はいるか?」

「え?」


 スイはぽかんとした。


「蛇っているんですか?」

「俺が聞いている」

「いえそうではなくて……ええっと蛇って想像上の生き物じゃないんですか?」

「……なるほど? 念のため聞くが(へび)(くちなわ)の関係は分かるか?」

「基本的には同じものを指すと聞いています。漢字の読み方の違い……炎がホムラになったりホノオになったりエンになったりするような……違いますか?」

「だいたいあっている……のか?」


 聞いておいていまいち自分でも自信がなかった。


「そうか(へび)の存在すら知らないのか……起きろ鯉」

『起きている』


 鯉は竹筒の中をゆるりと一周して見せた。


「この山に蛇はいるか?」

『いた』

「……いた?」

『今はいない。十年前に人間が来てすべての蛇を殺し尽くしてしまった』

「生態系の破壊……」


 炎が植物を焼くのを自制するまでもなく、とっくの昔に行われているじゃないか。


「それは私の両親がということですか……?」


 スイが衝撃を受けた顔で鯉神に訊ねる。


『……蛇を殺して回っていたのは男だった。女の方は山頂にこさえた家から出てくるのをあまり見なかった』

「父が……」

「食べるため……ってわけではなさそうだな」

『食べている様子はなかった。執拗に殺していた。捕らえて殺すだけでは飽き足らず燃やしつくし、刻んでその肉片すら残らぬようにしていた』

「……どうして父はそんなことを」


 スイは打ちひしがれていた。彼女にとって父が蛇を殺し尽くしたという事実はこれまでの出来事の中で一番の衝撃であったようだ。炎に植物を燃やすことを生態系が乱れると注意した彼女は生物を殺し尽くすことの問題点は親から教えられていたらしい。

 その親が生態系を乱していた。教えと違う。それは裏切られた気持ちだろうか。炎には分からない。

 スイの気持ちは分からないが両親の思惑は理解できた。


「おそらく追っ手を撒くためだろうな」

「追っ手……?」

「……「蛇の道はヘビ」というお護りがある。これは『蛇』(クチナワ)の司令官クチナワだけが使えるお護りだ。このお護りは(へび)を媒介にしたお護りで蛇あるところすべてに道を開くことができる。お前の両親は『蛇』(クチナワ)からどうしても逃げ切りたかったらしいな」

「両親は『蛇』(クチナワ)から逃げて……でもそれならなんで私には『蛇』(クチナワ)は味方だと助けてくれると教えて……」


 そこまでは炎にも分からない。スイも答えを求めている様子でもなかった。自問自答。分かるはずのない答えをスイは求めていた。

 そうするうちに周囲の雰囲気がまた少し変わり、前方には畑が見えてきた。


「……あれがお前たちの畑か?」

「ああ、はい……ええ、そうです。自給自足のための……ええ……」


 スイは上の空で答える。


「それで……あの……あちらが我が家です」


 険しい山にあるのには不釣り合いなほどしっかりとした建物がそこには建っていた。


 家の戸を開いた先にはすぐに台所と食堂があった。

 霊山の木を切り倒して作られたのであろう頑丈そうな机の周りには椅子が三脚置かれていた。スイと父と母の椅子。

 スイは自分の椅子なのだろう椅子にふらふらと座り込んだ。


「一階はこことあとはお風呂場と作業場に倉庫です。二階には両親の部屋と私の部屋。あと母の研究部屋があります。母の研究部屋は私は入るのを禁じられていましたが母の死後にいちど入りました。取り立ててめぼしいもの、新情報となるもの、私が戸惑うようなものはありませんでした。死んでしまう前に処分したのかもしれません」

「……お前の両親の死因は?」

「父はただの病気です。母が診察しました。やせ細って咳をしてたぶん間違いありません。母は……母も病気だったとは思います。でも……でもあれは父のあとを追ったようなものでした。食事もろくに取らずに……睡眠もろくに取らずに……。母は……父を愛していたから」


 スイの顔は憔悴しきっていた。それはこの山を登ってきたからではない疲れだった。


「……母は私を置いていきました。母が生きていくのには私では足りなかったんだと思います。母は父を愛していて……私のことも……愛してはいたけれど……」

「分かった。分かったよ。分かったから大丈夫。もういいよ。もういいんだ」


 炎はそう言わずにはいられなかった。スイを止めずにはいられなかった。

 スイはとうとう泣き出した。声も立てずにぽろぽろと涙を流した。

 今まで我慢していたものが溢れた。そういう泣き方だった。

 炎には慰めの言葉は言えなかった。魚の入った竹筒を机の上に置いてスイに声をかけた。


「……研究室、見せてもらうぞ」

「……はい」


 部屋の位置は聞かなかった。どうせ三部屋だ。片っ端から開ければいいのだろう。

 階段を上って戸を開けた最初の部屋が当たりだった。


 そこには一人の女がいた。


 炎は腰の刀に手を伸ばす。警戒。いつでもお護りを呼び出せるように心を整える。

 女は長いまっすぐな黒髪で青白い顔色をしていて、白い洋服の上に白衣を着ていた。

 炎の方を切れ長の目でまっすぐと見つめていた。その唇は微笑みの形に歪められていたが、その目は笑っていなかった。実験動物を観察するような目だ。炎はそう思った。


「はじめまして」


 女は淡々とそう言った。


「……」

「私の名前はショウビ・ウォータープルーフだ」


 ウォータープルーフ。それはスイの名字だ。


「スイ・ウォータープルーフには会ったかな? 私は彼女の母親だ」

「……スイの母親は死んだと聞いているぞ」

「ようこそ『蛇』(クチナワ)の何者か。君が何者かを私は知らないけれど、きっと君は適材適所の人間なのだろうね。お護り使いを多く所蔵する『蛇』(クチナワ)の人間から選ばれたのだから」

「どうだろうな……俺には自信がないよ。村も川も山も神も人間一人ろくに救えない」


 階下で泣いている少女に炎はなにもしてやれない。


「今のクチナワはまだ蕪木(むき)がつとめているのかな? 周期的にはそうだと思うけど」


 知らない。『蛇』(クチナワ)の司令官であるクチナワはクチナワになると昔の名前を喪失する。炎が出会ったとき今代のクチナワはもうクチナワだった。だからクチナワの名前はもう抹消されている。誰も知らないと言うことになっている。それが白無垢の少女の末路だ。炎の上司の今の姿だ。蕪木なんて人間は知らない。


「さて名前もお護りも顔も知らない『蛇』(クチナワ)の誰かにご報告だ。私は幽霊なんだ。君にしか見えない。『蛇』(クチナワ)の羽織……あの忌々しい「蛇の道はヘビ」の媒介となる物品がスイッチだ。だからスイには見えない」


『蛇』(クチナワ)の羽織。リュウに指摘されたように炎が嫌いな蛇の紋が刻まれた羽織。『蛇』(クチナワ)の一員であることを示すとともに、「蛇の道はヘビ」を発動するための羽織。

 たとえばそれは通信などにも用いられる。


「スイは見えないことを残念がるだろうけど……でもあの子は多分泣いてなんかいないだろうね。あの子は泣けるようには育ってないから」


 大間違いだ。大外れだ。馬鹿野郎。何をしたり顔で間違えていやがる。それでもお前は人の親か。人の親だと名乗りを上げた者の言動か。


「もしあの子が泣いているのだとしたら……それは驚天動地。君の手柄だ。君はきっと優しい子なんだろうね。君があの子を変えたのさ。良いか悪いかは知らないけどね。うんやっぱり顔を見てみたかったな……まあ私はその権利を自ら放棄したのだから言う権利はないけど」


 炎は黙る。これが幽霊だというのなら炎が何を言ってもむなしいだけだ。


「私はね君、君が来てくれるのを待っていた。私たちが死んだ後、こんな寂しい山奥にあの子を一人には出来なかった。だけど私が生きている間に人里に下りて『蛇』(クチナワ)に捕捉される根性も私にはなかった」


 スイの両親が『蛇』(クチナワ)から逃走していたのはショウビのためだったのだろう。かつての白無垢の少女。クチナワの襲名が行われても白無垢の少女のスペアはあるにこしたことはない。『蛇』(クチナワ)というのはそういう場所だ。

 自由ではない。縛られている。お護り使い同士がお護り使いであるために集っているのだ。枷はある。規則はある。不自由がある。それでも炎はそこを選んだのだ。


「だから川を枯らした。そうすれば『蛇』(クチナワ)は動く。こういう事態を静観できるほど『蛇』(クチナワ)は対外的にも自由な組織じゃない」


 すべてがこの女の手の平の上だったというのか。とんだ先見の明である。

 炎の腹には怒りが湧いてきた。


「と言うわけで君に任務を仰せつけよう。この度の障りを解消するための任務。何簡単なことだ。『蛇』(クチナワ)のお護り使いなら誰だって出来るようなことだ。一言で言おう。私を埋葬しなさい」


 死んだ人間の埋葬。幽霊の埋葬。それはずいぶんと滑稽な響きであった。

 早すぎる埋葬ではなく遅すぎる埋葬。


「私から言うべきことは遺言はそれだけだ。それではさようなら。蕪木」

『ああ、さようならショウビ。お前はそういう底意地の悪い奴だ。私には言葉一つ遺さない。もちろんよく知っていたとも』


 炎の上司が口を挟んだ。炎の羽織。蛇の紋のついたそれを蛇と見立てて「蛇の道はヘビ」を発動し続けていたクチナワがそう言った。

 女はそれを聞いたかどうか炎には分からなかったが女はうっすら笑って消えた。

 何も残さず消えてしまった。

 幽霊とはすなわち記録映像のようなものだった。

 炎の言葉に女は一切の反応をしなかった。


「……おいクチナワ、どこまで分かっていた」


 炎は上司をかつてないほどぞんざいに呼んだ。


『霊山の捕捉が出来なかったときに、(へび)が霊山にいないと分かったときに、そうではないかと思ったよ。だけどそれは願望のようなものだ。もう一度あの裏切り者に、白無垢の少女の役割を私に押しつけて消え去った女に会いたいという願いに思考がぶれていた。だから確信が持てなかった。悪かったね炎。なにもアドバイスできなくて』

「これから俺にどうしろと言うんだよ……」


 クチナワからの返事はなかった。


 炎はそこに座り込んだ。

 女を、スイの母親を埋葬する。それが意味するところは分からない。しかし炎が適任なのはショウビとそしておそらくクチナワの思惑通りだった。

 埋葬には火葬がつきもので火葬には焔のお護り使いがよく適している。

 炎はふらふらと立ち上がり階段を目指した。

 研究室に何が遺されているか。そんなことにはもう興味がなかった。

 

 まだ涙で赤い目をしたスイはしかし下りてきた炎の顔に戸惑った。


「炎さん……?」

「馬鹿野郎……」

「ご、ごめんなさい……?」

「そうじゃなくて……」


 炎灯理の馬鹿野郎。


「俺には無理だ」

「どうしたんですか急に……」

「埋葬しろだとふざけるなよ……どいつもこいつも……」

「どいつもこいつも……?」

「母さんを埋葬するなんて俺には出来なかった」


 そんなこと出来るはずがなかった。

 母は骨のひとかけらも遺さず火龍に村ごと燃やし尽くされた。


「俺に出来るはずがないんだ」


 それは炎の役割だ。村の人間でただ一人生き残った人間はみんなを埋葬してやるべきなのだろう。弔ってやるべきなのだろう。だけどそんなこと炎には出来ない。

 出来なかったのだから出来ないのだ。出来ないと思っていることは、出来ると信じられないことはお護り使いには出来ない。人間には出来ない。自分を信じていない人間にはなにも出来ない。


「もういいだろう」

「炎さん……?」


 スイの心配そうな声がやけに遠くに聞こえる。


「もう俺を一人にしてくれ……」


 許してくれ。もうこれ以上何かを思い出させないでくれ。もう思い出したくない。考えたくない。懐かしみたくない。悲しみたくない。忘れてしまいたい。

 一人にして欲しい。

 一人になったのだから。もうあの村はないのだから。

 そのまま一人になればよかったのだ。どうせ辛いのなら一人で辛い方がマシだ。

 こんな風に誰かに心配をかけて辛い思いをするくらいなら一人で辛い方が良い。

 スイにこんな顔をさせるくらいなら俺は一人でいい。


「何が適任だ。適材適所だ。俺に出来るか。出来るわけないだろう」

「炎さん!」


 スイが叫んだ。


「落ち着いてください! しっかりしてください! 何が何だか分かりませんが! ちょっと一回深呼吸しましょう!」


 そう言いながら肩を揺さぶってくる。


「何か悪いものでもありましたか? 私が常識がないせいで気付かなかっただけで私の家はやっぱりおかしいんですか? 炎さんが落ち込んでしまうような……ひどいことがあったんですか? それだったらやっぱりごめんなさいと私は謝ります。私は何も知らなくても私の家族のことだから、私は謝りたい。謝りたいから謝ります。そして謝った上でどうか私に教えてください。私も考えますから。頑張りますから。どうかどうか……一人は……寂しいですよ……」


 スイは俯いた。悲しそうな顔で俯いた。


「私は一人が寂しいです」


 そして彼女は願った。


「私を、一人にしないで下さい」


 炎灯理は苦しかった。

 一人にしないでくれと悲しむ少女を見て苦しいと思った。


「一人にする方も……こんなに辛いのか……」


 母も辛かったのだろうか。死を覚悟した炎を守るためのお護り。呪いを授けてなお炎を生かそうとした母も苦しいと思ってくれただろうか。別れを惜しんでくれただろうか。


「なあ、お前、さ」


 炎は意を決した。


「母さんと笑ってお別れ出来るか?」


 炎は出来なかった。

 最期まで微笑み続けたあの人に、笑顔を返してやれなかった。

 ずっとそれを後悔していた。

 かくして母を亡くした自分の面影を重ねた少女は頷いた。


「は、はい。それが炎さんの望むことなら私はやります。あなたは私に誠実に答えてくれました。私がどんなに怪しくて無知で曖昧で困った人間でも私を頼ってくれました。私のそばにいてくれました。私はそれが嬉しかったから。炎さんに……恩返しを……し続けたいのです」

「俺はそんなたいそうなものではないが、お前がそう思ってくれるならそれに従おう」

「私がやらなきゃいけないことなんですね?」

「うん……スイ、一泡吹かせてやろう」


 スイの母親はスイを勘定には入れていなかった。『蛇』(クチナワ)のお護り使いにすべてを一任しようとしていた。

 炎はそれが気に食わない。事態の解決にスイ・ウォータープルーフを一枚噛ませてやる。

 いいように操られた炎のせめてもの反撃であった。


「それでお前の母親の墓はどこにある?」


 スイの母の言っていることはよく分からなかったが恐らく埋葬が不完全だったのだろう。それも意図的なものだ。まずは墓を偵察する。その上でスイに母とお別れをさせてやる。

 炎には出来なかったことだから。それは炎の自分勝手な願いだったけれど炎はそれをやると決めた。


「源泉です。お山の上の川の源流。泉があります。大きな泉。母が父をそこに水葬したので私も母に倣いました」

「なるほど。生態系の破壊にもほどがある」


 川の枯れた理由はそれだ。穢れが川に流れ込んだ。

 仮にもここは霊山だ。人が足を踏み入れたどころか人が葬られた川など枯れるだろう。人々が信じた清浄さを失った霊山はその根底から崩壊する。

 村で医師が炎たちを止めなかったように霊山は霊山の価値を喪失しつつある。

 それを仕込んだのはスイの母親だ。

 娘を保護させるためだけにこんな大がかりなことをやらかした。


 炎は竹筒を手に取った。


「鯉、行くぞ」

『……うむ』


 鯉は妙に元気がなかった。


 川の源泉は干上がっていた。大きな穴が開いていた。その中にその死骸はあった。人間二人分の男女の遺体。奇妙なことに腐敗はしていなかった。スイの親が何かを仕込んだのかそれとも泉の効能か炎にはもう分からなかった。

 炎は念押しの問いをスイにした。


「お別れできるか」

「……ハイ」

弔火(ちょうか)・超越」


 炎の呼び声に応えたお護りはスイに手渡された。

 スイはおそるおそるそれを抱える。


「熱くありませんね」

「死者だけを燃やすお護りだ。本来なら葬式に使うものらしい」

「お葬式……知識としてはありますがきちんと執り行ったことはありません」

「山から下りればいくらでも見れる。人は毎日どこかで生まれどこかで死んでいるからな」

「そうですね。人間とはそういうものなのですよね」


 スイは頷いて火を抱えて歩き出した。

 両親の死骸の前で彼女は目をつむった。

 祈るように問いかけるように思うように願うように。彼女の気持ちは炎にはもちろん分からない。分かるようなものではない。


「さようなら、お父さんお母さん。私もいずれ遠い未来にそちらに行きます」


 スイの手から焔は放たれた。

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