網に掛りて藻掻くが如くに
『察する』というか‥‥
清三郎の『その姿』を見るに『何が起こったのか』を知るために、特別に鋭い能力は必要無かった。全身を雨に打たれるがままに任せ、暗い表情のまま、黙って下を向いている。
ダメだったか‥‥
掛けてやれる言葉が、ない。
こんな時、女将さんのような上手であれば、気の利いた文句のひとつも言えるだろうが。
普段であれば客の悪態に茶化して切り返しもするが、こういう『落ち込み』には正直なところ『耐性』がない。
‥‥別に、ワザワザ来る必要など無いのだ。
吉報ならば胸を張って知らせにくればよかろうが、逆であれば『黙って』いても清三郎に問題はない。何しろ、浮舟は大門からは出られぬ『籠の鳥』。そのまま捨て置いても良いし、状況が上向いてから来てもよかった。
だが、生来の『生真面目さ』が『それ』をヨシとしなかったのであろう。
浮舟は口でこそ『期待していない』と言ったが、無意識のうちに袖口を掴むほどの『期待』があった。
清三郎はそれを察していたからこそ、『黙っていては申し訳ない』と惨めを覚悟でやって来たのだ。
それが分かるからこそ‥‥済まなくもあり、嬉しくもあり。
「‥‥清さん、そんな格好で‥‥風邪を引くでありんすぇ‥‥さ、とりあえず中へ。身体を拭いて行きなんす」
浮舟が中へと促そうとすると。
「浮舟、お客人かい?」
下男の伝助が寄って来た。
「おや‥‥?この間の絵描きさんかね?」
「‥‥。」
尚も清三郎は黙っている。
「なぁ‥‥兄さんよ」
伝助が二人の間に割って入る。
「アンタぁ、銭が『薄い』んだろ?言っちゃぁ何だが此処は『遊郭』だ。お客人に夢ぇ見せる代わりに『それなりの』お代を頂く商売さね。ああ、残念だが『現実の夢』ってなぁ決して安かぁねぇもんだ」
伝助はキヨ婆の息子だと聞いた。なるほど、その表も裏も散々見てきたのであろう。
「アンタぁ、まだ若いんだろ?遊女の『好きでありんす』は商売道具。それを真に受けるモンじゃねぇよ。だからノボせて『入れ揚げる』なんてぇ馬鹿な真似をしちゃいけねぇ。そんなのは『お大尽』のすることさ。
それよりも今は仕事に打ち込むべきじゃぁねぇかと‥‥節介を言わしてもらうがね」
清三郎はやはり、下を向いたままだ。
この『間』をどうしたものかと浮舟が迷っていると、そこへ女将が現れた。
「おや伝助?誰かお客さ‥‥」
「女将、心配なく。今ぁ、客人は『お帰り』で」
振り向きもせずに伝助が返す。
「おや‥‥そうでありんすかぇ」
伝助の『それ』は、『こっちで何とかするから構わないでくれ』という意味である。
しかして女将は、それでも三人の元にやってきた。
「‥‥伝助、ご苦労おすねぇ。けど、済まないが厨房でキヨさんが忙しくしてありんすから、手伝いに廻っておくんなし」
後はこっちで引き受ける、という意図だろう。何しろ清三郎の一件は『大次郎』が絡んでいる。無下に追い返すという訳にも行くまい。
「‥‥へぃ」
伝助が頭を下げて引き下がる。
「えらい、シャキッとしんせんなぁ。元気だしておくんなし」
清三郎の肩口を、女将がポンと軽く叩く。
なるほど『それ』で切り出すのか。
流石だと、浮舟は感心する。こういう処は『年の功』というか。
「‥‥力、及びませんでした」
清三郎が頭を下げる。
「ダメで‥‥ありんしたぇ?」
浮舟が尋ねる。
「あんなに『綺麗』でありんしたのに」
清三郎の絵は決して他の浮世絵に遅れをとってるとは思えないが。アレが『ダメ』だというのなら、いったい何が『良い』のだろうか。
「‥‥版元が言うには『これは美人画かも知れないが、遊女を描いたものには非ず』と。『遊女を描くのなら、チャンと遊女を描いてこい』‥‥だそうです」
なるほど、そう来たか。
やはり甘くはないか‥‥
しかし、だとするとだ。
「ははぁ、そうでありんしたか‥‥けど‥‥『上げる』となれば『花代』を頂きんせんと」
女将が溜息をつく。
何しろ、銭が無ければ遊郭遊びは出来ない。それは当然のことだ。
「兄さんには、それだけの『手持ち』がありんすぇ?」
女将が清三郎に問う。
「‥‥いえ‥‥」
悲しげに、清三郎が首を横に振る。
仕方がない。
銭が無ければ諦めて『引き返す』しかない。
だが‥‥だが、それでも最初に清三郎の絵を見た時の『惜しい』は、尚も浮舟の心に宿ったままだ。
このまま放逐するには、あまりに『惜しい』。
何とかして奮起を促す事は出来まいか。
「‥‥清さん、何をイジけてありんすか?『絵』が売れれば『銭』になるのと違いんすかぇ?」
『此処は借りにしておけ』という助け舟だ。
「そ、それはそうです‥‥が‥‥」
ギリリ‥‥と清三郎が奥歯を噛み締めている。
あれだけ描けるのだ。己が画力にそれなりの自負はあるのだろう。
だがそれでも先は確約出来ない。それは、誰でも同じだ。まして自信を折られた端で『強気』は難しいのかも知れないが‥‥。
しかし、どうにも此のままでは埒が開かない。
思わず。
それは思わず口をついて出た啖呵だった。
「‥‥だったら、よろしおす。清さんが花代に熨斗つけて返せるまで、わっちが立替をいたしんす!」




