第1話 滑舌が命
よくある異世界系のアニメや小説の主人公たちは、最初は異世界に来た事やゲームの世界に閉じ込められた事を信じない。
なんか戦闘が始まって、切られてから、ようやく「こっ、これ……現実じゃないか!」って慌て始めるんだ。
だが、俺は違う。身体中の痛みが、俺にこれはリアルだと知らせてくるのだ。
もちろん正常な脳みそが、「アニメの見過ぎか、夢なんじゃないか?もしかしてテレビのドッキリ?! いや、一般人の俺をドッキリさせる意味ないか。後は、何かのイベントの可能性もあるな」などと冷静な意見を上げてきた。
しかし、担がれている最中うっかり目を開けてしまって、お尻からピンと伸びた猫の尻尾が、時折、偽物ではあり得ない動きをする場面を見てしまった。
人間に本物の尻尾が付いてるなんて、こんな事「現実」じゃあり得ないだろ?
やはり少女の言う通り、俺が異世界に飛んできたらしい事を受け入れるには十分だった。
しばらくして、猫と一緒に歩く「ご主人様」と呼ばれたその少女は、足を止めた。
「ご主人様、どうしたニャン?」
少し先を進んでいた猫は、ご主人様の異変に気付いて立ち止まり、後ろを振り返る。
ついに俺の寝たふりがバレてしまったのか?! もしかして、ピンチなのか!
そんな心配をよそに少女から発せられた言葉は、予想とは全く違うものだった。
しかも出会った時に聞いた声とは全く違う、何の感情もない、とても冷たい音。
「ごきげんよう、お兄さま」
少女と猫以外に、人の気配など感じない。
突然何を言うんだと思っていた次の瞬間。
「やあ、御機嫌よう。親愛なる妹、リリ・スカーレット。さすが僕の妹だけあって、どんなに隠れても見つかってしまうね」
低く、舐めつくような、嫌な声。
悪意の音。
木陰から、草木を踏む音がする。
「そんな怖い顔をするなよ、リリ。なに、ただの遊びじゃないか。“昔”も良くやったじゃないか」
「やめて!」
猫が、昔という言葉に反応した。
全身の毛が逆立ち、相手の男を威嚇した姿勢を取っている。
「やあ、クロロスミスルツキー・アッカネータ。まだ妹のお守りをしているとは関心関心。ふふふ、だけど僕に付けられた傷はまだ残っているようだね。また新しい模様を描いてあげようか?」
耳ざわりな笑い声が響く。
猫の呼吸は、何かを耐えるように荒くなっていった。
「……一体、何をしにいらしたのですか」
「何って、可愛い妹が散歩に出かけたと聞いたから、心配で追いかけてきたのさ」
「嘘つき。殺そうとしたくせに」
「まあ、死んだらラッキー程度の罠だよ。あんなオモチャで、リリが死ぬ訳ないじゃないか」
「私ごときに、わざわざご自身で出て来られるとは。随分おヒマなんですね」
「……言うようになったじゃないか」
男が剣を抜く音がした。
場に緊張が走る。
「クロ、そのお方を降ろして差し上げて。この外道に退いて頂かなくては」
「分かったニャン。クロ、こいつ倒すニャン」
雑に投げ下ろされ、俺は尻餅をついた。
「いっ……てぇ!」
「あら、おはようございます。遅いお目覚めですわね」
眼前には、赤い眼を持つ少女が立っている。
銀色の長い髪が、そよ風にたなびいていた。
俺は、その少女、リリ・スカーレットの美しさに一瞬で目を奪われたのだった。