第5話 オーナーからの贈り物
土曜日。僕はcafé No.8に足を運んでいた。
「いらっしゃい、どこに座るかい?」
店に入るなり、オーナーが声をかけてきた。
「そこの窓際の席でお願いします」
「はいよ、そこで待っといで」
すでに二回も訪れているので、だいぶ慣れてきた。オーナーのほうも大分くだけた感じになってきて、こちらも妙な緊張感を持たずにいられるようになった。
「何にするかい」
「本日のケーキセット、アイスミルクティーで。」
「かしこまりました。」
そう言って、オーナーはキッチンのほうへ向かった。
(さて、AM8:00さんの更新はあるのかなっと…)
僕はスマートフォンで検索を始めた。
(おっと、更新があった。どんな作品がアップされているんだろう…)
僕は更新された作品を見て
「やっぱり、この人の作品は美しいな…」
と思わず、声に出さずにはいられなかった。
「おや、何が美しいんだって?」
とシフォンケーキとミルクティーを持ったオーナーがやってきた。
「これですよ、オーナー。」
僕はスマートフォンの画面をオーナーに見せた。
「これは綺麗な海の映像だねぇ。誰が描いているんだい?」
「AM8:00という方です。他にも色々と作品がありますよ。」
「そうかい。若い人はこういう技術を持ってていいわねぇ。」
「オーナーのシフォンケーキを作る技術もすごいと思いますよ。」
「あらぁ、ちょっとは腕を上げてきたわね。そういうの、真理ちゃんにも言えるようになりなさいよ。」
「うっ、善処します…」
「話はこの程度にして。さ、冷たいうちに召し上がれ。」
「ありがとうございます。いただきます。」
僕はシフォンケーキとミルクティーをじっくりと堪能した。待っていれば、真理さんと会えるのではないかと思っていたのだが…。真理さんは夕方になっても来なかった。
「オーナー、ごちそうさまでした。」
肩を落としながら僕は会計をお願いした。
「今日は来なかったみたいで残念ね。」
「うっ、バレていましたか。」
「少年は分かりやすいのよ。今日は何かしようと思ってたんじゃないの。」
「それもバレていましたか。実は遊びのお誘いを…」
「少年、積極的になったねぇ。」
オーナーは満足そうな顔をしていた。
「積極的になった少年にいいものをあげよう。」
オーナーは棚からチケットらしきものを取り出した。
「動物園の招待チケット。ちょうど二枚余っていてね、どうだい?」
「オーナー…。ありがとうございます!ありがたくいただきます!」
と言って、チケットを受け取ろうとしたとき、オーナーはチケットを持った手を引っ込めた。
「少年、どうやって誘うつもりかい?連絡する手段はあんのかい?」
「…ありません。」
「だろうと思ったわよ。ちょっと待っときなさい。」
そう言ってオーナーは携帯電話を取り出して、どこかに電話をかけ始めた。
「あぁ、真理ちゃん。急に電話してごめんね。ちょっと時間はあるかい?」
どうやら真理さんに電話をかけているみたいだ。もしや、オーナーは…
「そうそう、前に言っていた動物園のチケットなんだけどね。真理ちゃん、あの男の子と行く気はないかい?」
(オーナァァァァァァァァッ!マジで言いやがった、この人。)
「行けるのかい。そう、そしたら来週の土曜日でどうだい?うん、わかった。来週の土曜日の午前十時にバス停で待ち合わせで。うん、またね。」
と言って、オーナーは電話を切った。
「ちょっと、オーナー。いいんですか?」
僕は目を白黒させながら、オーナーに尋ねた。
「電話で聞いた通りでしょ。頑張ってきなさいな。」
「は、はい!」
僕はそう言って、胸を高鳴らせながらcafé No.8を出た。そして、スマートフォンを取り出し、SNSのアプリを起動した。
「えっと、『ミノ:来週の土曜日にデートが決まりました。』っと。」
『Maasa:マジか』
『Shun:やったじゃん。』
『やす:まずは一歩進んだね』
『Shun:どこに行くんだ?』
「『ミノ:動物園に行くことになった』」
『やす:動物園か、よく向こうがオーケーしたね。』
『Shun:それな』
『Massa:それな』
「『ミノ:色々あって、そこになった』」
『やす:動物園だと中身を考える必要もないし、ある意味よかったかも』
『Massa:でも、トーク力が問題じゃ』
『Shun:あぁ、トークな(察し)』
「うっ…『ミノ:そこは…善処します』」
『やす:頑張って。服はちゃんとしたものを着ていきなよ。』
『ミノ:わかった』
『Massa:楽しみだな』
『Shun:頑張ってこいよ』
『ミノ:ありがとう、頑張ってくる』
僕はスマートフォンをしまい、下宿先へ歩みを進めた。家に帰ってくると、大きな封筒が届いていた。
(株式会社KYOYOUDOからだ!もしかして、選考結果が)
僕は家に入ってから、封筒を開封した。
(なになに、選考の結果…二次選考を通過いたしました。追って最終選考の日程をお知らせいたします。)
僕は家の中でガッツポーズをした。第一志望の企業の最終選考に進むことができたのだ。前回は二次選考で、集団面接であった。同じグループの人達のレベルが高く、これは落ちたなと諦めていたのだが…
(幸先がとてもいいぞ!来週はデートだし…。ダメだ、浮つかないように気を付けないと。こういう時こそ、落ち着かないと。)
僕は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
(とりあえず、親にも連絡をしておかないとな…)
僕は親に二次選考を通過した旨のメールを打った。するとすぐに
『母:おめでとう!よかったね!最後の選考をがんばっておいで。』
『父:最後まで気を抜かず、頑張れ。』
(ふぅ…。いつも通りだな、この返信内容も。)
僕はスマートフォンを置き、来週の土曜日のデートに期待を膨らませながら、晩御飯を作り始めたのであった。