親子
カーテンの隙間から射し込む光が朝であることを告げてくる。少しずつ頭が覚醒してくると共に、慌てて上半身を起こした。
ええっと、昨晩どうしたんだったか。いまいちはっきりとしない記憶を辿って数秒唸る。
夕方までアンドルフさんの仕事を手伝って、それで帰って荷台を整理し終えた頃には日は落ちていた。そしてまた夕飯をご馳走になって、それで……。
そのあと何したか全く覚えがない。酒を出されたり薬を盛られた線は有り得なさそうなので、恐らくは自分の部屋に戻った途端に寝てしまっていたのだろう。
なんというか、仕事がキツくてキツくて疲れ果てたような感じで、少し恥ずかしい。自分の体力の無さにほとほと呆れる。
病の面で落ちていた体力は回復しているようだが、それ以外の面では殆ど死ぬ前のままらしい。
つまりは病気で寝たきりになっていた期間で落ちた体力は回復していない。日常生活に支障はない強化はされているのかもしれないが、どれほど自分の体が衰えているかわからない。あの時は時間の感覚すら曖昧で把握することすら面倒くさがっていたから。
少なくとも肉体労働を日中ぶっ続けでやるとぶっ倒れるのは確定らしい。五体満足だった頃よりは確実に体力が衰えている。
何ら疑問は抱いてなかったが、今確認すれば手足もひょろくなってしまっているし、本気で折ろうとすれば折れそうである。アンドルフさんの手伝いを続けていけば体は鍛えられるかもしれないが、当分はぶっ倒れることになりそうだ。
まぁ、今日は別にやりたいことがある。アンドルフさんの仕事は断らせて貰うことにしよう。
ベッドから起き上がり、軽く体を動かす。幸いにも何処も筋肉痛にはなっていない。確認をすませてから、剣を手に取り階段を降りた。
◇◆◇
朝食を済ませ、アデーラさんに食器を渡して礼を言う。そうしてにっこりと微笑まれた後に、アンドルフさんに話を切り出した。
「アンドルフさん、少し良いですか」
「どうした。アデーラはやらんぞ」
いつもより少し低く不機嫌そうな声でアンドルフさんが返す。どうやら今のやり取りを見て軽く拗ねたふりをしているらしい。お茶目というか、相変わらず冗談好きな人である。
「それは、そうですか……残念ですが、諦めるしかないようですね」
「代わりにアンナなら大丈夫だ。持ってけ泥棒」
「え、ちょっとお父さん!?」
「お金はどのくらい払えば良いですか」
「旅人さんまで!?」
軽口合戦が始まったところを、最終的にアンナが可愛らしく怒って終了する。取り敢えずアンナは家が建てられるほど金を貯めれば買い取れるらしい。覚えておこう。
「で、本当は何用だ。お前さん」
「そうですね。昨日から始めたばかりなのに申し訳ないですが、今日のお手伝いは休ませて貰って良いですか」
「ん? 言ってなかったかお前さん、今日は俺達は休みだぞ」
「え、本当ですか?」
確認するようにハルトの方を向くと、頷きが帰ってくる。どうやらアンドルフさんの言うとおり今日は休みの日らしい。
「流石に毎日働いてたら体が持たねぇよ。そんな事するのは期限が近い職人や物書きか敬虔な聖職者ぐらいだろ。なぁ?」
「神への信仰は仕事でも義務でもありません。その心が大切なんです。わかったら暇なときぐらい来たらどうですか」
わざとらしい呼びかけに対して、キッチンで皿を洗ってるらしいアデーラさんから返事が飛んでくる。
「まぁそんなもんで俺達は休みだ。しかし、お前さん何か用事でもあるのか」
「ええ、まぁ。少し村の外の探索でもしてみようかと」
「そうか、なるほどな。剣の慣らしか。いや、悪くないな。うーん、ハルト、今日はやることないよな?」
「特にはねぇ」
「なら丁度良い、お前も付き合ったらどうだ」
言われたハルトは数秒悩む素振りを見せた後、立ち上がって外に出て行く。あれは了承と捉えていいんだろうか。
「うん、じゃあハルトも行くようだから問題ないな。頑張ってきてくれ」
「アンドルフさんはどうするんですか?」
「俺か? 俺はやることができたからな。悪いが行けねぇな」
「なるほど。仲のよろしいことで」
「当たり前だ」
椅子に座ったまま軽く手を振るアンドルフさんを横目に家を出る。剣のベルトに体を通し、左のポケットにモンスターノートが入っていることを確認する。
そうしている内にハルトも姿を現した。背中には弓と矢筒、腰には細く短めの剣を佩いている。ナイフと呼ぶには流石に大振りだが、剣と呼ぶにはかなり短い。小剣と呼ばれるものだろうか。装備を眺めていると、おもむろに声が掛かる。
「行かないのか。行くのなら、急ぎたいんだが」
「ああ、悪い。行くか」
「おう」
初対面の時よりかなり落ち着いた印象だが、あの時はあの時で無理をしていたのかもしれない。ハルトと横に並ぶようにして、道を歩いて行く。
一応剣を振るって戦う以上危険が伴う訳なのだが、隣を行くハルトはやけに落ち着いている。やはり手慣れているのだろうか。気になって聞いてみることにする。
「モンスターと戦うのは日常茶飯事なのか」
「ん? ああ、そうだな。たまに外に出て狩りをするときはある。日常茶飯事って程でも無いが、そう特別なことじゃない」
「なるほど。じゃあ結構世話になるかもしれないな」
「はは、冗談はよせよ。お前もかなりの使い手なんだろう?」
「何でそう思う」
「親父が言ってたからな。あいつは、そこら辺の見る目は確かだ」
少し不服そうにハルトが呟く。勘繰るようで悪いとは思うのだが、少し踏み込んで聞くことにした。
「アンドルフさんとはあまり仲が良くないのか」
「……どうして、そう思った」
「今の言い方と、アンドルフさんと居るときはあまり喋らないからだ」
「そうか、まぁ、わかるもんなんだな」
遠くを眺めるようにして顔を逸らし、ハルトはゆっくりと歩みを進めていく。そのスピードは話し始める前より、少し遅くなっていた。
「別に、仲が悪いって訳じゃねぇが……」
「よぉ、ハルト! おーい!」
遠くからハルトの名が呼びかけられ、そちらを向くとがたいの良い青年がこっちに向かって走ってくる。
呼ばれた本人は、あー、と微妙そうな目で近付いてくる青年と俺を交互に見やった。なにやら面倒くさい事なのかもしれない。
「なんだ、やけに早いじゃねぇか今日は」
「お互い様だがな」
「はは、言えてらぁ。そのお連れさんは、どなただ?」
「うちに泊めてる客だ。旅人らしい」
紹介を受けて頭を下げると、向こうも深く頭を下げてくる。アンドルフさん程ではないが、恵まれた体躯にこぶのような筋肉が幾つもついている。かなりラフな格好で、右腕にはハルトが頭に付けているものと同じようなバンダナが括られていた。
どうやら、一種の仲間の目印なのかもしれない。
「で、これからどうするつもりだったんだよ」
「少し外にな」
「狩りか? 丁度良い、俺達も付き合おう」
「いや、狩りとは少し違う。助けは要らない。悪いが今日は二人でやらせてくれ」
「おう、そうか。確かにお前が居れば大丈夫だな、余計なお世話だった。頑張って来いよ」
「すまん。ありがとう」
立ち止まってみていると一連のやり取りが終わったらしく、いこう、とハルトがまた進み始める。
「悪いな。話が途切れちまった」
「大丈夫。続けてくれ」
「そうだな、仲が悪いわけじゃ無い。互いに少し思うところがあるってだけだ。今日だって親父は何もないだろうって言ってたが、俺が休みの日はできるだけ行くようにしてる場所はあったしな」
「そうか……それは、さっきの彼の所か?」
「まぁ、そうだな」
なるほど、大体分かってきた。先程の二人のノリを見るに、彼らのグループはそれなりに長い付き合いで、共に狩りをしたりすることもあったのだろう。もしかすると、剣術や弓の競い合いもやっていたのかもしれない。
脅威が身近にある状況で、尚且つ他に娯楽が少ないとなると、身の鍛錬に時間をかけるのは自然と当たり前になる。或いはこの村がどうかは分からないが、これぐらいの年齢になると仲間内で酒やギャンブルに手を出したりしているかもしれない。
それが単純に、アンドルフさんは心配なのだろう。元旅人であるなら、モンスターの危険も、酒やギャンブルでの失敗話も聞けばいっぱい出てくるはずだ。
互いに優しいからこそ、そこではっきりと言い出せないのだろう。ハルトも、自分が父親にどう思われて、どうして欲しいかは分かってるはずだ。ただ、仲間との付き合いは何より楽しく、尊い。
そして、その事だってアンドルフさんもきっと分かってる。
「ふふ、はは」
「なんだ、いきなり」
気づけば忍び笑いが出ていたらしい。ハルトがわざとらしくムッとした顔でこちらを見る。その仕草と顔は、何処かで見覚えがあった。
「いや、下らないなと思ってな」
「なんだと、うるせぇな。少し寄りたいところがある、急ぐぞ」
「はいよ」
一気に歩幅を広げてペースを上げたハルトの後を小走りしながら追う。
ぽっかりと開いた空は心地よい日差しと風を運んで、浮かんだニヤニヤとした笑いは一向に引いてくれなかった。
ツンデレ少年好きメスイキさせたい