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二日目

「お前さん今日はどうするんだい?」


 朝起きて皆と朝食を共にした後、アンドルフさんにそう訊かれた。


「アンドルフさんが仕事があるんでしたら、僕もそれに同行しようと思っています」

「おっ、いいねぇ。ならそろそろ出るから支度しといてくれ。と言っても、特別な物は要らないがな」

「わかりました」


 持ってきていた剣を自分の部屋に戻して家を出る。無言でハルトも立ち上がり、アンドルフさんの後に続いた。何だかんだ剣は常に持ち歩くようにしていたのだが、アンドルフさんと一緒なら危険は無さそうだ。

 外に出ると相変わらず外は快晴で雲一つない。太陽は高く昇り地面を照らしているが、不思議と暑くはなく吹くそよ風が心地良い。

 遠くの丘では風で草が波打ち、牛のような生物がそれを()んでいる。

 寝転がって日向ぼっこでもしたら絶対に気持ちいい筈だ。


「この荷台、頼めるか」


 素朴なようで雄大な景色に目を細めていると、背後から声が掛かった。振り向くとアンドルフさんが昨日積み分けた荷台の内の小さい方を指さしていた。

 残った二つの内大きな方をアンドルフさん、俺と同じぐらいの大きさの物をハルトが運ぶのだろう。

 まずは加工する職人か、あるいは材料を売る業者にこれらを届けるのが最初の仕事だったはずだ。

 これに関しては何処の誰と言われてもわからないので、あまり助けにならないかもしれない。せめて分かりやすい道案内でもあれば良いのだが。


「これを何処に運べば良いんですか?」

「ん、そうだな。お前さんの所は俺が行くところと近いから途中までは一緒に行こう。別れてもすぐに位置がわかる場所だ。ハルトはいつもの所だ、わかってるな」


 ハルトがこくりと頷くと、アンドルフさんは満足げに笑った。どうやらハルトが行くところは大体いつも決まっているらしい。

 近いところと言ってる辺り、俺が来る前までは二つの荷台を一人で運んでいたのだろう。

 荷台に積み込むときよりは力仕事に感じないとはいえ、アンドルフさんの荷台はこちらの二倍以上ある。昨日も思ったが見た目通りの怪力だった。

 じゃあ行くか、とアンドルフさんの号令の後、それぞれの荷台を押して進み出す。やはり道はボコボコで、揺れる荷台から木が落ちそうだった。跳ねる度に来る衝撃は重く、無理に押さえつけようとすると手の皮が剥けそうだ。

 道すがら通りかかった村人さん達とアンドルフさんは挨拶を交わしていく。常に陽気な雰囲気は人を寄せ付けるのだろう。昨日言っていたアンナのような問題は、寧ろ関係なさそうとさえ思えた。

 程なくして見えてきた分かれ道で、ハルトは俺達とは別方向に逸れていく。

 ハルトの後ろ姿が大分遠くなった辺りで、アンドルフさんが口を開いた。


「悪いな。ハルトの奴、今日はなんか無口だっただろ」

「いや……ええ、まあ」


 思っていたことの図星を突かれ、少しばかり気が動転する。


「緊張してんだよ、アイツ。木を運ぶときはいつもこうだ。偶にしかない機会だからわからないでもないが、いい加減動じない男になって欲しいもんだ」

「ハルトさんの運び先はどういった所なんですか?」

「ああそうか言ってなかったな。教会だよ、教会。アデーラが司祭をやってるところだが、そこにカワイイ娘っ子が居てな。アイツその娘にほの字なんだよ」

「へぇ、なるほど?」

「んー? 何だその目は。親子だとやっぱり趣味は似るんだなってか? バカを言うなお前さん、アデーラの方が一万倍は美人だ」

「まだ何も言ってませんよ。なるほど旅人が木こりになった理由はそこにあったのかって思っただけです」

「ふは、俺もアイツのこと言えないってか。良い返しだなお前さん。アデーラの事を出されたら俺はお手上げだ。あれだけ褒めちまったしな」

「こちらこそご馳走様です」


 軽口を叩きながらゆっくりと荷台を進めていく。わざわざ教会になんで木を、と思ったが教会お抱えの職人でも居るのだろう。信仰が力を持つところなら教会が力を持ってもおかしくない。

 この村の雰囲気からして、政治も経済も全く関係なさそうなように感じるが、それでもまとめ役は必要だ。そうなると村長のような人物が居るのかもしれないが、紹介も案内もされていない。

 もしかするとだが、この人望を考えるにまとめ役に当たるのはアンドルフさんじゃないだろうか。

 俺と親しげに話しているこの人は、以外と凄まじい豪傑なのかもしれない。


「よし、この道の奥に屋根が平らな建物が見えるか?」


 アンドルフさんが立ち止まり、遠くを指さす。その先を辿ると、並ぶ建物の中に一つだけ異質な物を見つけた。

 丸太で組まれた三角形の屋根が一般的に見えるこの村で、一つ縮こまったように小さな建物がある。いや、それはもう建物と言うよりボロ屋という表現が相応しかった。

 素材も木ではなく、外から見た印象はトタン板で組まれた物置と言った感じだった。人が住んでいるかも怪しい、今にも崩れそうなわびしささえ感じる。


「本当にあそこに人居るんですか」

「勿論。少し気むずかしい爺さんだが、まぁお前さんなら大丈夫だろう」

「はぁ……」


 そう言われたら行かざるを得ない。じゃあ、と別の方向へと進み始めたアンドルフさんを横目に、更に重くなった気がする荷台を押し進めた。

 程なくして、アンドルフさんの言っていたボロ屋に辿り着く。取っ手のお陰でかろうじてドアとわかる部分をノックして返事を待った。

 数秒後、ゆっくりとドアが開いて中から腰を深く曲げたお爺ちゃんが出てくる。自然と向こうが見上げる体勢だが、細く鋭い眼光と大きな鷲鼻のついた風貌は中々に凶暴だった。

 見るからに気難しそうなお爺さんである。


「誰だ」

「アンドルフさんの使いの者です。木を届けに来ました」

「それは本当か?」

「こちらが嘘をつく理由が御座いません」

「ふん、生意気なことを言うガキだ。しかし、あの小僧がお前のような奴をなぁ……」


 何かを探るようにジロジロと見られて気分が悪い。意地の悪そうに目がギョロギョロと動き、しわがれた声で苦い毒を吐く口が文句を言いたそうにモゾモゾとしている。

 お前さんなら大丈夫と言われたが、何をもってしてそう言ったんだろう。この爺さん相当厄介なタイプとはわかっていると思うのだが、まさかアンドルフさんが行ったのはもっと厄介な方だったというのか。


「小僧め、儂にこんなガキを寄越しおって……お前、どこの人間だ」

「どこの人間、と言うのは?」

「何処の家のガキだと聞いている。小僧の家には男のガキは一人だと聞いていたが?」


 なるほど、ハルトの方はこの爺さんと面識があるらしい。

 さて、この場合はどう答えるべきだろうか。この爺さんの偏屈ぶりを考えると、どうでもいい人間とは関わりを持ちたくないタイプだろう。この村の人全員と関わりがあるとは思えない。適当なこと言えば切り抜けられる可能性もなくは無さそうだ。

 正直に旅人と言えば良いのかもしれないが、よそ者の言葉は信用できないと突っぱねられればそれまでだ。任された以上、自分の仕事はこなさなければならない。

 何よりここら辺の問題はアンドルフさんに迷惑が掛かるだろう。それは避けたいところだ。

 となると、正直に言うのが正しいか。爺さんの年齢から考えて、アンドルフさんが旅人だったことを知らない人間とは思えない。

 元旅人が倒れていた旅人に恩情をかけるというのは納得できる話だ。


「どうした、早く答えんか」

「村の外から来た者です。アンドルフさんの所に泊めて貰っています」

「なんじゃ旅人か。なら儂の話も聞いていないんか」

「ええ、取り敢えずここに木を運べと。受け取って貰わないと困ります」

「ふん、躾がなっちょらん。客について説明するのは当たり前じゃろうて。小僧を呼んでこい」

「そんなに信用なりませんか」

「当たり前じゃ。こんな見ず知らずのよそ者のガキなぞ、信用できるものか」


 面倒くさいジジイだな、質が悪いにもほどがある。

 そこを何とかと頭を下げる場面なのだろうが、こういう奴にペコペコするのは性に合わない。問題になったときはアンドルフさんに頭を下げるしかないが、あの人なら何とかなるだろう。

 今は頭に溜まったイライラの方が先行してしまっている。


「じゃあ俺を信用して貰わなくても良いです」

「わかったなら小僧を呼んでこい」

「その必要はありません」

「なんじゃと。何ぞ口答えするつもりか」

「木を見てもらえばアンドルフさんのものと分かるはずだ。貴方の目が、貴方の見た目と口通りに老いて腐ってなければですが」


 引っ張る都合上、俺の背中に隠れていた荷台を強引に引っ張って爺さんの目の前に持ってくる。

 木の違いなんてぶっちゃけ俺にはわからない。適当こいた詭弁だ。だが材料のままの木を必要とする人間で、この年でこんな場所に住んでるとなると、売人ではなくきっと加工する職人の筈。

 であれば、その偏屈にねじ曲がったプライドが許さない。自分はいつも加工している木の良さすらも見分けのつかない凡骨です、と言ってしまうのを、相手が詭弁だと分かっていても許すことができない。

 俺の発言に最初は目を大きく見開き、その次に木を睨んで顔を歪ませて数秒、恨みがましそうにこちらへ目を戻した。


「気にくわないガキだ」

「お褒めに預かり光栄です」

「木は貰っておいてやる」

「ありがとうございます」


 互いに分かりやすいほど刺々しいやり取りが続く。

 その険悪な雰囲気の中に突然、別の何かが混じってきた。


「久しぶりだな爺さん、どんな感じだい?」

「……遅かったな小僧」


 陽気な声で割り込んできたのはアンドルフさんだった。こちらの様子を察して飛び込んできてくれたのだろう。


「そこのガキ、もう少し躾を何とかせい」

「こいつに限って大きな問題は起こさないと思うが」

「単純に態度が気にくわないだけじゃ。老人を敬うことを知らん」

「態度に関しては爺さんも言えたことじゃないだろう?」

「ふん、小僧がたわけた口を。お前も態度が悪くなったな」


 アンドルフさんが来れば何とかなると思ったが、この爺さん俺以外に対してもこの調子らしい。呆れで溜め息が零れた。


「まぁ、態度が気にくわないガキじゃが……面白い部分もある。儂ほどの歳になれば面白くなるかもな」

「それは良かった。まぁ旅人っつーのは舌先三寸、口八丁上手くないとやってけないからな。じゃ、お代は?」

「用意しとるわい」

「よし、ありがとな爺さん。また」


 そう言って腰の後ろに回していた右手を前に出す。その手には封筒が握られていた。なんだかんだ払うつもりだったらしい。本当に面倒くさい爺さんだ。


「じゃ、行くか」

「ええ」

「面倒な爺さんだっただろ」

「本当に。と言うか分かってたんですね。わざと押しつけましたか?」

「いや、そう言う訳じゃ無い。ただな、あの爺さんも悪気はねぇんだ。あんな場所で独り暮らし、滅多に外に出ないから、多分話し相手が来たときぐらいは長く話したいだけなんだよ。で、いつもは俺と話してるからたまには別のやつがいいんじゃないかって思ってな」

「なるほど」


 新手のツンデレか何かか。爺さんのツンデレなんぞ誰も得しないが。

 荷台に乗っていた気が軽くなったが、その足取りは少し重い。あのやり取りで木と一緒に元気も置いて来てしまったらしい。

 多分本番の力仕事はこの先に控えているというのに。どっと押し寄せてくる疲れに、思わず溜め息を吐いた。

ツンデレ頑固じじい好きくっころさせたい

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