プレゼント
「む……」
額に当てられたひんやりとした物体の感覚に目が覚める。
体に纏わり付く倦怠感を振りほどいて上体を軽く起こすと、腹の辺りにぺしゃっと何かが落ちた。どうやら俺の額に乗っていたのは冷水で湿らせたタオルだったらしい。服は麻のような素材でできた質素なものに変わっていた。
手足のふかふかとした感覚から、今までベッドで寝ていたとわかる。
眠気からの支配を完全に脱して上体を起こしきり、周りを良く確認した。
ここは空き部屋か客室用の小部屋だろう。壁や床、天井は木で作られていた。特に天井や一部の壁は丸太をそのまま組み合わせたような感じだ。全体的に素材は木が重宝されているのか、家具も木で作られた物が多い。
窓はあるようだが、カーテンが閉められていて薄暗い。視界が悪いと言うほどの暗さではないから問題はない。
ベッドの近くの机には一本の剣と陶器の花瓶があり、寂しそうに花が一輪咲いている。机には付きものである椅子は軽く移動されており、座ったときにベッドの方向を向くような配置になっていた。
この椅子の位置と額のタオルのことを考えるに、恐らく俺は誰かに看病されていたのだろう。あの神様のことだ、気絶したまま適当に放り出された可能性は充分にある。
信じられないことだが、別の世界に飛ばされたというのは本当らしい。
ただの夢という可能性は否定しきれないが、その割には感覚が余りにも現実的だ。
取り敢えず看病してくれた人に礼を言おうと、起き上がってドアを目指す。冷やしタオルの様子からしてそこまで時間は経ってないはずだ。近くに居るだろう。
そう思ってドアノブに手をかけようとした瞬間、それは奥に引っ込んだ。
薄暗かった視界にいきなり光が飛び込んできて、思わず右手を掲げた。ドアが勝手に開くとは思えないのだが。
「わ、えと、おはようございます。起きて大丈夫ですか?」
正面からソプラノの声が聞こえる。ようやく光に慣れた目でそちらを向くと、水の入った桶を持った少女がいた。
小柄な身長と健康的に焼けた薄く焼けた肌を、長い黒髪が覆っている。体のシルエットはくすんだ白のワンピースで隠されて窺えないが、軽く縛られた胴回りは細く、胸は軽く膨らんでいた。こちらを向く顔は驚きや安堵の笑みでコロコロと変わり、表情豊かであることが窺える。
邪気の無い様子と好奇心に満ちた大きな瞳は、少し危なげで何処か微笑ましかった。歳は14から16程のように思える。
どうやら言葉は通じるようだ。
「大丈夫だ。お前が看病してくれたのか?」
「はい。村の外で倒れていて、ここに運び込まれたんですよ?」
「助かった。ありがとう」
「えへへ、どういたしましてです」
どう考えてもあのクソ神様のせいだと思うのだが、この少女の笑顔に免じて文句は言わないことにする。取り敢えず今するべき事は情報収集だ。
「それで……悪いんだが、記憶があやふやなんだ。俺が倒れていたときのこととか、この場所についてとか、教えて貰えるか」
「はい、わかりました! お父さんとお兄ちゃんを呼んでくるので、下で待っててください」
元気な返事と共に、少女は走り去っていった。後ろ姿を追うように部屋の外へ出ると、通路の先に見える階段には所々水が撒き散らされている。
水の入った桶を持ったまま走ればそうなるか。木が腐ったりしなければ良いのだが。
部屋に戻り、机の上の剣を見やる。
恐らくこの剣は俺が持ってた物なのだろう。剣を持ったまま寝かせる訳にもいかず、近くの机の上に置いたと考えるのが妥当だ。でなければ、こんな場所に剣が置かれてるとは思えない。
違うのならば、その時はその時だ。他人のものだとしても敵意を見せず返せば問題にはならない。
手に取ると、ズシリ、と確かな重みが伝わってくる。片手で持つには少しキツい。
柄の長さは拳2つ半程度。両手で持つには少し短いように感じる。刃渡りは腕より少し長い位で、根本には簡素的な鍔が備えられていた。無駄な装飾の入っていない洗練された鞘からは、肩に通す用のベルトが伸びている。
「ん?」
剣を品定めするように見ていると、柄の部分に白い紙が括られている事に気づいた。剣の一部かと思ったが、それならば紙という素材は脆すぎて適さないだろう。
どれどれ、と結び目を外して紙を開く。案の定そこには字がびっしりと書かれていた。
『神様からのプレゼント
貴方ならすぐこの手紙に気づくだろうから、嫌味は言わないでおくよ。
魂の神様(えらい。凄い)から、約束通り幾つかプレゼントを渡しておこう。
1、その世界のあらゆる地域の人と言葉が通じる
2、この剣に対する私直々の加護
どちらも結構強力でとても面倒だったので大変感謝するように。
剣の加護についてですが、この武器で命を持った相手を殺害した場合、その魂を取り込んで貴方を強化します。存分に戦うように。
それと私の事を信仰してる地域もかなりあるので、私を馬鹿にするような事を言わないこと。天誅下っても知りませんよ。以上』
「相変わらず性格が悪いなこいつ」
嫌味は言わないとほざいてるが、俺が気付くのが遅れた場合それ自体が嫌味になる。地味に最後に脅しも入ってるし、直々とかのワードが部分部分入っているのが勘に触る。
何より腹が立つのが加護とやらの内容が戦いを避ける、危険事をしなくて済むようなものでは無く、自分から危険に突っ込まないと話にならないという所だ。
ここに来る前の危険が多い場所という言葉と、剣を持ってることが何ら咎められない所を考えるにそういった危険があることは覚悟していた。だがどうせ加護するなら自ら死地に飛び込む様なものはやめて欲しかった。
溢れでるため息が抑えきれず、口から重く吐き出される。来たばかりだと言うのに早速疲れ始めてきた。
まぁ仕方がない。元よりプレゼントにそこまで期待はしていなかった。武器をくれただけでもありがたいと思っておこう。
読み切った手紙を破り捨て、鞘に付いてるベルトを肩に通し、締める。多少暴れても剣が落ちないこと、利き手ですぐ剣が抜ける事を確認してから部屋を出た。
取り敢えずは一階で話を聞こう。活動するのはそれからでいい。