4-2 滅びの子は三人
「うひゃひゃひゃ」
清蘭の目の前には、老婆が座っている。桂国のレース編みのベールをかぶり、顔はほとんど見えない。
しかも広い応接室の上座には、王と王妃までいる。
王と王妃の背後に控えているのは、シェルの両親だ。
(ど、どうしましょう)
椅子に縮こまって、清蘭は固くなった。
背後にはいつものようにシェルが立っている。
ちらっと横目で見るけれど、シェルは無表情のままで清蘭と視線を合わせることもない。もちろん仕事中なので、彼は両親との会話もない。
異様な静けさの中、ただ老婆の笑い声だけが聞こえる。
思いだすだけでも顔から火を噴きそうな夜だった。
今日はまだシェルとほとんど口をきいていないし、目を合わせてもいない。
もちろん、姿を見かけたからといって飛びついてもいない。
飛びつけるはずがない。
(いたたまれない……です)
桂国の老婆は占星術師だ。
ああ、きっとろくなことがない。
だって清蘭が滅びの王女であると予言したのは、やはり桂国の占星術師だったのだから。
「久しいな。確か名を……」
「わしのことは銀目と呼ぶがいい。桂国の占星術師は、代々星の名を名乗るのが習わしじゃ」
ひゃひゃ、と銀目は笑いを洩らした。
「それとな、わしはそなたとは初対面じゃよ。そこの姫さまの滅びを予言したのは、金目じゃからな」
藍国の藍都は二重星である金目、銀目の方角にあるので、代々その名を継ぐ占星術師が、藍国について占うのだそうだ。
「で、銀目とやら。突然やって来て、今日は何用か」
「まぁ、待て。桂国からはさすがに遠うてな。しばし休ませてもらおうか」
銀目は温かな茶をすすった。碗の中に花や氷砂糖、干した果物が入った香り高い茶だ。
碗を持つ手は、高齢の割にきれいだと清蘭は感じた。
「さて、わしがこうして伺ったのは、金目が伝えておらぬ占いがあったからじゃ」
銀目は、清蘭をじっと見据えた。
「まさか、また娘に関することですの?」
王妃が、おどおどと視線を泳がせる。
「おや、まぁ。王妃さまにとっては王女は厄介者かね」
「滅びの姫を生んだのは、お前のせいだと……」
「そう責められたのかね」
王妃は両手を握りしめ、唇をかんだ。指の関節が白く見えるほど、強い力がこもっているのが分かる。
「……言葉にせずとも伝わります」
「ほう、そうかね。じゃが、まぁあんたのせいじゃありゃせんよ」
「それはどういうことですか?」
「なぁに、金目が遺した占いの結果をいつまでも藍国に伝えんのも、いかんじゃろうて。わしがやって来たんじゃよ」
銀目は立ち上がった。思いの外、背が高い。座っているとただの老女なのに、両腕を広げてばさりとマントのような布を翻すと、圧迫感を覚えるほどだ。
顔にかけたベールの陰で、細い唇がにやりと笑ったのが見えた。
「金目が十四年前に占いし、滅びの星。そう、姫さまについていなさる星さ。その滅びの星が悪さをしたんじゃよ」
手首に何重にもはめた細い銀の輪が、しゃらりと音を立てる。
「滅びの星は三つに分かれた。一つは、そのまま清蘭さまの元に今も留まっておる」
自分を名指しされ、清蘭は思わず身をすくませた。シェルが背後から、清蘭の肩に手を置いてくれる。
ただそれだけのことで、一人ではないのだと安心できる。
たとえ気まずくなっていても、シェルなら心を許すことが出来る。
「そして二つめの滅びの星は火国の第三王女の元へ。さーて、あとは残る一つだねぇ。この星はどこへ行ったか」
くっく、と忍び笑いを洩らしたすぐ後に、銀目はこらえきれないといった様子で、大声で笑いだした。
「ひゃーははは。愉快だねぇ」
「何がおかしいのだ。銀目とやら、早く申さぬか」
「ひひひ、他国の姫の呪いを指摘するなら、自国にも目を向けねば片手落ちになるじゃろうに。これだから金目は占い師としては二流じゃったんじゃよ」
笑いすぎて涙が出たのか、ベールの下で目元を拭うしぐさをする銀目。そんな彼女を王は苦々しそうに睨んでいる。
「そう、三つ目の滅びの星は我が桂国の第二王子、冬李さまの元にあるんじゃ。王子が生まれた十一年前に滅びの星は、王子を照らし始めたんじゃよ」
「それって……つまり」
清蘭とシェルは顔を見合わせた。
「そうじゃよ。たしか清蘭王女に対し、冬李王子は無体を働いたというじゃないか。滅びの姫との縁談など、馬鹿にしていると。じゃがな、彼もまた最後の王子、滅びの王子なんじゃよ」
(じゃあ、どうしてわたくしのことを、あんなにも罵ったのですか? 呪いの姫だ、汚らわしいとまで言っていたのに)
湧き上がってくる疑問に、銀目は気付いたようだ。
「そりゃあ、先代の金目が冬李王子に、お前には滅びの呪いがあると言わんかったからのう。我が身かわいさに、占いを隠し続けたんじゃよ。まぁ、もう金目もおらんがな。じゃが、藍国の王よ。この三人の共通点が分かるかのう」
「三国の王子と王女。彼らの下に弟妹はおらぬ」
「正解じゃ。では、王妃よ。この占いが意味するところはなんぞ?」
王とは違い、王妃はただ瞼を伏せるだけで答えることはなかった。
「はて? おのれの頭で考えんとは、困った王妃さまじゃ。では清蘭王女。そなたはどう思う?」
「わたくしは……」
頭に浮かんだ思考は恐ろしく、清蘭はきゅっと手を握りしめた。
でも、真実から目を背けてはいけない。
ちらっと横を見ると、シェルが小さくうなずいてくれた。
「わたくしは、藍国、桂国、火国の三国が砂国に滅ぼされるのだと思います」
「清蘭! 何ということを」
父王が立ち上がった。その顔色は蒼白だ。
「お父さまは分かっていらっしゃるんでしょう? いずれ砂人が武力で紅水河を奪いに来ることを。そうすれば国民は無事ではいられない。だからこそあの川を……」
続く言葉を、清蘭は飲みこんだ。
ここには桂国の銀目がいる。詳細を口にするわけにはいかない。
「ふぉふぉ。なぁに構いやせんよ。あたしゃ砂国と通じているわけでも、このことを桂国に伝えようとも思わんからねぇ」
ずず、と銀目は茶をすすった。
「さて、どうする? 藍国の王よ。三つの国で同盟でも結んでおくかね? 平和が当たり前とばかりに、軍備もなさそうじゃが」
「わ、わたくしが何とかします!」
「何とか? こんな年端もいかぬ姫さまに、野蛮な騎馬民族を何とかできるのかね」
「します! やります!」
勢いよく立ち上がったので、椅子がガタンと倒れた。それでも清蘭はこぶしを握りしめ、主張した。
「やれやれ。金目の占いのせいとはいえ、あんた達は国を民を思う姫さまを、ないがしろにし続けてきたんじゃねぇ。じゃから、こんなにも頑張ろうとなさる。まぁ、あたしも少しは手助けできることがあるだろうさ」
「銀目さま」
「それと、姫さまや。あんた気を付けなされよ」
話は終わったとばかりに、銀目は茶のお代わりを侍女に所望した。
「ああ、ちまちまと碗に入れてくるんじゃなくて、茶瓶ごと持ってくるんだよ。たっぷりとね」




