表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/32

3-2 旋回橋

「清蘭! 兄さま!」


 ぶんぶんと手を振りながら、アシアが走ってくる。その手にはしっかりと買ったばかりの煙玉が握られていた。


「おい、投げるなよ。アシア」

「試し投げ」


 アシアが大きく振りかぶった。

 とっさにシェルが清蘭を腕の中に抱き、右手で彼女の鼻と口を覆った。


(え、なに? なに?)


 身動きできずに、清蘭は混乱する。

 けれど、何も起こらない。


「やっぱりもったいないから、投げない。煙玉、高いから」

「……安かったら、投げるつもりだったのか」

「うん。実戦で使えなかったら困る」


 はーあ、とシェルが大きなため息をつく。


「砂大トカゲ退治にでも使うんだな。姫さま?」


 ようやく解放された清蘭は、くらくらとめまいがして地面にへたり込んだ。

 これは息苦しさなのか。それとも……。


「どこかで姫さまを休ませよう」

「兄さま。あっちに葡萄長廊がある。そこまでいけば椅子もある」

「よし」


 シェルが軽々と清蘭を抱き上げる。しかも片腕で、子どもを抱っこするかのように。


「や、やめてください。恥ずかしいです」

「なぜです。姫さまのお体が第一です」


 屋台の主人たちや、客が、目を丸くして清蘭たちを凝視している。


「あれって、確か清蘭さまだよな」

「珍しいね、こんな街中にいらっしゃるとは。久しぶりに拝見したよ」


 舟着き場へ行く途中で、清蘭が設計した第二だいに旋回橋せんかいきょうを通った。

 荷を高く積んだ舟が通ってもぶつかることがないように、橋そのものを九十度回転させることができるのだ。


 じろじろと見られて、清蘭はいたたまれなくなった。

 国民は面と向かって清蘭を罵ることはないけれど。やはり滅びの姫の噂は知っているから。自国の王女であるのに、とてもよそよそしい。


 結局、清蘭は葡萄長廊まで抱えられてしまった。


(なんでしょう。この気持ち)


 負けたような、情けないような。それでいて恥ずかしいし……なのに、少しうれしいとか。


「清蘭がおかしい。顔が赤くなったり、青くなったり、じたばたしたり、笑ったりしている」

「い、言わないでください。わたくしにだって分からないんですから」

「ふーん」


 吹く風が、葡萄の葉をそよと揺らす。うす緑の葡萄の房が、葉を透かした柔らかな光に照らされている。


「水を汲んでまいります。アシア、姫さまを見ていてもらえるか」

「分かった」

「あ、待ってください」


 歩きだしたシェルを、清蘭は引き止めた。


「この近くの泉は、もう使えないはずです」


 なぜ、そんなことを知っているのかという風に、シェルが首を傾げる。

 今、葡萄長廊にいるのはシェルとアシアだけだ。だから話しても大丈夫だろう。


「藍国によくある水飲み場や泉は、紅水河の水源となる湧水なんです。何年もかけて、少しずつ紅水河の水を地下に移しているので」


「ああ、なるほど。砂国への対策ですね」


「水源の場所を書きとめた地図はあるのですが。それが砂国に渡ってしまっては意味がありませんから。できれば早いうちに、水源の場所を一冊の書にまとめ、それを隠しておきたいんです」


「それが姫さまの仕事なのですね。姫さまでしたら、丁寧で確実に記されるでしょうね」


「まぁ!」


 シェルの言葉に、清蘭は心が弾んだ。

 結婚が仕事だなんて言わるよりも、ずっといい。ずっと素敵だ。

 藍国の王女という立場だけではなく、自分の持つ能力や技量が認められるのだから。


「清蘭。元気になった」


 アシアが顔をのぞき込んできた。シェルはそんな妹に渋い表情を浮かべる。


「アシア。お前もそろそろ言葉づかいを改めた方がいいな」

「なぜだ?」

「なぜって、姫さまは王女でいらっしゃるんだぞ」

「でも、清蘭は友達だ。兄さまは、友達に敬語を使うのか?」

「うっ」


 シェルは言うべき言葉を見失ったようだった。

 でも、清蘭にとってはアシアが自分を友だと言ってくれたことが、とてもうれしい。


「分かった。姫さまに関しては、何も言わないことにする。だがな、アシア。お前も忠誠を誓う主を見つけたら、ちゃんとした言葉を使うんだぞ」

「一生見つからなかったら?」

「そんなことはない」


 兄に断言され、アシアは「そうか」とうなずいた。


 いつまでも三人一緒にいられたら、と思う。

 けれどそれはあり得ない。

 分かっているからこそ、願わずにはいられないのだ。




 舟着き場へ戻る途中、清蘭たちは紅水河沿いの道を歩いた。

 川を行きかう舟は果物や、織物、特産品の藍色のタイルを積んでいる。木材を積んだひときわ大きな舟がやってきた。


「あのふね、ぶつかる?」


 小さな女の子が、橋と舟を指さした。ふわふわした髪で、年の頃は二歳くらいだろうか。


「いいえ、大丈夫ですよ。ほら、ごらんなさい」


 清蘭は手で橋を示した。橋には四人の男が控えている。

 彼らが手回しのハンドルを回すと、ぎぎぎ……と軋みながら、橋が川に平行になるように九十度動いた。


「すごーい」

「ふふ、旋回橋というんですよ」

「せんかいきょう?」

「ええ、三つあるうちの一つです。橋を動かして、元の位置に戻すまで時間がかかるのが難点なんですけど。もっと早く操作できればいいんですが」


 清蘭はぶつぶつと呟いた。

 この橋も清蘭が設計したものだ。家庭教師の先生が、西の国には、跳ね橋というものがあると教えてくれたが。川幅の広い紅水河では、中央で分かれて跳ね上がる橋よりも、旋回する橋の方が実用的だろう。



「この橋を活用することはできないかしら」


 たとえば砂人が攻め込んできた時に、橋を動かして、川を渡れなくすれば。


 いや、今は紅水河の水位が高くはない。馬で川を越えられるかもしれない。

 ならば、橋を動かすのと同時に堰き止めた水を一気に流せば。


「うーん、地底河川の件もありますし。時期を見きわめないと、同時には活用できませんよね」


 なんとしてもこの国を滅ぼすわけにはいかないのだ。


「軍事なんて、わたくしには分かりませんものね。いろいろ調べないといけませんね」


 なおも独り言を続ける清蘭を、女の子は不思議なものを見る目で眺めている。


 ふいに女の子は、びくっとした。

 見れば、学校の方から少年が走ってきている。清蘭と同じくらいの年齢だろう。


「こらー! また俺の教科書に落書きしただろ!」

「きゃー」


 女の子は、てててっと走りだす。


「授業で使うんだぞ。恥ずかしいじゃないか」

「おなまえ、かいてあげただけだもん」

「余計な事すんなよ! 毎回、毎回」


 怒ってはいるのだが。少年は、どうにも本気で走っていない。幼子の足なんて遅いのだから、すぐに捕まえられそうなものだが。

 女の子は清蘭の背後に回ると、足にしがみついてきた。


「やめるんだ」


 少年の前に立ちはだかったのは、アシアだった。


「なんだよ、邪魔すんなよ」

「別に落書きくらい、いいと思う。どうせお前は、授業中よく寝てるし、ぼんやりとしている」

「なっ!」


 初対面のアシアに指摘され、少年は顔を真っ赤にした。

 何かを言おうとして、口をぱくぱくさせたのは、きっと「なんでそんなことを知ってるんだ」と言いたかったのだろう。


「図星だろう?」


 ああ、アシア。もうその辺でやめてあげて。

 清蘭は、はらはらした。

 けれど少年は、それ以上アシアに食ってかかることはなかった。


 ちらっと清蘭の方を見ると、驚いたように目を見開く。


「もしかして……あんた、清蘭王女?」

「え、ええ」

「やっぱりそうか! 俺、王女って初めて見た。パラティア人の護衛がついているから、そうかなって思ったんだ」


 やんちゃそうに少年は笑った。

 シェルは苦い表情で「ちょっとは姫さまに敬語を使うべきだろ」と、ぶつぶつ呟いている。


「じゃあな」


 少年は、手を上げて去っていった。

 まるで友達のように気軽に話しかけらて、ちょっと……いや、随分と嬉しかった。


「ま、まってぇ」


 清蘭から離れた女の子が、彼を追っていく。

 少年は立ち止まり「しょうがないな」とつぶやいて、手をつないだ。


「よかった。仲良しなんですね。二人の名前を聞いておけば、よかったです」

「あの子、清蘭に似ていた」

「そうでしたか?」

「うん」


 アシアはいつまでも、去っていく女の子を見送っていた。

 これまで清蘭が見たこともないような、慈しむような瞳で。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ