11-2 再会のために
十五年の月日が過ぎた。
緑水河のほとりには水車が並び、川には旋回橋がかかっている。
「ほーら、光月の占いだよ。恋愛運でも仕事運でも、なんでもござれ」
広場に出した屋台で、光月がシャランと銀の腕輪を鳴らした。
「きゃあー。光月さまよ」
「光月さまとわたしの恋を占ってぇ」
「おっと。待ちなって。そんなに慌てなくても、ちゃんと順番は回ってくるからさ。だが、俺とあんたの恋の占いは勘弁な。誰か一人のもんになっちまうと、女の子たちが悲しむだろ?」
「きゃあああー!」
光月がパチンと片目を閉じると、女性は大声で叫んだ。
緑水河の水鳥が驚いて、一斉に飛び立つ。
「……いい年して、何やってんだ。あの馬鹿は」
「えー? 光月、優しいよ?」
色めき立つ屋台を見つめるのは双子だ。
どちらも十歳で、少年の名はハーミ、少女の名はシリン。どちらも藍語では玻海と史鈴だ。
二人とも浅い褐色の肌に、光の加減によっては金色に見える
淡い茶色の髪をしている。
「そうだ。お母さまから預かってたもの、光月に渡さなくっちゃ」
「待てって、シリン。家に帰ってからでもいいだろ」
ハーミの言うことも聞かず、シリンは人垣の中に突進した。
「もーう。お前はおとなしいんだから、無理だって」
案の定、光月の屋台に群がる女性たちに、もみくちゃにされている。
右へ左へよろよろと……。
ああ、もう見ていられない。こんなに頼りないのに、シリンの方が姉だという事実が、すでにおかしい。
ハーミが手を伸ばした時、シリンの体がひょいと宙に浮いた。
「なっ!」
見上げれば、光月がシリンを抱え上げている。占いの時にいつもつけている銀の腕輪が、シャランと鳴った。
「うっ。さすがにもう無理。シリンを抱っこできたのは、五歳くらいまでだったな」
「何言ってんだよ、おっさん! お前、三歳くらいまでしか無理だったろ。父さまなんか今でも俺とシリンを両脇に抱えて走れるぞ」
「おいおい、ハーミ。俺をあんな筋肉と一緒にしないでくれよ。それとおっさんは間違いだ。お兄さま、だろ?」
けーっ! 誰がお兄さまだよ。
ハーミは、べーっと舌を出した。
「ところでシリン。どうしたのかな? 仕事中にやってくるなんて、いつも聞き分けのいい君らしくないね。家で留守番してるのが、寂しかった?」
ちらっと光月は、ハーミを一瞥した。
(なんて嫌な奴。ちょっとシリンに懐かれてるからって、えらそうに)
「あのね。これを持ってきたの」
地面にそっと降ろされたシリンは、おずおずとためらいがちに両手をさしだした。
まだ小さなてのひらには、布の包みがのせられている。
布を開くと、中には氷砂糖やナツメや杏、葡萄を干したものが入っていた。
「これは……」
「お母さまが、光月に渡してねって言ってたのを思いだして。家に取りに戻ったの。お茶に入れるとおいしいからって」
控えめにさしだす包みを見て、光月は目を輝かせた。
「すっげー。俺、これ大好きなんだよ。昔さ、王宮で何度も飲んだことがあってさ」
満面の笑みを浮かべる光月につられたのか、シリンも笑顔になる。
面白くはないけれど。シリン嬉しそうに笑うのなら、しょうがないかとハーミは肩をすくめた。
「よーし、今日はもう店じまいだ。占いは明日な!」
そんなぁ、と女性たちが残念そうな声を上げる。
「一緒に帰ろうぜ。シリン、ハーミ。片づけるから、待ってな。お茶だ、お茶!」
「うん」
シリンはうなずき、光月が仕事道具を片付けるのを手伝い始めた。
「シリンは星見の図も丁寧に扱ってくれるから、助かるな」
「そうだろ! シリンは繊細だからな」
「俺は、シリンを褒めたんだけど。なんでハーミがえらそうにするわけ?」
「ふ、双子だからな! 当然だろ」
今は父さまと母さまが、そろって出かけているから。しかたなく隣にある光月の家で留守番している。
もう十歳なんだから、シリンと二人で留守番できるのに。
「でも、シリンは中身が父親に似なくてよかったよな。ハーミは……似てるのかもな。俺、シェルの子ども時代は知らねぇから、何とも言えないけどさ」
「お父さま、優しいよ?」
控えめに、シリンは応じた。
「シリンにはな」
はーっ、と光月は長いため息をつく。
「俺の扱いは雑っていうか、まったく困ったもんだぜ。ところであいつら、もう砂国に着いたかな」
光月は遥か東の空を仰いだ。
ラクダに乗った隊商がこの翠村を訪れたのが、ひと月前のこと。
翠では揚水水車を用いて、緑水河から新たに作った運河に水を引き入れている。
そのおかげで、この辺りは乾燥地帯にしては豊富に作物がとれる。
砂漠公路から離れているのに、わざわざ隊商が果物や麦を買いに来るほどだ。そして翠の住民は、隊商から布や陶器、装飾品などを購入している。
光月も隊商を当て込んで、占いで稼いでいる。
先月訪れた隊商から、父さまは新しい眼鏡を買っていた。
その眼鏡を包んでいた新聞に、こう書かれていたのだ。
『パラティアの女用心棒、今回も大活躍』と。
砂語で書かれた記事は、ハーミとシリンには読めなかったけれど。
父さまと母さまは、しわくちゃになった新聞を凝視していた。
――そういや旦那。あんた、あの女用心棒に似てるな。なんせその身軽さは猿、執拗さは豹と形容されるくらいだからな。道中の安全のため、ぜひ雇ってみたいもんだが。なんせ主の護衛が最優先らしいからな。
――パラティア人にしては珍しく、男女二人を主にしてるって聞きましたよ。なんでも藍国の生き残りとか。もうあの国の人は他に存在しないんでしょうかね。
――いたとしても、素性は伏せてるだろうさ。それに探らない方がいいこともある。
隊長は、母さまに向けて片目を閉じた。
とっさに父さまが、母さまを腕の中に隠したのには双子もびっくりしたけど。
母さまが左耳の上につけている水晶が、かそけき音を立てて。父さまは屈みこんでその水晶の花に、ひたいをつけていた。
「どうしたんだよ」「誰のお話なの?」と、そろって尋ねるハーミとシリンに、そばにいた光月が「大事な人の話だからな」と囁いたのだ。
時折、父さまは母さまに対して、まるで目上の人のように話すことがある。
すぐに「しまった」という顔をして、いつもの口調に戻るけど。そんな父さまを、母さまは微笑んで見つめてるんだ。
「砂国ってどこ? お父さまとお母さま、どっちに行ったの?」
「んー、そうだな。あっちだけど」
「分っかんねーよ」
光月が指さす先に、シリンもハーミも目を凝らしたけれど。
青い空にぽっかりと浮かぶ白い雲しか見えない。
「そうだなー。よし、夜になったら教えてやる。車輪星ってのが、ちょうど目印になるからな」
「うん!」
シリンは嬉しそうに、光月の左腕にしがみついた。
緑水河の川面を撫でる風が、岸辺に咲く花の香りを運んできた。
ピチャン、と魚が跳ねて水飛沫が上がる。
「ほら、ハーミも」
眩しい陽光の中で、光月が右手をさしのべてくる。男のくせにほっそりとした、慣れ親しんだ手だ。
「べつに、俺は子どもじゃねーし」
「そうだよな。でも、俺がハーミと一緒がいいんだよな」
なんだよ、それ。
しょうがないから、手をつないでやるよ。
じゃないと、光月が寂しがるもんな。




