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1-3 清蘭の悩み

 藍国らんこくの王女、すい 清蘭せいらん

 十四歳の彼女は、絶賛悩み中だった。


 事の始まりは、父から告げられた桂国けいこくの第二王子との縁談だった。

 冗談ではない、自分には心に決めた人がいるのだと訴えたのに。父王どころか王妃である母まで、ただ失笑するばかりで信じてもらえなかった。


 砂国が力をつけ、紅水河こうすいがの利権を狙っていることは知っている。だから周辺の国と同盟を結ぶ必要があることも。

 桂国と火国には、小さいながらも軍がある。

 けれど非武装を旨とする藍国にはない。


「いざという時に防衛してもらうためだけに、見ず知らずの男性の元に嫁ぐなんて、絶対に嫌です」


 そこで清蘭は考えた。

 桂国は占星術と芸術の国。軍のことは清蘭には分からないが、確か雨季に起こる紅水河の氾濫で、毎年首都が壊滅的な被害に遭っていると聞く。


(でしたら治水の技術をエサに……でなくて、技術提供の見返りとして、防衛のことを交渉すればいいですものね)


 家庭教師の先生にも、流木止めは褒められた。

 きっとシェルも「簡素にして最大限の効果を得る、素晴らしい技術です」と絶賛してくれるに違いない。


 だから今朝、満を持してシェルに設計図を見せたのだ。

 これで自分は望まぬ婚姻を結ばなくてすむ。


 そしてゆくゆくはシェルと……。


「ふふふ……」


 ペンを持つ手に、思わず力がこもってしまった。


 シェルと清蘭は年が離れていると、反対する者もいるだろう。

 身分の差を考えろという者もいるだろう。

 けれど、壁が高ければ高いほど、恋は燃え上がるものなのだ。


 そう。王宮の図書室にある恋愛小説に、そう書いてあった。



「できました。改良版です」


 壁際に立っているシェルに、新しい設計図を見せる。


「私は治水のことには疎いのですが」「はい?」


「もしこの技術の報酬として、桂国に藍国の防衛を依頼するなどとお考えではないでしょうね」


「なにか、おかしいですか?」


 喜んでくれると思ったのに、シェルの反応は薄い。そのことに清蘭はムッとする。


「いえ。与えるものと与えられるものが等しくないと申しますか」


「はっきり言ってください。厳しい意見は、わたくしを成長させる糧になりますから」


「では、失礼ながら」


 こほん、とシェルは小さく咳払いした。


「さすがは深窓の姫君。甘くていらっしゃいますね。藍国を防衛するとなると、桂国の兵士は命をかけねばなりません。たかが杭を川に何本か打ち立てるだけの技術と引き換えに、命を投げ出すお人よしが、どこにいるというのです」


 まくし立てられて、清蘭は瞬きすらも忘れた。


「で、でも流木止めは、必要です」


「必要ならば、その技術を桂国に売ればいかがです? いくばくかの金にはなるでしょう」


「できません。だって、売ってしまえばそれっきりです」


「そんな簡単な仕組みならば、売らなくとも真似はされるでしょうね。ならば交渉のエサにもならず、儲けることもできない。あまり意味はありませんね」


「でも……いずれこの流木止めがあってよかったと、そう思う人もいるはずです」


「だから売ればよいと言っているではありませんか。なぜ、そうも桂国と交渉したがるのです?」


「……だって、いやなんですもの」


 清蘭はぽつりと呟いた。


「何なんですか、今日の姫さまは。でもでも、だって、とそればかり。言いたいことがおありなら、はっきりとおっしゃれば良いでしょう」


 シェルはなにも分かっていない。

 なぜ自分が、徹夜で試行錯誤しているのかを。


 すぐに実用できる技術でなければならないのだ。

 誰が見ても分かりやすく、なおかつ役立つものでなければ。

 でないと、第二王子と結婚しなければならなくなる。


 清蘭は王と王妃の一人娘。本来ならば婿を取り、女王として即位する。だが、それだけはできない。


 なぜなら、清蘭には呪いがかかっているからだ。


 生まれてすぐのお披露目の時。清蘭の祝福のために、桂国から著名な占星術師、金目きんめが招かれた。

 彼女は予言したのだ。

 清蘭は決して女王にはなれぬ、滅びの姫なのだと。


 その時から、父は清蘭にそっけない態度をとるようになった。母は、滅びの娘を生んでしまったと嘆くばかりで。ろくに清蘭と話してもくれない。


 女王になれぬのなら、嫁がせればよい。そして婚姻で同盟を結べばよい。

 次代の王は、父の弟に任せるよりない。

 それが王と王妃、大臣以下すべての国民の考え方だ。


(たぶんシェルも、そう思っていますよね)


 清蘭の滅びを回避するために、パラティアから呼ばれたシェル。

 どんなに親しくとも立場はあくまでも王女と護衛。主従でしかないのだ。


 清蘭が命じれば、シェルはどこへでもついて来てくれるだろう。命をかけて守ってくれるだろう。

 でも、それはただの任務。


 もし忠誠を誓ったのが別の人なら、彼はその人のためだけに生きるだろう。

 清蘭のことなど目もくれず、気にもかけずに。


 滅びの王女なんて占いのせいで、誰からもよそよそしい態度を取られて。同じ王族の子も、清蘭と接することはほとんどない。


 そんな運命を嘆いたこともある。


 学問を教えてくれる先生は優しいけれど。

 お前は甘いのだと、はっきりと指摘するのはシェルしかいない。一緒に遊んでくれるのは、シェルの妹のアシアしかいない。


(ならば、わたくしは滅びの姫の予言を撤回します)


 持てる知識と技術のすべてを投入し、この国の滅亡を阻止してみせる。


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