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10-2 道しるべ

 緋目は清蘭を肩に担いで、岩山を進んでいた。


「まったく。なんで、あたしがこんな力仕事を」


 絶対に自分で歩こうとしない清蘭に手を焼いた緋目は、ぶつくさと文句を言っている。


 辺りはすでに夜に包まれ、空には星が輝いている。

 清蘭は持っていた塩の花を手で砕き、その薄紅色のかけらを間隔を置いて落としていった。


 足の傷が完全には癒えていない緋目の歩みは、遅い。追いつかれるのを考慮して、平地ではなく入り組んだ岩山に入ったのだろう。


(せめて、この塩が印になれば)


「あんた、何してんのよぉ」


 緋目の咎める声に、清蘭はびくりと身をすくめた。


「その手に持ってんのは、なんなのさ。呑気に宝石でも眺めてるわけ?」


 清蘭が握りしめている薄紅の花を、水晶細工と勘違いしたらしい。


「なによぉ。その濁った色は。あんた、姫さんのくせにそんな安っぽい水晶を持ってんのぉ? 藍国って貧乏だったんだぁ」

「火国は裕福な国ですよね」


 あえて話題を振ってみると、緋目は自信ありげに、あごを上げた。

 思った通りだ。緋目は自慢をしたがる人間だ。

 このまま彼女にしゃべらせて、体力を削いでいこう。


「そうよぉ。薬と毒で儲けてるからね。んー、儲けてたって方が正解か。王宮だってさ、あんたんとこみたいに狭くなかったわよぉ。木造なのに見上げるほどに高い塔があって。あー、でもそこには滅びの姫さんが閉じ込められてたわ」


「火国の王女のことですか?」


「そりゃそうよぉ。あんたと桂国の第二王子、火国の第三王女。この三人は滅びの星の元に生まれたっていうじゃない? そーんな縁起の悪い王女、そりゃ一生閉じ込めるわよねぇ」


「じゃあ、その第三王女は?」


「しばらく前に、幽閉されている塔に火を放たれて、塔ごと燃え尽きたらしいわよぉ」


 清蘭は息を呑んだ。


 自分だって生まれる国が違えば、同じ運命をたどっていたのだ。

 藍国と桂国は甘いと、火国の者なら言うだろう。

 けれど、王女を幽閉できるのは王であるはず。いや、確か火国を治めているのは女王だ。

 母と疎遠だから寂しいと感じていたけれど。シェルはパラティア人は家族の絆が薄いと言っていたけれど。

 そんな生易しいものではない。


「なぁに。怖いのぉ? 気にすることないわよぉ。火国の姫さんは、生まれてから一度も塔から出てないから、外の世界を知らないし。たぶん焼け死ぬ前に、煙を吸って死んじゃってるわよ」

「王女に対して、なんとも思わないんですか?」

「苦しまなくて、よかったな……って」

「そういうことではなくて」

「あ、そうね」


 はははっ、と緋目は笑った。

 笑うと目尻にしわが寄る。若く見えたが、実際は三十代の半ばくらいかもしれない。

 ならばまだ少年の冬李王子を手玉に取ることも、簡単だったろう。


 少し緋目の息が上がってきた。

 斜面が急なのと、足場が岩で滑りやすいこと。それにしゃべりながら歩いているから、体力が落ちてきているのだ。

 本当はもっと歩む速度を落としたいけれど。あまり露骨なことをすると、清蘭の企みがばれてしまう。


 それに火国のその後を知っているということは、仲間がいるはずだ。

 どこで合流するのか分からないけれど。

 ばれない程度に、時間を稼がなければ。


 ◇◇◇


 シェルは武装を整えると、足跡の残る砂地を進んだ。


「ちょっと待てよ。俺も連れていけよ」


 光月が追いかけてくるが、立ち止まることはない。


 鍛え上げたシェルと違い、光月の歩みは速くはない。彼を待っている間に、清蘭との距離が開いてしまう。


「俺を連れて行った方が、絶対に便利だって」

「……あの占いが、現実になった」

「え?」

藍都らんとの街中で、俺と姫さまに別離が訪れると占っただろ」

「あ、うん。そうなんだよな」


 図星だ。

 清蘭を諫めたことで、一時的に距離を置かれたこと。あれは占いが示した結果ではなかった。


「嫌になるよな。いい占いばかりじゃない、むしろこんな乱れた時代じゃ、悪い占いの方が多い。警戒してほしいと願っても、結局阻止できるもんでもない」

「別に光月が、奴を引き入れたわけではあるまい」

「……けど、ほんと参っちまうんだよ。俺らの仲間の占い師は、皆ベールで顔を隠してっけどさ。そうでもしないと……やっていけない」


 神秘性を増すためのベールではなく、真実を伝える場合に、占い師自身の悔恨の表情を隠すためなのか。

 明言はできない光月の気持ちを、シェルは読み取った。


 三国が滅びる占いを下したのは、銀目ではなく師匠の金目だという。

 金目の占いで、清蘭以上に人生を狂わされた人がいるのかもしれない。

 星を読み、それを伝える。ただそのことが、真実を伝えるだけにとても厳しいのだろう。


「分かった。ついて来い」

「いいのか?」

「姫さまを助ける時に、囮が必要になる可能性がある」

「ひっでー」


 肩をすくめる光月だが、その顔は安堵の表情を浮かべていた。

 清蘭を助けることが、現実になってしまった占いへの罪滅ぼしなのだろう。


 地面に残る足跡は一人分。清蘭は歩かされていないようだ。


(姫さまを気遣っているわけではなく、私に追いつかれないためだな)


 右足を引きずる歩き方。まだ緋目の傷は完治していないのだろう。


 足跡は途中でとぎれた。

 吹く風が砂を移動させ、痕跡を消してしまったようだ。


「このまま進むか?」

「待て。確信も持てぬままに前進はできない」


 前方には荒れ地の砂漠。左手側は岩山になっている。

 狩りで登ったことがあるが。この岩山は登りは急峻で苦労するが、尾根は平坦だ。

 ふと、岩場に薄紅色の粒が落ちているのが視界に入った。


「これは……」


 拾った粒を口に含むシェルを見て、光月が「拾い食いすんなって!」と声を荒げている。

 塩からいが、わずかに甘さを感じる。


「拾い食いなどしない。このかけらは、姫さまにさしあげた塩の花だ」

「塩の花? なんだ、それ」

「いや、なんでもない。ただの岩塩だ」

「ふーん。薄紅色の岩塩ね。珍しいな」

「姫さまがおっしゃるには、鉄分が含まれているそうだ。少し甘いのも、そのせいかもしれない」


 光月が立ち止まって腕を組んだ。

 この急いでいるときに、何なんだ。


「あのさ、こういうこと言うのはどうかと思うんだけどさ。清蘭って高い値がつくよな」

「貴様っ!」


 カッとなったシェルは、思わず光月の顔を殴りつけそうになった。あとほんの少しというところで、かろうじて拳を止める。


「こ……こえー」


 立ちすくんだ光月の額には冷や汗が浮かんでいる。


「言っていいことと悪いことがある。だが、理由もなく口にしたわけではあるまい。なぜそんな不埒な考えに及んだのか、聞いてやる。さっさと話せ」

「不埒って……まぁ、亡国の姫に興味を抱く男もいるだろうけどさ」


 落ち着け、落ち着け。これはただの光月の見解であって、実際に姫さまが、金で慰み者にされるわけではない。


「俺が言いたいのは、そっちじゃなくて。清蘭は技術姫と呼ばれるくらいだからな。その知識を欲しがるんじゃねぇかってことさ。特に砂国とかな」

「確かに治水や、この荒れ地のような水場のない場所でも、姫さまならば水を得ることができる。方位磁針がなくとも、自ら作り出せる」


 だが、ここから砂国は遠い。

 緋目が清蘭を連れて、荒れ地砂漠を越えられるとは思えない。


「俺は、十七歳の時にパラティアから藍国にやってきた。その時、砂漠さばく公路こうろを通ったのだが。確か公路の南方に、このような岩山があったのを覚えている」

「じゃあ、この山を越えたら砂漠公路ってことか」

「すぐ近くというわけではないが。この岩塩が落ちているということは、緋目は間違いなく姫さまをつれて山越えをする」


 シェルは岩山を見上げた。

 遥かにそびえるごつごつとした山。木々は少なく、切り立った断崖がそびえている。


(絶対に追いついてみせる)


 上空は風が強いのか、雲が千切れて流されていくのが見えた。


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