7-3 親友
砂国の侵攻に対応する準備は、着々と進んでいた。
あと少しで完成する『紅水河生水』は、王宮の地下にある水源に隠すことに決まった。
通称、舟の隠れ処。
徐々に地底河川へと移行しつつある紅水河が、いずれまた地上に復活する時。それは藍国に豊かな水と平和が戻る時だ。
その日まで、交通の手段である舟を収容する。。
清蘭の部屋で、光月は銀の腕輪をはめた。
机の上には星読みの図と呼ばれる、天体の運行について記された紙が置いてある。
清蘭とシェル、それにアシアは星読みの図と光月を見守っている。
「まずいな。そろそろ来るぜ」
「それは砂国が侵攻するということですか?」
「ああ、時間がない。清蘭。すまんが、冬李王子を牢から出すように王に掛け合ってもらえないか? このまま砂人に殺されるのは、さすがにしのびない」
「甘いな」
シェルの口調は厳しい。
「たとえ、そそのかされたのだとしても、だ。奴は姫さまの命を狙った。桂国では王族が罪を犯しても無罪放免なのか?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ。時と場合によるだろ」
「混乱に乗じて、また何か企む可能性がある」
うーん、と光月は頭を掻いた。シェルの言うことを完全には否定できないのだろう。
「どうせ桂国に送り返したところで、意味はなさそうだな。藍国で酷い扱いを受けたと、王に訴えるだけだろ」
「ま、待ってください。冬李王子については、わたくしたちだけでは判断できません」
清蘭は慌てて話に割って入った。
このままではシェルが、冬李王子と緋目を砂国が侵攻してくる前に殺してやった方が親切だと言い出しかねない。
さすがに清蘭も、冬李のことを信頼してはいないが。
今は自国の民の安全を確保することが、第一だ。冬李王子の処遇にかける時間すら惜しい。
「あの、光月。砂人はどこから侵入するか分かりますか?」
「それは、俺の占いでは分からんな」
「姫さま。地図を」
シェルに指示されて、清蘭は棚にしまっていた地図を渡した。丸めてある地図を、シェルは机の上に広げる。
「地図の印はなんですか?」
「あ、その。日干しレンガとか……馬止めとか……なのですけど」
思わず口ごもってしまう。
以前、清蘭は一人で先走ってしまい、シェルに叱られたことがあるからだ。
シェルは指で地図上の印をたどっていった。いろんな道の上で、その動作を繰り返していく。
「砂国は北の方角ですから、こちらから藍国に入ってくるでしょう。彼らは馬を駆りますから、山岳地帯は避けます」
シェルはあごに手を当てて、考え込んだ。
「民を避難させる場合は都の外の峠を越えて、西の平原に抜けるのがいいでしょう。脱出時には、姫さまの旋回橋を活用できますね。事前に皆が集まる場所を決めておけば、避難しやすいでしょう」
これまでは平和だったから分からなかったけれど。
シェルはやはり、有事のためにパラティアから呼ばれたのだと、気付くことが多くなった。
「平原は安全ですか?」
「基本的には。ですが、南へ向かえば川にはワニがいます」
ワニ? 聞いたことがない。
「砂大トカゲに似ていて、さらに獰猛な生き物です。通常、藍国からパラティアの間には生息していませんが。口さえ紐などで縛ってしまえば、噛まれることはありません。あと砂人が南下してきた三十年以上前から、平原は乾燥が進んでいますから、砂塵嵐が発生します」
「砂塵嵐が起こる時間は決まっていますか?」
清蘭の質問に、シェルは瞬きをくり返した。
「どうかしましたか?」
「いえ、姫さまは着眼点が違うと思いまして」
何かおかしなことを尋ねただろうか。
「西の地域では、午前中に強い風が吹きます。乾季であれば、ほぼ毎朝砂塵嵐が起こると考えていいでしょう。私たち家族も、砂塵嵐を避けて雨季にパラティアから藍国へ移住しました」
「速やかに脱出するためにも、情報の早い伝達は必要ですね。烽火台を急いで造りましょう。簡素なものでいいんです。もし急襲された時も、すぐに連絡が入るように」
「ならば、人員も置かなければなりませんね。しかし姫さま、狼煙が必要であると、よく気が付かれましたね」
「え、それは……」
清蘭はシェルには内緒で、光と煙の伝言に詳しい技術者に話を聞いていた。
彼は狼煙を活用すべきだと指示してくれた。昼には煙を上げ、夜には火を焚いて情報を離れた場所まで伝達する。
元々は多量の煙が出て、なおかつまっすぐに煙が上がる狼の糞を焚いていたそうだが。藍国周辺に狼はいない。
むしろ今なら火薬を用いた方が、風雨にも強い。
しかも金属の粉や樹皮の粉を加えることで、色が付けられるので多様な情報を伝えることができると教えてもらった。
「光学伝言の技術者に相談されましたね。お一人で考えていらした頃よりも、精度が上がっています。姫さまがお一人で抱え込むことはないのです。誰かに頼るのは、とても良いことですよ」
「あ、ありがとう」
思いがけず褒められて、照れてしまう。清蘭は両手で頬を押さえた。
そんなシェルと清蘭の顔を、光月が無遠慮にのぞき込んでくる。
「なんで、この占い師はにやついてるんだ? お前、何か面白いことでもあったのか?」
「べーつに」
アシアに指摘されて、光月は楽しそうに目を細めた。清蘭もアシアも、光月が銀目であるとすでに知ってはいるが。よくまぁ、老女に化けていたものだ。
「こいつは桂国の人間だろ。藍国の内情を洩らして大丈夫なのか?」
「気にするな、アシア。彼は仲間だ」
「仲間? 兄さまからそんな言葉を聞くとは。お前、兄さまの友達か?」
真顔でアシアに問われて、光月は「ぷーっ」と噴き出した。
「汚いな。兄さま、こいつと友達になったのか?」
「やめてくれ、アシア。私に聞くな」
「では、親友ができたのか」
シェルは頭を抱えて、床にうずくまってしまった。
どうしたのだろう。耳まで真っ赤だ。
「……三十一歳にして親友とか……頼むから、やめてくれ」
「なぜ赤面する。訳が分からない」
「いろいろあるんですよ、きっと」
ねっ? と清蘭は、アシアを諭した。




