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6-1 水晶の花

 今日はアシアが清蘭の部屋に来ている。

 双眼鏡が面白いのか、露台に出ては藍都の街を眺めている。


「おお、すごいぞ。空を飛ぶ鳥が、まるでさわれそうだ」


 手すりから身を乗りだしてはしゃいでいるアシアを、直視することができない。


(うう、恥ずかしいです)


 まるであの日の自分を見ているようで。もう双眼鏡を見るだけで、恥ずかしさで死ねる。

 そりゃ、自分の恋心は筒抜けだろうとは思うけれど。それでも、改めて指摘されると……穴を掘って入りたい。


「シェルは意地悪です」

「何を今さら、当たり前のことを」


 両手で顔を覆う清蘭のことを、アシアは双眼鏡で見つめた。お願い、見ないで。


「好きと言われたのか?」

「言われてません。というか、言わされました」


 アシアは首をかしげた。


「その双眼鏡は、アシアが持って帰ってください。さしあげます」

「いいのか? これ、高いんじゃないのか」


 珍しく遠慮しながらも、アシアは嬉しそうだ。


「ところで清蘭。その本はなんだ?」

「本? ああ、これは紅水河の水源と新たな地底河川の情報を集めた書ですよ」


 まだ綴じてもいない表紙には『紅水河こうすいが生水しょうず』と記してある。


「いや、聞きたいのはこっちだ」


 アシアが指さした先にあるのは『なんと三日で太腿が痩せる』だった。


「きゃあっ!」

「清蘭の足は細いぞ。そんな本、必要ないだろう?」


 清蘭はあわてて『なんと三日で太腿が痩せる』を『紅水河生水』の下に隠した。

 これまで足の太さとか細さとか気にしたこともなかったけれど。

 シェルに手当てされたときに、足に触れられたから。


「気になってしまうんですもの。気になるでしょう?」

「いや、わたしにはよく分からないが。つまり清蘭は兄さまのために、美しくなりたいのだな」


 あまりにもまっすぐな言葉を投げつけられて、清蘭は黙りこんでしまった。

 常に側にいて守ってくれるシェルのことは、昔から好きだけれど。

 誰かのためにきれいになりたい、装いたいなんて初めての気持ちだ。


 二人の間に沈黙が流れる。

 ふいに廊下が賑やかなのに気づいた。


「なんでしょうね」

「兄さまがいるはずなんだが」


 アシアが扉を開けると、誰かと言い合っているシェルの姿があった。


「何をしているんだ? 兄さま」

「ああ、扉は閉めておいてくれ。ついでに鍵もかけておくように」

「分かった」


 兄の命令にアシアは従ったが、閉めようとした扉は途中から動かなくなった。


「おかしい、閉まらない」

「ふぐぐぐ……」


 妙なうめき声が聞こえ、清蘭は恐る恐る入口へと向かった。そこには扉に挟まれた光月の姿があった。


「やぁ、清蘭。元気そうでなによりだ」

「なぜ、姫さまを呼び捨てにするのだ」


 後ろからシェルの蹴りが入ったようだ。光月は顔をしかめた。


「せっかく藍国の王宮に滞在してんだからさ。話くらいさせてくれてもいいじゃんかよー。こう見えても俺、賓客なんだぜ。なんたって藍王に招かれたんだからな」

「姫さま、どうなさいますか?」


 さすがに自分の一存では決められないと思ったのだろう。


 シェルが尋ねてくる。


「お話があるというのなら、伺いましょう。シェル、あなたも中に入ってください。アシアも同席してね」

「分かった」


 アシアはうなずいた。


「なんだろ……俺、獅子と豹ににらまれてる気がするんですけど」

「まぁ、物騒なことをおっしゃいますね。二人とも穏やかで優しいですよ」

「そりゃ、清蘭にはそうだろうよ」


 清蘭の椅子の両端に控えるシェルとアシアを、光月は直視できないでいる。


「用件があるのなら、さっさと話して、とっとと立ち去れ」

「はいはい」


 光月は深呼吸すると、清蘭をまっすぐに見つめた。


「桂国の冬李王子が、また藍国にいらっしゃる。だから気を付けるようにと言いたかったんだ」

「王子が? でもすでに破談になっていますけど」

「ところが、話は終わってなかったんだなー」


 大きなため息をつき、光月は肩を落とす。


「俺の仲間に緋目ひめってやつがいるんだけどな。そいつが、王子に金目の遺した占いを話しちまったんだよ」

「占星術師が仲間なのですか?」

「あー、まぁ、知り合いなんだよな」


 光月は、赤い髪をがしがしと掻いた。


「なにしろ、冬李王子はあんたも知ってる通り、口も悪いが性格も悪い。何を考えてるか俺には分からんし、立場上王子を止めることもできんからな。じゅうぶんに気を付けた方がいいぜ」


 清蘭とシェルは顔を見合わせた。

 正直、厄介なことになったと思った。

 また嫌がらせをされるのだろうか。相手が王子でなければ、シェルは絶対にあのような無体を許さないだろう。

 でも……。


「わたくし……いやです」


 清蘭は椅子に座ったままで、隣に立つシェルの腕に寄り添った。


「あれ? あれれー? もしかして二人って、そうなの?」

「そう、と問われても何のことか分からん」


 興味津々という感じの光月に対し、シェルは不愛想そのものだ。


「二人はそうなのだ。だからお前ごときに邪魔はできない」


 口をはさんだのはアシアだった。妹の思わぬ援護に、シェルは驚いたように目を見開いた。

 アシアや光月が指摘するように、本当にそうならいいのにと、清蘭は願った。

 シェルが自分のことを好きでいてくれるのは知っている。でも、その「好き」は、清蘭と同じものとは限らない。

 尋ねれば、答えてくれるのだろうか。それともはぐらかされるのだろうか。


(むしろ、忠誠を誓う相手に恋などできませんって断られるのが怖いです)


 だから、今も確認することができない。




「兄さま。清蘭にこれをもらった」


 光月が退室すると、アシアはうれしそうに双眼鏡を兄に見せた。


「そうか、よかったな。大事にするんだぞ」

「なぜ兄さまも清蘭も、この双眼鏡を見ないのだ?」

「特に意味はない」


 咳払いをしたシェルは、懐から小さな箱を取りだした。


「アシアに贈り物をくださったことですし。ちょうどよかった。これは私から姫さまにです」

「まぁ、素敵」


 箱を開くと、睡蓮の花を模した水晶細工が入っていた。

 取りだしてみると、それは髪飾りになっていた。


 シェルが、清蘭の右耳の上に睡蓮の髪飾りをつけてくれる。

 しゃらん、と水晶の花びらが触れあう音が涼しげだ。


「よくお似合いです」


 慈しむ瞳で見つめられて、清蘭は頬を染めた。


「ありがとう……ございます」


 清蘭は知っている。きっとシェルも知っていることだろう。

 水晶の髪飾りを女性の右耳の上につけることは、求婚を意味し、左耳の上につけることは既婚であることを表す。

 最近、流行になっている桂国の風習だ。

 シェルは立場上、多くを語ってはくれない。

 でも、溢れるような彼の気持ちは、ちゃんと伝わってくる。


(大事にします。この髪飾りも、わたくしの想いを受け止めてくださったことも)


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