チいさいアキ (4)
チアキがいじめられている。
まあ、それは仕方が無いかな、というのが素直な感想だった。何しろ、チアキは学校の誰も彼もが嫌いて、しかもその態度を隠そうともしないのだ。全身イガイガの鎧をまとって、不機嫌を前面に押し出して生きている。学校でチアキとまともに話をするのはヒナぐらいしかいない。
今までターゲットにならなかった方がどうかしている。まあ、いじめる価値も無かったって方が正解か。普段の態度を見ていれば、生意気、ってそりゃ思うよね。強力な後ろ盾があるわけでもないし、いよいよ来るべきものが来た、としか思えない。
臨時学級会は、予想通り完全になあなあで終わった。チアキの名前は出されず、良い子ちゃん的に「そういうのは良くないと思います」で終わり。馬鹿みたい。ていうか馬鹿。時間ばっかり取って、何一つ残らない。無意味にも程がある。
机を戻して、部活に向かう前にチアキの様子を窺った。チアキは黙ってうつむいている。チアキの中では、悔しいという感情が渦巻いていた。犯人の吊し上げでもしたかったのかな。流石にこれ以上チアキの内面や記憶を覗き込むのは不憫だ。やめておこう。
情報が必要なら、ここにわらわらいる連中から好きなだけ吸い上げれば良い。どうせ犯人はこの中にいるんだ。出来ることなら、チアキの力にはなってあげたい。チアキのためというよりも、気分の問題。どうせいじめを無くすことが出来ないなら、せめて自分のすぐ近くでは起きていてほしくないって、ただそれだけ。
いじめの内容は、さっき既に先生の中を見た時に判っている。なんだかテンプレ通り。持ち物が隠される、壊される、落書きされる。ふぅん、そうなんだ。やけにストレートじゃん。もうちょっと変化球から入ってくるのが基本だと思ったんだけど。宣戦布告も無しでそういうのから始まるのって、なんだか幼稚な気すらしてくるね。
とりあえずチアキに関する感情や思考をクラスメイトから読み取る。クラス以外の人間の可能性もあるけど、手近なところから片付けて行こう。チアキの場合、誰からでも反感を買ってそうなので、対象を絞ることが出来なくて大変だ。
女子からの評価は一律、ナマイキ。まあ、そうなるわな。でもチアキを敵視するまでの子はほとんどいない。歯牙にもかけられてない感じ。いちいち構う必要なんてない、路傍の石ころと同様であると。実際小さいけどさ、ホントに石扱いですか。その内勝手に消えるだろう、っていうのが大方の評価だった。
クラスメイトの中では、ヒナと一緒にいるということで「どうでもいい度」が高くなっているようだった。ああ、あの朝倉バカ。ちょ、その言い方だとハルが馬鹿みたいじゃん。あの恋愛脳に絡まれて大変だよな。うぐぐぐ、酷い言われよう。案外あいつがいじめてんじゃねーの。いや、その理屈はおかしい。
本気でチアキに対する悪意を抱いている女子は、クラスメイトの中には意外にも一人もいなかった。真っ直ぐに「嫌い」という態度をとるチアキはやはり「潔い」とも思われていて、直接的に変なちょっかいを出そうという気をあまり起こさせないらしい。毅然とした態度っていうのは結構大事なんだね。「ナマイキ」とは思われているので、注意は必要かもしれない。
あんまり気乗りしないんだけど、男子の方も見てみなきゃいけないよね。はぁ、すっごい憂鬱。
男子からの評価は、ええっと、そうだね、ミニマム系?ちょっとヒナはその辺の知識は多くないし、詳しくなりたいとも思わないから詳細は省きたい。とりあえず、嫌われてはいないんじゃないかなぁ。
小っちゃくて、ツンデレとか萌えるよね。はあ、そうすか。デレたところなんて見たことも無いし、少なくともあんたにはデレないと思うけど。
こう、フラットな所が良いよね、俺が大きくしてあげたいというか、一晩中抱き締めていてあげたいというか。変態。っていうか変態。近付くな。
スポーツブラ系?いや、着けて無いに一票?いつ投票始まったんだよ。まあ確かにスポーツブラだったよ。あんたにそんなこと考えられてたって知ったら、本人は逆上しそうだけどな。
あの体型、実は来てない、お赤飯前、とか?誰に聞いてるんだよ、知らねーよ。いや知ってるけどさ。ちゃんと来てたよ余計なお世話だよ。
以上、もう気持ちが悪くなって吐き気がしてきた。男子ってどうしてこう女子に対して下品な考えしか持てないんだろう。結論から言えば、チアキはクラスの男子からは結構好かれてます。マニア受けって意味で。これ、本人が知ったらガチギレするんじゃないかな。間違っても口外出来ないな。
ハルもこういうこと考えたりするのかな。まあ、男の子って、もうこういうものだっていう諦めはついてきた。じゃあせめて、ヒナ以外の女の子をそう言う目では見てほしくないかな。その代わり、ヒナのことはどう見てくれても良いからさ。ううう、すっごい恥ずかしい。他の男子の妄想的なことをハルがヒナ相手に考えてるとか、もしそんなの見ちゃったらショックで立ち直れなくなりそう。ヒナはハルのこと好きだけど、ヒナのことを妄想で好き勝手してるハルなんて想像もしたくない。それもあって、ハルの心の中だけは見たくないし、見ないようにしている。
ちなみにクラスメイト男子のヒナに対する脳内印象については却下。却下。ぜーったいに却下。未来永劫封印することに決めた。特にヒナがハルのことを好きだって知ってる奴ら。好き勝手なことばっかり考えやがって。そんなことあるわけないだろ。あったら毎日こんなにもやもやしてないもん。バカー!
・・・でもモーションのかけ方の参考にはしておこう・・・
ごほん。
クラスメイトたちを一通りチェックし終えて、困ったことになった。犯人がいないのだ。女子からは疎まれつつも、攻撃対象にされるほどの存在でもない。男子からはむしろ妙な人気を得ている。チアキは、確かに微妙なバランスの上に立ってはいるが、実際にクラスでいじめを受けている様子は無い。
教室内にある持ち物に対する悪戯は、他のクラスの人間が実行するとなるとちょっとハードルが上がる。目撃者無しでそれをおこなったとでもいうのだろうか。クラスの人間の中で、そういった場面を目撃した人がいないかどうか、再度記憶をチェックしてみた。どうやら無さそうだ。良いゆすりネタになるし、見たならまず間違いなく覚えているだろう。間違い無いか。
そうなると、手が込んでいる割に、やっていることは正直レベルが低い。机やカバンの中身を隠すとか、壊すとか、落書きするとか。そういうのって小学生レベルだよね。結局何がしたいんだろうか。
しかしクラス外の人間の仕業となると、学級会の範疇を越えて面倒なことになりそうな予感だ。
事実、話は大きくなり始めていた。クラス内で犯人が見つからないので、学年全体で聞き取り調査が実施されることになった。チアキの訴えによって、学校側が動かざるを得なくなった形だ。実際に起きているいじめを隠蔽しつつ、チアキの名前を可能な限り出さないようにしながら、チアキのいじめだけを調査する。なかなかに難易度が高い。大人たちの茶番劇を、ヒナは冷ややかに眺めていた。こんなん無理ゲーじゃん。クリアする気ないでしょ。
ヒナの方も、調査範囲を学年全体、学校全体と広げていった。チアキのことを知らない人間が、良く知らないままに犯行に及んだという可能性まで考慮して、色々と手を尽くしてみた。しかし、それでも実行犯に辿り着くことは出来なかった。中学生のヒナでは思い付かないような何かがあるのだろうかと、ヒナは毎日頭を悩ませた。
他のクラスメイトたちも動揺していた。犯人が判らないのは不安になる。調査が長引けば、自分たちのいじめも露呈する危険性がある。さっさと解決してくれないと、落ち着いて自分のいじめが出来ない。ひっでーハナシだな。
チアキは毎日普通に登校してきた。はっきりとは言われていなかったが、今取り上げられているいじめの被害者がチアキであるということは、すぐに噂になっていた。担任の情報管理能力が低い、というか口が軽いんだな。いつもなら挑戦的に前を向いていたチアキは、学級会の日を境に黙ってうつむいてばかりになった。目に見えて元気が無い。
「おはよう、チアキ」
「おはよう」
朝の挨拶にも元気が無い。チアキをこんな風にしてしまった相手を見つけられず、ヒナは悔しかった。この手で犯人を見つけ出して、吊し上げてやりたい。力無いチアキの背中を見ていると、ヒナまで悲しい気持ちになってくる。今はそっとしておこう。こんなチアキの心の中を覗くとか、そんなことは出来なかった。
犯人は間違いなく学校の中にいるはずなのに、その尻尾が掴めない。銀の鍵の力に対して、嘘をついたり抵抗したりすることは不可能だ。ナシュトにも何度も確認を取った。それでも、チアキの持ち物を破壊するという決定的な記憶を持つ人間を、ヒナは見つけることが出来なかった。
どういうことなのだろう。ヒナはまだ未熟なのか。無力感にさいなまれながら、ヒナは前の方の席に座っているチアキを見た。こんな状況でも出席だけはするチアキは、本当に強いし、逞しいし、意地っ張りだと思う。その強さは見習いたかった。
そんなある日、もう十月に入ろうとする頃。
チアキが転校することになった。家庭の都合ということだが、誰の目にもいじめが原因であることは明らかだった。助けることが出来なかった。ヒナは絶望した。人の心を読む銀の鍵。こんな力があっても、友達の女の子一人助けることが出来ないのか。ヒナは自らの愚かさを呪った。
うつむいて黙ったまま、じっと座っているチアキ。チアキの姿は、もうこれで見納めになってしまうのか。最後に、ヒナはチアキの心の中を覗いてみた。諦めたくなかった。どうしてもヒントが欲しかった。心苦しさから、今まで見てこなかったチアキの中の記憶を読んで。
ヒナはようやく真相を知った。




