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チいさいアキ  作者: NES
1/7

チいさいアキ (1)

挿絵(By みてみん)

 チャイムが鳴った。本当なら下校時間だ。こんな教室に押し込められているなんて真っ平ゴメンだ。さっさと出ていきたい。

 今日に限って、臨時学級会とか言い出してる。なんなんだ。委員長、ちょっと議題見せて。何々、いじめ?はぁー、そうですか。どのいじめだよ。どれでも良いよ、どうせなあなあで終わるんだからさ。

 あ、隣のクラス帰っちゃうじゃん。ハル、部活に行っちゃう。今日まだ一回も声かけてないのに。もう、いい加減にしてよ。ヒナの邪魔しないで欲しいよ。

 中学二年生の二学期、九月の中頃だったか。曙川(あけがわ)ヒナは銀の鍵の力に振り回されていた。銀の鍵は、ヒナのお父さんが海外出張で偶然手に入れてきた、謎のおまじいグッズだ。人の心を読み、人の心を操ることが出来るという。お父さんもそんな危険物とは思ってもいなかったらしい。アクセサリ感覚でヒナにプレゼントしてくれた。

 銀の鍵は本来、神の園幻夢境カダスへと通じるものなのだそうだ。その担い手は、守護神ナシュトによって試され、カダスを目指す探究者となる。だったらいいね、ってところだった。ヒナはそれを拒絶して、結果として、強制的に銀の鍵とナシュトが手元に残されることになった。いらないって言ったのに、理不尽だ。

 ヒナの左掌には、銀の鍵が埋め込まれている。他人には見えないが、ヒナ自身は知覚出来る。ちょっと意識を集中させるだけで、この教室の中にいる人間の心、思考なんて簡単に読めてしまう。

 ただし、幼馴染の朝倉ハルとか、家族に対してだけは怖くてこの力は使えない。そこにヒナに対する悪意なんかがあったら、耐えられなくなってしまいそうだからだ。特に、ハル。ハル相手には、絶対にこの力は使わない。心を読んだりしない。ヒナは自分の力だけでハルと好き合ってみせると決めている。心を読む、操るなんて、最大級のチートだ。絶対にダメ。

 ハルはヒナの幼馴染で、初恋の人。幼稚園の頃からの友達で、小学校の時、ヒナはハルに対して恋に落ちた。家出して怪我をしたヒナを、ハルが助けてくれた。その思い出が、ヒナの中にはずっと残っている。小学校の卒業式の後、告白しちゃおうかなんて考えたこともあった。結局それは出来なかったのだけど。

 ハルの気持ちは、正直良く判らない。ヒナのことを好き、なんだとは思う。でも、今はバスケ部の方が大変みたいで、そっちばっかりだ。ヒナも女子バスケ部に入ったけど、活動は完全に別々だった。銀の鍵のこともあって、最近はすっかり疎遠。頑張ってハルの姿を見かけたら挨拶するようにはしている。ただ、噂になっちゃったりして迷惑をかけたくはないから、色々と加減も必要。

 なんだろう、ヒナ、中途半端だな。もっとハルの近くにいたい。せめて、同じクラスになりたかった。

 しかし、どいつもこいつもホントにロクなことを考えてない。

 先生の指示で、もたもたと机を並び替え始める。コの字型になんて無理にしなくても良いじゃん。裁判にでもするつもりなのかな。先生はどう思ってるの?ああ、時間が稼げてよろしいと。そうですか。なるほどね。

 ヒナの隣に、男子が机をくっつける。ああ、コイツ嫌い。ニキビ大王。何かにつけて女子の身体を触ろうとするんだよね。今も机を動かす時、ヒナの腕に触れないかな、って考えてた。キモイ。触んな。がぁー、特に右手で触んな。オェ。

 たっぷり時間を使って、机の並び替えが終わった。はい、準備が終わるまで、教室の時計で十分が過ぎました。避難訓練なら全員死亡コースです。先生はあと五分欲しかったみたいです。職員会議が始まると、それを口実に抜け出すみたいですね。やる気ゼロ。

「このクラスでいじめが起きているという訴えがありました。それはとても悲しいことです」

 すごいな、テンプレ通りだ。そらで喋ってるだけ褒めてあげるべきだな。或いはもう暗唱出来るくらい口にしてるのか。

 みんなシーンとしている。何を考えているかなんて、心を読むまでも無い。自分じゃないよな?、でしょ。このクラスの中で、明確ないじめは三件、いじめまでいかなくてもそれに近しいものは四件。全く関与していない人間の方が少ない。

 だから、みんなさっさとどのいじめのことなのか、先生に明言してほしがってる。もったいぶってんじゃねぇよ。自分の話じゃ無ければ良い子ちゃん全開で攻撃するつもりだ。大した面の皮だね。

 先生的には一分でも長く時間を稼ぎたいから、ぼそぼそと意味の無い口上を喋り続けてる。議論の核心部分には関わりたくないんだ。立ち去り際にさらっと話して、職員会議にドロン。後は生徒の自主性がどうたらこうたら。

 この担任もホントにどうしようもない。こんなんで、自分では熱血系の頼れる教師だと思ってるらしい。いやいや、無いから。自分の何処にそんな要素があると思ってるんだよ。このやり口の時点ですでにアウトだろうが。何を考えて生きているんだ。

 しかもコイツ、生徒に対してそういう目で見てくるんだよな。三十だっけ。今まで彼女とかいなくて、女性に対する免疫が無いっていうのは仕方ないとしてもさぁ、中学生の教え子に対してそれは無いだろう。妄想力が激しすぎるよ。

 確か教え子と結婚した先生の話を聞いてからだよな。あのな、あれ卒業後十年以上経ってからだぞ?しかも在校時は何も無かったんだぞ?いい加減にしとけ、このエロマンガ脳。

 あー、またなんか指向性の強い変な妄想が沸いている。机をコの字にしたからか。向かい合う形になった男子からだ。はいはい、スカートね。中身が気になるね。そーですね。

 お気の毒ですが生パンじゃないですよ。そんなの関係ないかもしれませんが。よくもまあそんなことばっかり考えていられるよ。ああ、一番人気はミズキちゃんですか。はは、あの子今日生理だよ。羽根付きとか、そんなもん見たいかね。マニアだね。

 女子の方はすっかり探り合いだ。誰だチクったのは、誰の話だ。ウチの方、後でもう一回しっかりシメておかないとな。おー怖。男子がスカートから伸びる足を見てハァハァしている間、当の本人たちはかなり物騒なことを考えてますぜ。こうなるとエロに支配されている男子の方がよっぽど可愛く思えてくる。パンツは見せないけど。

 そもそも男子のいじめなんて目立つからね。やればすぐバレるようなものだ。っていうか隠す気なんかないだろ。女子に比べれば超絶シンプル。担任が考えてるみたいな熱血指導向きなのはそっちだよね。

 女子が絡むと、様相は一変する。いやぁ、怖いよ。ヒナなんか可能な限りお近付きにならないように必死だもん。今こうやって余裕ぶちかましてられるのも、ある意味銀の鍵のお陰だ。ぜーったい関わり合いになんかなりたくない。

 教室中のフラストレーションが高まってる。多分、これは銀の鍵なんか無くたって誰にでも判る。先生の話が無駄に長すぎるんだ。ヒナももうこんなところにいたくない。さっさと出ていきたい。部活中のハルの姿を見ていたい。

 バスケ部のレギュラー争いに、ハルは今必死で喰らいついている。ヒナに出来ることなんて何も無いけど、ハルに見えるところで応援したい。ハルが頑張ってるの、ヒナは良く知ってるもん。

 あー、もういいや。とりあえずオチだけ見せてよ。先生の中を覗き見る。なんだ、クラスで起きているいじめのほとんどは把握済みなんじゃないか。ふざけてるなぁ。解決する気なんか全くない。

 あれ?じゃあ今日に限って何なんだ?無視出来ないってことか。はは、この怠惰の塊みたいな教師を動かしたのって、一体誰なんだろう。どれどれ、誰が出てくるかな。

 職員室で相談を受けたらしい。他の先生も見ていたから、無かったことには出来ない、と。なるほど、それはご愁傷様。そういう手もあるんだな、ちょっと覚えておこう。周りを巻き込むってのは中々いい。いじめられてることを隠そうとしてこっそりと相談した暁には、このクソ担任は絶対に隠蔽しようとするだろう。それをちゃんと考えてやったんだとしたら、この訴え主は頭が良い。

 さて、だれ男くん?だれ子ちゃん?

 先生の記憶をちょっとごそごそすると、職員室の光景が出てきた。先生、目線が低い。夏服の胸元が気になるのは判りますけど、顔をちゃんと見てください。これ、相手にも絶対バレてるよ。しょうがないエロ教師だな。

 やっと顔が見えた。はー、そうなんだ。意外、とは言わないけど、色々と思う所はある。

 ヒナはぐるり、と首を巡らせた。少し離れたところに座っている女子。痩せた小さな身体を更に縮こまらせて、うつむいて黙っている。いつもはもっと気が強そうに前を向いているから、ある意味非常に判りやすい。栗色のショートカットに隠れて、表情は窺い知れない。しかし、こんなにしおらしくなるものかね。

 いじめの被害者は原田チアキ。数少ないヒナの友人の一人だった。

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